走れ、ポチョムキン
「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ‼️」
ポチョムキンはひたすら草原を、そして川の上を走り、谷を飛び降り目指すは北の山脈にいるはずの白の魔王。
愛の奴隷タローが落ちないように体を密着させればさせるほど、その速度は加速する一方。
それに気づかないタローは、更に密着させるのであった。
その速度は走り続けても衰えず、無尽蔵の体力から止まる素振りすらない。
街に入ってもそれは変わらず、門番を撥ね飛ばし、大通りの行き交う人々はボーリングのピンのように吹き飛んでいく。
それでも一日経てば意外と慣れるもので、ポチョムキンが街を通る時に拾って(奪って)きた果物をタローは、背中におぶさりながら器用に食べていた。
「あそこのようね」
連なる山の麓には、かなり多くのテントが張られ陣を敷いていた。
「人間、真人間がいっぱいですよ、ポチョムキンさん。そ、そうだ! あそこの岩を陣のど真ん中に放り込むってのはどうでしょう?」
タローの指差す方向には、ポチョムキンの体の何倍もの大きさの岩が。
しかし、その岩にポチョムキンは驚くほど反応しない。
そして、フッと笑みを漏らすとポチョムキンは拳を作りタローに見せる。
「愛の奴隷タロー。よく聞きなさい。愛のある人ってのは、武器や道具は使わないの。拳一つあれば、いいのよぉお‼️‼️ 振り落とされないようにしっかりと掴まっておきなさい!」
そう言うとポチョムキンは陣へと向かって走り出す。拳に更に力を込めると、陣の手前で警備を行っていた人間の忠告を聞くことなく、バック・ダブル・バイセップスで後背筋を盛り上げてから半回転してサイド・チェストへ移行すると、アッパー気味に握りしめた拳を振り上げた。
直接当たらずとも、その拳圧で空に舞う警備をしていた人達は、そのまま陣中のど真ん中へと墜落する。
「貴方達に、この拳に応えることが出来るかしら?」
握り拳を一旦脇の下で引くと、そのまま正拳突きを繰り出す。もちろん、直接当てずに寸止めからの出固品・薬だ。
音すら置き去りにする拳圧とデコピンで人間も真人間も空を舞っていく。
突如現れたポチョムキンに人間も真人間も指揮するものが混乱して散り散りに逃げ出し始めた。
あえて追うようなことはせず、ポチョムキンの周りにはいつの間にか人影一つ残っていない。
だが、一部の奴等は別だ。
逃げた方向が悪かった。
それは白の魔王がいるはずの北の山間に逃げたのだ。
◇◇◇
ポチョムキンが陣内へと突入を始めた頃、白の魔王は命懸けの最後の奇襲をかけていたのだが、途中違和感に気づいた。
「おかしい……あとから、あとから湧いてきた人間、真人間の後続が来ない」
白の魔王は嫌な予感が走る。後続が来ないということは、別動隊が自分等の後方へと回り込み挟み撃ちにするつもりなのではないかと。
「見張り! どうなっている!?」
白の魔王は、若く視力の良い魔族に、自分等がいる場所より一つ高くなっている岩影から人間や真人間の集団を見張らせており、報告を待つ。
しかし、報告は一切なく、ただ呆然としていた。
「おい! 報告はどうした!?」
白の魔王の側近に怒鳴り付けられた見張りの若い魔族は、正気を取り戻す。
「あ、えっ……と、人間と真人間の群衆が此方に向かって来ます!」
やはり来たかと、白の魔王を初め側近達も覚悟を決めた表情に変わる。
「最後だ。思い残さないように、後世に語り継がれる姿を見せようではないか──どうした?」
見張りにつけていた若い魔族は、まだ続きがあると見張りをそっちのけで、気づけば魔王の側まで降りて来ていた。
「まだ、報告が! その、よく分からないのですが、人間達は何かに追われているようなのです」
「追われている? ドラゴンでも出たのか?」
人間はともかく真人間が逃げ出すなど、余程の事がないとあり得ない。
白の魔王は、人間達の様子を見ようと再び岩影に隠れるように命じた。
見張りによると自分等の目の前にある山道を通ってくるだろうと、息を潜めて待ち続けた。
声が耳に入り始める。結構な人数である事が声で分かるが、声には叫び声と悲鳴のような声が混ざりあっていた。
人間と真人間が、目の前の山道を通りすぎていくのだが、此方を探す様子はなく、ただひたすらに山頂に向かって走り続けていた。
「魔王様! 上、上です‼️ 何か降って来ます‼️」
潜んでいたにも関わらず、見張りだった若い魔族が声を上げてしまう。
太陽の光に照らされて、よく見る事は出来ないが影になり黒い物体が墜ちてくる。
その黒い物体は、狙い澄ましたかのように人間と真人間達のど真ん中へと降り立つのだった。




