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コールドゲーム  作者: 大和ヌレガミ
4/4

4話

 打たれた! ランナー1・2塁


 打たれた! ノーアウト満塁!


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……雲行きが怪しい……。


 周りはギラギラしている。私の隣の大学生なんかは興奮のあまり、拳を強く握り締め、爪が肉を喰い破り、血が滴り落ちている。ちょっとちょっと……。


 トン! トン! トントントン! トン! トン! トントントン!


 いっけー西崎! 男咲き! 顔面血桜ハリケーン! いっけーヒポポの河馬の口! クチャクチャ噛んで捨ててやれ! インポ野郎に鉄槌を!


 メガホンの音が綺麗にそろっている。儀式、まるで黒魔術の儀式だ! ピッチャーはこいつらの生け贄だ!

 健ちゃんも野田さんもすっかり洗脳されてる。いや、私が気づかなかっただけで、二人とも最初からドス黒かったんだ。人が弱い心を持つ以上、誰もがヒポポファンのように暗黒面に堕ちうる可能性があるんだ!


 ダメだ、勝てる気がしない。もうこんなところに一秒たりともいたくない。


 いっそホームランを打っちゃって下さい、西崎さん。そうすればこの場から解放される。なにが正しくてなにが悪いかなんてもういいよ。お願いします。ホームランをプリーズ……。


 カキーン! 西崎は打った! ホームラン? いや、ギリギリそれた。ファールだ、あぁ、もう!


 カキーン! またもや打った!


 でも、中途半端に2ベースヒット。ランナーが二人帰って同点になってしまった。どうせなら逆転してしまえばよかったものを!


 まわりからは歓喜の声があがっている。

 知らないもの同士が手を取りあい、空港で再会する外人同士のように抱きあってる。なに? あの人泣いてるの? どうしてそこまで? と思うものの、笑顔で握手を求められると笑顔で応えなきゃならない。レジスタンスが潜入していることなど誰にもバレちゃいけない。


 店の主人はピエロの鼻をつけ、みんなにクラッカーを配りだして祝杯の準備を始めたのだが、あぁ、阿部がいい仕事をしてしまった。きっちりとその後のバッターを押さえたのだ。あぁ、なんか複雑。


 もう夜の十時を越えた。いったいいつまで続くのだろう? 野球は何回まで試合するのだっけ? PKとかはないはずだし……そういや昔のファミコンのゲームは99面までクリアしてもまた1面からやり直しになるんだったっけ、プロ野球もそうだったらイヤだなぁ……。


 でもそんな心配は必要なかった。


 10回の表にヒバゴンズはじつにアッサリとホームランを打って勝ち越しの一点をとってしまったのだ。あまりにあっさり点をとられてしまい、ヒポポファンたちは声も出なかった。


 そして10回裏、ヒポポタマシーズの攻撃……。


 なに? なんなの? まわりは夏バテの野良猫のようにグッタリとうなだれていた。耳をすますと、あちこちからうめき声が聞こえてくる。陰気くさい。まるで傷病人だらけの防空壕みたいだ。

 

 泣く子も黙るヒポポファンたち、あんたたちはこの程度のものなの? 


 確かに下位打線で望みは薄いけど、この程度であきらめちゃうの?

 たった一点差だというのに。

 ふん、しけた奴らだぜこいつら。一人一人の背中に丁寧に火をつけていってやろうか? 熱列ファン? チャンスのときは威勢がいいくせに、少しピンチだと、あぁもうダメだ、おかぁさ〜んってか? 上司にはおべっかを使い部下には八つ当たりをするようなやつらなんだよ、きっと!


 結局、ヒバゴンズはその回をきっちりと押さえ、試合は終わった。


 いい試合だった。


 野球に詳しくない私でもそれくらいはわかった。家に帰りたいと思っている私をなかなか帰さないで、ハラハラとさせた。本当は面白くない試合でもいいから早く帰りたかったんだけど、でもいい試合だったんだなと本気で思えた。


 だけど、あの人たちはそう思ってないみたいだ。


 勝つことこそがすべてなのだ。

 店の主人は「乾杯できなかったね」と背中を丸めてクラッカーを集めだした。『乾杯はできなかったけど、完敗でもなかったじゃん!』そんな上手いことは私は言わない。


 この後は鮫島のヒーローインタビューです。


「あぁ〜、鮫島なんか見たくない、見たくない」野田先輩が言った。


 主人はリモコンを持ちテレビを消した。いっせいに溜め息がもれた。誰もいい試合だったなんて言わなかった。両チームの健闘を讃えたりしなかった。


 他人のゲームの勝ち負けにどうしてムキになるんだろう? ただビールを飲んで野次を飛ばしているだけなのに、いっしょに戦った気になれるものなの? 私にはわからないし、わかりたくもない。


「孝美、ごめんな、ごめんな」

 健ちゃんが泣きながら私の肩に鼻を擦りよせてきた。でも私は「いや、ファンと違うのに」としか思わなかった。


「負けちゃったよ、ごめんな、ごめんな」

 きっと、泣きながらも気持ちよくなっている。本人は気づいてないだろうし、そんなこと指摘しても怒るだけだろうし。負けたことなんかどーでもいい。そんなことよりも、こんなところに黙って連れてきたことを謝ってほしい。


 こんな男のどこが好きだったのかさっぱりわからないよ、こんな男に真剣に惚れていた昔の自分にタイムマシンで会いに行って、金属バットでボコボコにしてやりたいくらい。


 主人は黙々とクラッカーを回収していた。すすり泣きながら、クラッカーを返すヒポポファンたち。自分を苦しめたありとあらゆる存在が、繊細さを見せ、まるで被害者のような顔をしていることに我慢がならなかった。


「ねぇ、健ちゃん、なにがあっても私を守ってくれる?」


 彼とつきあい始めたころのような笑顔で私は聞いた。


「うん、あたりまえ、あたりまえだろ」


 それだけ聞くと私は満足し、ミュールを履いたままベンチの上に立ち上がり、クラッカーのヒモを思いっきり引っぱった。


       完


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