白の魔王、狙われる
ポチョムキンを先頭に進む白の魔王が率いる魔族達の行く手を塞ぐものはない。
遥か南にある黒の女王の居城を目指して突き進む。
時折、街や村へと立ち寄り魔族の解放を行いがら、その数は徐々に増えていく。
タローを背中に背負い、邁進するポチョムキン。
最近、少し不満であった。
解放した魔族にも、襲った人間、真人間の中にも、これといってポチョムキンの好みがいなかったからだ。
それもそのはず、ポチョムキンと黒の女王の好みは全く一緒であった。
見た目麗しい者だけではなく、タローのような綺麗な目をした純朴な少年もだ。
ただし、違うのはポチョムキンは魔族だろうとなんだろうと雑多で変わらないのに対して黒の女王は徹底的に魔族を排除する。
そのせいもあってなのか、後ろからついて進む魔族達はポチョムキンにとっては対象外もいいところ。
「やっぱり彼しかいないわね……」
背後にいる白の魔王を振り返って見たポチョムキンの目が光り、真っ赤な舌が唇をなぞる。
白の魔王は、寝不足であった。
ポチョムキンが来てからは、進軍は好調も好調のはずなのだが、寝付けない。
寝不足で眠くても何故か目が冴える。
まるで獰猛な獣の檻に入れられているかのような、極寒な大地で放り出されたような感覚。
「ぐっすりと眠れる日は来るのか……」
思わず天に祈る白の魔王。そして周囲はそんな白の魔王の悩みに気づいていなかった。
当然である。彼に降り注ぐ危険を知らせる警告は彼にしか響かない。
──孤独。
白の魔王は孤独感に苛まれつつあった。それこそ、誰かに優しく手を差し伸べられたら取ってしまいそうなほど。
そして、それがポチョムキンの狙いなどとは露知らず。
「ふふ……もう少し、もう少し」
今は不満でも先を考えると嬉しくなりポチョムキンの筋肉が隆起するのだった。
夜も更け始め、魔族達は野宿の準備をし始める。白の魔王は簡易な雨避けのテントを張り夜に備えていた。
いつもだが、この時間帯になるとポチョムキンは、タローと一緒にどこかへと消える。
そして、夜明けと共に肌艶が良くなって帰ってくるのだ。
しかし、今宵は違う。ポチョムキンもタローも同じように魔族の輪の中にいる。
特に何かをする素振りはなく、白の魔王も何処と無く気になるという程度であった。
今宵の空は、雲がかかり月明かりはなく深淵の闇のよう。魔族達が就寝して横になっている中、一人体を起こす影が。
それは勿論ポチョムキン。
ユラリと闇の中を音を立てずに蠢く。暗闇でありながらポチョムキンの身体の周囲には興奮してなのか陽炎が揺らいでいる。
白の魔王のテントの前には、一応二人の魔族が警備をしている。そこに寝惚け眼のタローが近づいていく。
「どうした、こんな夜更けに」
「すいません。トイレついてきて貰えませんか? ポチョムキンさんが居なくて……その、怖いので……」
「仕方のないやつだな。男なら一人で行けるようにならんとな」
警備の内一人がタローについていき、近くの森の奥へと消えていく。
残されたもう一人は、タロー達の背中を見送った後、警備へと戻ろうと振り返ると、そこには何故か壁が出来ていた。
なんだ、と不思議に思った警備の男は、急に意識が遠のいていく。
壁だと思ったのはポチョムキンで、警備の男を一瞬で気絶させたのだ。
ゆっくりと白の魔王の眠る簡易なテントに忍び寄るポチョムキン。
絶体絶命か。そう思われた時、斥候に出ていた魔族の叫び声で一斉に皆が目を覚ました。
「大変だ! 人間、真人間の大軍がこの先で待ち構えている!」
思わぬ邪魔にポチョムキンは、チッと舌打ちして慌てる魔族の群れの中へと紛れ込むのであった。
簡易なテントからも白の魔王が出てくる。焚き火による明かりは多少あるものの薄暗い中、白の魔王の顔色は真っ青であった。
白の魔王は、簡易なテントの中から見ていた。ゆっくり忍び寄ってくるポチョムキンの影を。
恐怖で元から白い髪の毛が真っ白になるほどに。
その変化を気づく者は誰もいない……。