楽園~ラクエン~
わたしには、おとうさんとおかあさん、そして…いもうとがいます。
おとうさんはおさけをのむと、ひとがかわったようにおかあさんをなぐります。
おかあさんはおとうさんになぐられて、かおをまっかにはらしています。
すごくかなしいきもちになります。
いもうとはおかあさんのことをいつもしんぱいをして、てつだいをしているとてもやさしいこです。
わたしたちはいつもおとうさんにおびえながらいきています。
そして…そして…、
いつかこのかぞくはこわれてしまう…
こころのなかで、そうおもっています
作文名「わたしのかぞく」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
頭の中が真っ白だった。
お母さんがお父さんを殺そうとしたけど、お父さんに感づかれて・・・お父さんはお母さんを蹴り倒します・・・何度も・・・何度も・・・。
そして、お父さんは妹の黒に手を出そうとして…
黒は私を逃がそうと何度も叫びます。
だけど、私にその声は届かなくて…
頭の中がグチャグチャになって…
何を考えたらいいのか分からなくなって…
そんな時に黒と目が合いました。
黒がお父さんに襲われている姿を見たとき、
私の中で何かがプチンと切れる音がしたんです。
(黒を守らないと…守らないと…守らないと…マモラナイト…マモラナイト…!!)
私はお母さんがお父さんを刺し殺すために持ってきた包丁を手にし、黒を掴む手に向かって包丁を振り下ろしました。
真っ赤な血が黒の服と私の白いワンピースにかかりました。
お父さん、ごめんね。黒を守るために…
━━━━死んでください
「ま、白…?」
お父さんは腕から流れ落ちる血を押さえつつ、
私を見つめる。
部屋の開いた窓から夜風が入り込む。
血で赤黒く染まった白いワンピースと亜麻色の絹のように細い、腰の所まで伸びたロングヘアーが揺れる。その手には血が滴り落ちる料理包丁を手にして…。
「な、何をやってるんだ白?お父さんだぞ?俺はお前の父親だぞ?」
父は私に何かを訴える。蛇に睨まれた蛙のような目。先ほどまでの狂気は微塵も感じないほど・・・
脅えていた。
私は父に歩み寄る。一歩、また一歩・・・父との距離を詰める。父はそんな私を見て、額に汗を垂らしながら距離を置こうとする。
「待ってくれ白・・・なぁ、お父さんと話そう。まずは、その包丁をお父さんにくれないか?そうしてくれたら、お父さんはもうお母さんにも黒にも何もしないから・・・。」
みっともなかった。今まで暴力を振るい、お母さんや私たちを地獄に突き落としてきた父が脅えながら私に何かを訴える様が・・・。
私は構わず父と距離を詰める。父の要望に答えるつもりはない。私達の願いを踏みにじってきた父が今さら何を言っているのか・・・?
「頼むよ・・・!なぁ!!俺はお前の父親だぞ、お父さんなんだぞ!!」
私は歩みを止めた。
お父さん?お父さん、お父さんお父さんお父さんおとうさんオトウサンオトウサンオトウサン・・・。
「・・・・・・・・・お父さんだったら・・・」
誰にも聞こえないぐらいの声で私は囁く。
父はそんな私を見て少しずつ歩み寄っていく。
「・・・・・・・・・お父さんだったら・・・」
一歩、また一歩・・・父は距離を詰める。そして、
父が私の手にある包丁を取り上げようとした時…
「お父さんだったら、ナニヲシテモユルサレルノ?」
「・・・えっ?」
私は父の胸へ包丁を突き刺す。血が床に、私の身体に・・・満遍なく飛び散る。
「あああ”あああ”あぁぁっっっっ!!!」
父の叫び声を気にせず、私は父の身体に次々とその刃を突き立てた。
「白!!ましろ!!まじ・・・ろぉぉぉぉぉぉぉぅぅ!!!!!!」
父の苦痛に歪む顔は見るに耐えなかった。私の肩を掴み、必死に振りほどこうとするが一刺し、また一刺しする度に父は確実に抵抗する力が弱まっていく。
「た、た・・・の・・・む・・・。だ・れ・・・か・・・たつ・・・け・・・ち・・・!」
━━━━うるさい
私はその口を黙らせるために父の喉元に刃を突き刺す。
突き刺した瞬間に父の声にならない絶叫と共に猛烈な血しぶきが
私の顔に付着する。
だけど、私は気にすることなく・・・父のその身体に刃を突き刺していく。
(さようなら・・・お父さん・・・【ザクッ!】死んだらもう・・・【ザクッ!】あなたは私たちのお父さんではなくなるけど・・・【ザクッ!】お父さんもそれが望みだったんでしょ?
よかったね・・・私たちっていう重荷から開放されて・・・【ザクッ!】)
何度も刺した。今までの恨みを全て晴らすかのように・・・躊躇いなんてものは微塵も持ち合わせていない。小さな身体で全体重をかけて父の急所へと包丁を振り下ろす。
肉を・・・骨を・・・切り裂く感覚が、手にこびり付くほどに・・・。
「・・・白?」
父はピクリとも動かなかった。苦悶に満ちた父の表情。悲しみはなかった、むしろ哀れとすら思えるほどに。だけど、私が気になったのは白の方だった。
父の死体を見下ろしていた白の眼には何も宿っていなかった。まるで興味をなくしたオモチャを見るかのように・・・。
「・・・・・・ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」
どこからか声が聞こえ、私は辺りを見回す。
声は母の方からだった。私は急いで母の元に駆け寄る。身体はアザだらけで、息をするのでやっとという状態だった。
「お母さん・・・」
私は母の手を握る。母はわずかだが私の手を握り返す。その顔には笑顔が少しだけあった。
私と母の元に白が歩み寄る。
「白・・・お母さん生きてるよ。早く救急車を・・・」
しかし、私の声は白に届いていないようだった。
白は母を見つめた後、静かに握りしめた包丁の先端を母の胸に近づける。
「・・・!! 白・・・何してるの・・・!?」
「助からない」
「・・・えっ?」
「救急車を呼んでも・・・助からない」
白の言っている意味が分からなかった。
「じ、じゃあ誰か呼ぼう。すぐに人を呼ぼう。」
誰を?
私達の家のことは近所一帯に知られている。
どんな家なのか、どういう父親なのか
この家は腫れ物なのだ、疫病神なんだ、誰もこの家に関わり合いたくない。それは子どもである私たちにも分かっていた。
「でも・・・でも・・・!」
私は白のワンピースを掴む。
「お母さん、生きてるんだよ・・・!」
私たちを母は静かに見つめ、そして私の肩に手を置く。
「・・・めん・・・ね。」
「お母さん・・・!」
母の口から血が流れ落ちる。
「あなしま・・・せて・・・ばかりで・・・こめん・・・ね・・・。」
目から涙が流れ落ちる。
(違う・・・違う違う違う!!)
私が悪いんだ。お母さんを守れなかった私が・・・。
お母さんをここまで追い詰めたのは私なんだ。
誰よりも私達を守ってくれたのに・・・誰よりも私たちのことを愛してくれたのに・・・私は何もしていない。ただ黙って母の傷つく様子を見ていただけだ。
「・・・ま・・・しろ・・・ま・・・くろ・・・・・・」
母の手が私、そして白の頬へと触れていく。
「やく・・・た・・・たず・・・で・・・・・・ご・・・」
「違う!!」
私は母の手を両手で握りしめる。
「お母さんは私たちを守ってくれた!私たちを愛してくれた!!約立たずなんかじゃない!!お母さんは・・・お母さんは・・・!!」
そこから後が続かない。涙で・・・嗚咽を必死に我慢して・・・声が出ない・・・。
母は笑顔で私と白の顔を見てくれた。
「あり・・・か・・・とう・・・・・・ふたり・・・とも・・・・・・だ・・・いす・・・き・・・」
初めてだった。母のこんなにも穏やかな笑顔を見たのは・・・。こんなにも優しく、悲しい笑顔を私は初めて見た。
「私たちも・・・大好き・・・だよ。」
母の笑みに私は微笑み返す。
母はまた口から血をこぼした。徐々に母から生気が消えていく。
それでも母は私達に笑いかけてくれた・・・。
「・・・白・・・・・・」
私は白の・・・包丁を握りしめた手を優しく握る・・・。
白は私の顔を静かに見つめた。
「お母さん・・・・・・楽にしてあげよう・・・・・・。」
これ以上、苦しませたくなかった。だから、私は・・・最初で最後の親孝行をすると決めた。
白は何も言わず、私の手を左手で包み込む。
優しい母の笑顔
私は数えるくらいしか見たことがない
だけど・・・今、目の前の母の笑顔が・・・私の記憶の
中で・・・一番の・・・笑顔だった・・・・・・
さようなら・・・・・・お母さん・・・・・・
静かに、痛みを感じないように、私と白は、
包丁を、母の胸へ、突き刺した。
穏やかな母の笑顔・・・私も母にこれからのことを心配をかけたくなくて、笑顔で・・・お母さんが息を引き取るその時まで・・・。