大きな十字架
「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!」」
砂しかない砂漠に木霊する叫び声。
豚顔の魔物達は、必死に荷台に掴まりながら涙目になっていた。
荷台を頭上で掲げるポチョムキンが、後塵に五メートル近い砂を巻き上げながら、砂漠を素足のまま走り続けているスピードに。
「な、なんでこの人は、さっきまで砂漠をのんびり歩いてたんだ? このままだとすぐに砂漠を抜けれるじゃないか!」
「そ、そんなの僕に分かるわけ無いでしょー! お父さん」
豚顔の魔物の少年は妹を、父親は母親を落ちないように片手で支えながら耐えていると、妹と母親がゆっくりとその瞼を開く。
雲一つ無い空、代わり映えのない砂ばかりの景色。
視界では状況が把握出来なかった母親と妹だったが、その体が後方に引っ張られる感覚に、咄嗟に片手で荷台の端に掴まった。
「お兄ちゃん、これどうなってるの?」
「いいから、掴まっていろ。メリー」
進む先の視界の奥に森らしきものが見え始め、砂ばかりの砂漠の終わりを告げるのだった。
森の手前でポチョムキンは急ブレーキをかけて荷台を下ろす。
豚顔の魔族の家族は、そのスピードにあてられて茫然自失としていた。
一旦荷台ごと、日陰になる木の側に持っていったポチョムキンは、魔族の少年を見てその真っ赤なルージュを舐めとるように赤い舌をペロリと出して笑みを見せると、少年を肩に担ぐ。
「砂漠を抜ければ大丈夫でしょ。あの男が持っていた食料や水もあるし。それじゃ、アタシは急ぐから」
それだけを言うと少年を担いだまま、ポチョムキンは森の中を走り去って行く。
我に気づいた豚顔の魔族達は、少年が居なくなったことに嘆きつつも、砂漠の真ん中で失いかけていた命が救われホッとする自分に、いつまでも苦しむことになったのだった。
◇◇◇
日が暮れて辺り一面真っ暗な森の中、一人の少年の声にならない声が一晩中聞こえてくる。
夜が明けると、あの豚顔の少年はポチョムキンの隣で恋人が甘えるが如くしなだれて体を寄せていた。
言わずもがな、ポチョムキンは美少年、美青年が大好物であるが、心が純粋である少年も好物である。
ポチョムキンは豚顔の少年の目に、心の純粋さを感じたのだ。
「そう言えば名前を聞いていなかったわね?」
「僕はタローって言います、ポチョムキンさん」
タローはポチョムキンをいとおしそうな瞳で見つめる。しかし、ポチョムキンがその視界から外れると急に死んだ魚のような絶望的な瞳に変わった。
「タロー……芋い名前ね。でも、親に貰った愛着のある名前だろうし……そうね、あなた今日から“愛の奴隷タロー”と名乗りなさい」
「あ、愛の奴隷……ですか、はい、ポチョムキンさん!」
タローの死んだ魚のような瞳は、ポチョムキンが視界に入った時にのみキラキラと瞳を輝かせ、恋人を見つめる瞳に変化する。
そう、ポチョムキンの愛ある調教を受けたせいで。
「そろそろ、いくわよ。アタシにしっかり掴まりなさい」
タローが、ポチョムキンの首に腕を回して背中にしがみつくと、立ち上がる。
「まだ、緩いわ。もっと、強く、べったり、ねっとりくっつきなさい」
「は、はい」
タローは、ポチョムキンの頸動脈を絞めるように強く、強くしがみつく。
そして、ポチョムキンは北へと向かって走り出す。
人目を避けるように立っていた森の木々を、今はもはやお役御免と拳で次々と薙ぎ倒して進む。
やがてその森には超巨大な大蛇が通ったという噂が立つほど、綺麗に一本の道が出来上がっていた。




