理想郷~リソウキョウ~
どれだけ時間が経っただろう・・・。
泣き続けた・・・。徐々に冷たくなっていく母の手を握りしめて・・・。
いっその事、自分も死んでしまおうか・・・その考えが頭をよぎった。
だけど、自殺する勇気なんて持ち合わせていない。
無論、白にもそんな事を頼む気にはならなかった。
(生きなきゃ・・・)
私は静かに顔を上げる。母の分も生き抜く。
それだけが私を生へと突き動かした。
辺りを見回すと、白は母を見下ろしていた。
目に少し涙を浮かべているようだ。
「白・・・・・・白・・・・・・!!」
私は白の腕を掴むが白に反応はない。
「逃げよう、白・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ここから・・・逃げるの・・・!」
私は白を連れ、外へと飛び出す。
辺りは暗く、明かりが無ければ何も見えない。
それでも私達は走り続けた。
2人とも裸足で、走り続けてすぐに足に痛みを感じた。
立ち止まりたくなる、その気持ちを抑えて
何十分も何時間も遠くへ・・・さらに遠くへ走り続けていた。
どれだけ走っただろう。朝日が少しずつ顔を出す。朝日に照らされた私達はボロボロだった。
服は血で汚れ、足は傷だらけで激痛が走った。
その姿は自分でも惨めとすら思えるほどに・・・。
「黒・・・?」
後ろで白の声が聞こえ、私は振り返る。
白の眼はいつもの白の眼だった。
私と同じく身体中がボロボロで白のお気に入りだった純白のワンピースは血で染まり穢れきっていた。
だけど・・・白が生きている。
それだけで心が救われる思いだった。
「お母さんとお父さんは?」
白の言葉に一瞬、自分の耳を疑い白の顔を見つめる。
白の眼には私が映り、不安そうな顔をしていた。
ウソをついてる顔ではなかった。本当に何も知らない顔。
今までのことを何も覚えていない・・・。
お母さんを失ったショックからだろうか・・・?それとも、何か別の・・・。
私は白から目をそらす。本当のことなんて言えるはずがない・・・。
「いないの・・・。」
「・・・え?」
「・・・お母さんもアイツも・・・もういないの・・・!!」
私は白の腕を引っ張り、再び走り出す。
白に気づかれないように、涙を手で雑に拭き取りながら・・・。
徐々に人が増えていく。私たちは物陰に身を潜めながら身体を休める。
お腹が空いたら、コンビニやスーパーの生ゴミの中から食べられそうなものを選んで白と分け合った。
近くに川を見つけたら、人目を気にしながら身体を洗った。
服の汚れも落としたかったけど、こびり付いた血は、川の水程度では落ちそうにない。
そして、また人に見つからないように歩き出す。
「・・・黒?」
「ん、なに?」
「どこへ行くの?」
「・・・・・・・・・わからない」
行くあてなんてなかった。これからのことも何も考えてない。
明日すら分からない状態で私たちは歩いている。
(私たちだけじゃ、何も出来ない・・・)
・・・・・・・・・ポツッ
私の肩に一滴の水が落ちる。それを皮切りに頭上から大粒の雨が降り注ぐ。
私たちは雨やどりが出来る場所を探して小走りで移動する。
「痛っ!」
白が雨に濡れた地面に足を取られ転ぶ。
膝が擦りむけ、血が滲んでいく。
私は白に左肩を貸して、白を支える。
雨は容赦なく降り注ぎ体温を奪っていく。
(身体が震える・・・)
寒さが私の体力、そして気力をも奪い、私は座り込んでしまう。
涙が雨と共に地面に落ちていく。
「黒・・・黒・・・!」
白が私の名前を呼ぶけど、答える気力すら湧かなかった。
(何のために生きてるんだろう・・・?)
白を守りたくて・・・お母さんの分も生きたくて逃げ出したのに・・・。
白だけでも生きてくれれば・・・私はもう・・・。
少しずつ意識が遠のいていく・・・白の声も・・・雨の音も・・・少しずつ消えていって・・・消えていって・・・
雨の音が和らいだ。それと一緒にあれだけ身体に降り注いでいた雨がピタリと止んだ。
少しずつ私は意識が戻っていく。雨はまだ降っているはずなのにどうして・・・・・・?
「よぉ」
頭上から声がする。聞き覚えのある声が・・・。
私は顔を上げ、その声の主を確かめる。
真っ黒な傘が雨を遮断し、そして・・・そこには・・・。
「生きてるか、ガキ共」
「・・・・・・ゲームメーカー?」
忘れもしない。異様な出で立ちが目に焼き付いて離れなかったその男が私たちの目の前に立っていた。
「どうしてここに・・・?」
「お前らの家に行ったら死体が2つ転がってたからな、近くを探し回ってたんだ。」
「家に・・・行ったの?」
「俺の情報網ナメないでもらいたいわ。」
ゲームメーカーはやや口角を上げながら私たちを
見下ろす。
「私たちを買いにでも来たの?」
「やっと、俺の基準を満たすだけの女になったからな。」
私はゲームメーカーの方を睨みつける。
彼はそれでも笑みを崩さない。
「いい顔になったじゃねぇか。やり方はどうあれ、お前らはやっと自由になれたんだ。悪くない気分だろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうだ?行くアテがねぇなら俺が拾ってやってもいいぜ。」
「誰がアンタなんかに・・・。」
行く場所などない。だけど、この人の所に行って
慰みものになるくらいなら・・・白にだけは絶対にそんなことさせない。
「それか・・・もう1人お前らが欲しいって言ってるヤツがいるんだが・・・そっちに拾ってもらうか?」
「・・・えっ?」
ゲームメーカーの後ろから1人、誰かが近付いてくる。
「彼女たちかい?キミが気に入ったという娘たちは?」
「ああ。どうだ、今にも拾ってくださいと言わんばかりの捨て猫状態だろ?」
「ふむ・・・」
ゲームメーカーの横から1人の男性が姿を現す。
黒いスーツを着たゲームメーカーよりやや小柄の男性。
雰囲気はゲームメーカーよりも柔和に思えた。そして、その男性は私たちと同じ目線になるまで座り込む。
「君達が揚羽 白君、揚羽 黒君だね?ゲームメーカーから話は聞いてるよ。」
「えっ・・・あっ、はい。」
温厚そうな声なのに、その威圧感はゲームメーカーと同じ、ひょっとしたらゲームメーカーよりも・・・。
「はじめまして。私は昔に名前を捨ててしまってね。今は皆からはジョーカーなんて言われているよ。」
ジョーカーはやや笑みを浮かべながら私たちに話しかける。
「ジョーカー・・・?」
「ああ。さて、私の自己紹介はこれぐらいにして・・・。」
ジョーカーは静かに自分が手にしている黒い傘を閉じる。
大粒の雨が彼の身体、そしてスーツに降り注ぐ。しかし、彼は気にする素振りすら見せない。
「改めて、私から君たちにお願いをしたい。
・・・君たちの力を私に貸してはくれないか?」
「・・・えっ?」
「私の理想とする世界のために、共に来てほしい。同志として迎え入れたいと思っている。」
言っている意味が分からなかった。
しかし、その言葉は雨の中でも、はっきりと聞こえ、1つ1つに重みを感じた。
「えっと・・・その・・・。」
「今じゃなくてもいい。ゆっくりでいいから考えてみてくれないかい?」
ジョーカーはそう言うと、ゆっくり立ち上がる。
「寒かっただろう?車まで案内しよう。」
ジョーカーの見つめる先には黒いセダン車が停まっており、彼に促されるまま車に乗り込む。
車内は暖かく、緊張が一瞬でほぐれるほどの安心感があった。
ジョーカーは私たちが車内に入ったのを確認するとドアを閉める。
「ゲームメーカー。君の部下達に頼んで彼女たちの母親を丁重に弔ってあげてくれ。」
「言うと思った。」
やや笑みを浮かべるゲームメーカー
「これから同志になるかもしれない彼女たちの肉親が亡くなったんだ。丁重に弔うのが上に立つ者の義務というものだろう?」
「はいはい・・・父親はどうする?」
「・・・・・・君に任せるよ。」
「・・・あいよ。」
そう言うとゲームメーカーは運転席側に回り込む。
ジョーカーは静かに空を見上げた。
雨雲は少しずつ割れ始め、地上に光が注ぎ込もうとしていた・・・。
車に入ってすぐに私と白は眠りに着いた。
疲れが一気に身体にのしかかり、死んだように眠り続けた。
・・・どれくらい時間が経っただろう?
目を開けると、白が寝息を立てながら眠り続けていた。雨は止み、夕日が車窓を通して私たちを照らしている。
「おう、起きたか?」
声のする方を見ると、ゲームメーカーが運転をしながらバックミラーでこちらを確認していた。
私はすぐに服の乱れがないかを確認する。
「心配しなくても乳臭ぇガキに手を出したりはしねぇよ。」
ゲームメーカーは笑みを浮かべながら私たちを容赦なくディスる。
「君も少しは女遊びを自重してくれると助かるんだが。」
ジョーカーは苦笑いを浮かべながらゲームメーカーに話しかける。
「男に産まれた以上、女と遊ぶのは男の性ってもんだろ。」
ゲームメーカーは小気味いいハンドルさばきで前方の車を追い越す。
「女と遊べて一人前、出来なきゃ半人前、女と話も出来ないヤツは、ただのタマナシだ。
それに・・・女は男を駆り立てる最高のスパイス、どんなクソ男も女次第でいくらでもイイ男になれるのさ。・・・・・・俺みたいにな!」
アクセルを一気に踏み、針穴に糸を通すかのように次々と車を追い越していく・・・明らかにスピード違反してるようにも思えるけれど・・・。
車内は右へ左へと揺れて私は起きているものの、
まだ寝ぼけている白を支えるのに精一杯だった。
「ああ・・・君の持論は分かったから、もう少し安全運転でお願い出来ないか?」
「おっ、悪ぃ悪ぃ。さて、そろそろ着くぜ。ガキ共、外見てみろ。」
やっと目を覚ました白と共に窓越しに外を確認する。
「わぁ・・・」
「・・・すごい」
車窓の外にはいくつもの高層ビルが立ち並ぶ。
その中央に位置する場所には古い造りの白い大きな宮殿が建っており、その外観だけ見れば日本にいることを忘れさせるほどの荘厳さを放っていた。
「なに、アレ・・・?」
私は思わずゲームメーカーに尋ねた。
「あれがこれからお前らの家になるかもしれない場所だ。そして、ここら辺一帯は俺らが所有してる土地だ。」
「ゲームメーカーとジョーカーおじさんって大金持ちなの?」
白は外を見ながらゲームメーカーに尋ねる。
「ああ、そうだよ。俺とジョーカーオジサンは大金持ちなんだよ~。」
「おじさんを強調するのはやめてもらえないだろうか?(笑)」
「十分なオッサンだろ。お前もカタブツしてないで、いい女見つけろよ。」
「私は結婚するつもりはないよ。」
「けっ、タマナシが。そうだ、お前の秘書のリサとか・・・っておっと、着いた着いた。」
車は宮殿のような建物の入口前で停止し、何人かの男たちが車の前までやって来る。
「ご苦労さまです。ジョーカーさん、ゲームメーカーさん。」
「おう、出迎えご苦労。俺の車、いつもの所に停めといてくれ。」
ゲームメーカーは男たちに車のキーを渡し、車から降りる。
ジョーカーも車から降り、私たちの座る後部座席のドアを開けた。
「ようこそ、理想郷へ。」
ジョーカーは私たちに右手を差し出す。
私と白は互いを見つめた後、ジョーカーの右手を手に取り、正面玄関へ向かうゲームメーカーの後に続いていく。
正面玄関は白い大理石を基調とした床、上層には大型の窓が取り付けられ、夕日が玄関全体を照らしている。
玄関の奥中央には白と青が交互に塗装された巨大な階段がそびえる。まさに「宮殿」だった。
「すっご~い」
「すごい・・・」
ほぼ同時に私と白は感嘆の声を漏らす。
「こんなんもんで驚いてたらキリねぇぞ。」
ゲームメーカーは含み笑いをしながら前へと進む。
私たちもそれに続こうとすると・・・、
「おかえりなさい、ジョーカー。」
階段から1人の女性が降りてくる。
藍色のビジネススーツ、やや黒めのハイヒール、ロングの茶髪をハーフアップにしたスクエア型眼鏡をかけた20代後半から30代前半の女の人だった。
「今、戻ったよ。リサ。」
リサと呼ばれる女性はジョーカーの顔を見たあと、私たちをチラッと見る。
「おうリサ、戻ったぞ。」
「見れば分かります。」
「相変わらずつれねーなぁ」
ゲームメーカーの挨拶を適当に流して、リサは私たちの顔を見つめる。
「この子達が?」
「ああ、俺のお気に入りだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだよ。」
「ベツニ。」
リサはゲームメーカーをやや蔑んだ目で見つめる。
「俺がガキに興味ねぇことぐらい知ってんだろ?」
「貴方の変態思考をいちいち覚えてません。」
(この女の人、強い・・・。)
思わずこぼしそうになった本音を私は必死に耐える。
「何か変わったことはあったかい?」
ジョーカーはリサから渡されたタオルで服を拭いながら尋ねる。
「アメリカ大統領から電報が・・・。例の一件のことで。」
「そうか。後で私がかけ直す。リサ、この子たちをシャワールームまで案内してあげてくれ。あと、予備の服も。」
「分かりました。」
ジョーカーはそう言うと、私たちの方に向き直る。
「疲れただろ?今日はゆっくり休むといい。」
そう言って、ゲームメーカーと共に階段を登っていった。
「私達も行きましょうか?」
リサは私たちの汚れた手を握りしめ、歩き出す。
その手は温かく、久しぶりに母以外の人に優しさを感じた瞬間だった・・・。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「じゃ、俺は酒飲んでくるわ。」
階段を登り、長い廊下の途中でゲームメーカーはジョーカーに切り出す。
「ああ、あまり飲みすぎるなよ。」
「ご忠告どうも。あとで差し入れてやろうか?」
「いや、酒は少し前に断っているんだ。」
「ああ~そんなこと言ってたな。じゃあ、お前の分は俺が飲むとしますか。」
長い廊下の分かれ道、ジョーカーとゲームメーカーは別々の道へと進んでいく。
ゲームメーカーは長い廊下をさらに渡り、ラウンジスペースへと足を踏み入れる。
「これはこれは、ゲームメーカー様。」
やや歳のいったバーテンダーのような男が話しかけてきた。
「適当に酒出してくれ。」
「かしこまりました。」
バーテンダーの男は静かに酒を選び始める。
穏やかなBGMが流れ、この宮殿で働いている者たちが談笑しながら酒を飲んでいた。
ゲームメーカーはラウンジのさらに奥、VIPスペースへと進み、ソファーに腰を降ろす。
「あ~、疲れた。」
ゲームメーカーは天井を見上げながらため息を漏らす。
「随分とお疲れのようじゃの。」
VIPスペースの入口から声が聞こえ、ゲームメーカーは声の主を確認する。
「何だよ、いたのかジジィ。影薄すぎて気付かなかったわ。」
ゲームメーカーの前には1人の老人が立っていた。
白髭をやや長めに生やしたやや小柄の男性、黒い漢服とそれに見合う帽子を被った、少し風変わりな男だった。
やや場違いと言えば場違いな格好である。
「見知った男が歩いておると思っての~、そんなに疲れるほどお主、仕事しておるのか?」
「うっせぇ、絞め殺すぞジジィ。」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、おお怖い(笑)」
老人はそう言うとゲームメーカーの向かいの席に腰掛ける。
「丁度いいわ。アンタに頼みたいことがあって呼び出そうと思ってたからな、手間省けた。」
「儂に?力仕事は勘弁してくれよ。」
「そんなんじゃねぇよ。それ以上の面倒事だ。」
━━━シャワールーム
「ふぅ~・・・。」
リサに連れられて私と白はシャワールームにやって来ている。
かつての家の風呂がゴミ屋敷に思えるくらいにキレイに整えられている。
(お湯の温度って調節出来るんだ・・・。)
こんなこと言ったら、絶対に馬鹿にされる。
だけど、それほど衝撃的な事実だった。
「すごいよ、黒!奥に大きなお風呂がある!」
白は興奮してか何も着てない状態でシャワールームと奥の大浴場を行き来して忙しない。
「白、お風呂で走ったらダメ。転ぶから。」
「へーきっ、へーきっ!」
私が止めるのも聞かず、白は走り回る。
しかし、白の勢いは柔らかい何かにぶつかったことで制止される。
「そうね。風呂場で走るのは危ないわ。」
白が見上げると、そこにはシャワールームにたどり着いた後に別れたリサの姿があった。
「ご一緒しても?」
「あっ・・・どうぞ・・・。」
私が答えるとリサは空いているシャワースペースに入り、シャワーを浴びはじめる。
服のせいでよく分からなかったが、胸は・・・
(おっきい・・・)
私は自分の胸とリサの胸を比べる。
最近、少し成長したとはいえ、彼女の胸の足元にも及ばない。
(何か悔しい・・・。)
「リサおねえさんのおっぱい、おっき~~~い!」
「ちょっ、白・・・!!」
白はリサのそこそこ大きいであろう胸に顔から突っ込む。
「そう?普通だと思うけど・・・。あなたも大きくなったら胸ぐらい出てくるわよ。」
「う~ん、私・・・黒よりぺったんこだもん。大きくなっても黒に負けそうな気がする~。」
白はそう言うと、私の胸をガン見する。
「白だってそのうち大きくなるわよ・・・多分。」
「ホントに~?」
白は私と自分の胸を交互に見る。
「ボインになれる?」
「・・・努力次第ね。」(どこで覚えたの、そんな言葉!?)
時折、白は私の想像の遥か上をいく発言をするから冷や汗をかかされる。
「ふふっ。」
リサがそんな私たちのやり取りを見て笑みをこぼす。
「えっ?」
「あら、ごめんなさい。仲が良いなと思って。
それに、こうやって誰かとシャワー浴びるなんて久しぶりなの。」
「おねえさん、友達いないの?」
「白、ちょっと・・・!」
「そうね・・・。昔はいたわ。今は・・・いないわね。」
「友達・・・つくりたくないの?」
「・・・必要ないから。友達なんて作ってもいつかは離れるし、裏切られる。・・・そういうものなよ。」
「ふ~ん。」
「白さん・・・だったかしら?膝はもう大丈夫?」
「うん、へーきっ。」
「そう、強いのね。髪を洗ってあげるからこっちに来て。黒さん・・・もどうぞ。」
「あっ、はい・・・。」
「黒は私が洗ってあげるね。おっぱいが私よりもおっきいから!」
「関係ないから!あと、人前でおっぱいおっぱい言わないの・・・!」
私と白はリサさんと一緒に髪を洗った。
私はリサさんを、リサさんは白を、白は私を。
リサさんの髪はすごく滑らかで、私の髪なんか比べものにならないほどキレイだった。
「リサさん見て!黒オニ!」
白が私の黒髪を2本のツノに見立てて左右に伸ばす。
「白、真面目に洗って。」
「ええ、とても可愛らしいオニね。」
「・・・・・・・・・(照れ)」
リサさんは優しい。何だか、お母さんを思い出す。
あの時の光景を思い出し、また出そうになる涙を堪えた。
「そういえば、ジョーカーから聞いたけど、あなた達に最初に目を付けたのはゲームメーカーなの?」
「あっ、はい・・・。お父・・・父が私たちを売り飛ばそうとした店で・・・。」
「・・・・・・そう。」
「あの・・・リサ・・・さん。ゲームメーカーってどんな人なんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
リサさんは口を閉ざす。何かを考えている顔をしているように見えるけど・・・。
「・・・彼は信用しない方がいいわ。」
「えっ?」
「あの人ほど、底が知れない男はいないから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それからリサさんは口を閉ざしてしまった。
私もそれ以上、あの人について聞こうとはしなかった。
━━ラウンジスペース
最奥のVIPルームへバーテンダーが訪れる。
「そこに置いといてくれ。」
「かしこまりました。」
ゲームメーカーはバーテンダーに促す。
バーテンダーも何かを察したのか、酒とグラスをテーブルに置くと静かに部屋から出ていく。
「飲むか?」
「いや、いい。して、儂に頼みたい面倒事とは?」
「つれねーな。」
ゲームメーカーはグラスに酒を注いでいく。
「まだ仮定の話だが、なかなかの逸材を見つけてな。育てりゃかなりの戦力になると思うんだわ。」
「だったら、儂に頼むこともなかろうて。老いた身体をいつまでも痛ぶるでないわ。」
「アンタに頼むしかねぇんだよ、コイツらは。」
そう言い終わると、ゲームメーカーは上着のポケットから写真を取り出し、乱雑にテーブルに投げ置く。
「なかなか気に入ると思うぜ。」
老人はいくつかの写真を手に取る。
そこには、幼い少女が男を包丁でメッタ刺しにする光景・その少女が男の喉元に刃を突き刺す光景・髪色以外の容姿がよく似た少女2人が女の胸に刃を突き刺す光景の写真が点在していた。
老人は写真を1枚1枚確認しながら、ベージュ色の髪色の少女、そしてその少女の眼を見定める。
「・・・・・・・・・・・・・・・ほぅ。」
「どう見る? ・・・元・死刑囚さんよ。」
ゲームメーカーは口角を上げ、笑みをこぼす。
老人はゲームメーカーを静かに見つめ直す。
先ほどまでの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気は影を潜め、老人の眼には静かなる殺気と狂気が満ち、それは別人という言葉が最もよく似合っていた・・・。
━━━男は静かに一室に入る。
部屋全体は暗く、足元がようやく見える程度の明かりで照らされる。
部屋の中央には地球の3Dホログラムが浮かぶ巨大な円卓、そして円卓を囲むように6つの椅子が
配置されている。
男はホログラムを静かに見つめ、円卓に手をかざす。
そして、男は静かに、しかしはっきりと言い放つ・・・。
「全ては、この地球のために・・・。」