君の名は
メラメラと音を立てそうな程うだるようなの暑さの砂漠を素足で進むフードを被った男と、一台の馬車がすれ違おうとしていた。
「あれま、おめさんどした? そんな素足で」
馬車はフードの男の横に止まると、御者をしていた中年の痩せた男性が声をかける。
荷台を引っ張っているのは馬ではなく、豚顔をした魔族の男性が二人。
焼ける砂漠をこの魔族達も素足で荷台を引っ張っていた。
足の裏は火傷で爛れ、皮膚が焦げる匂いが立ち込める。二人の魔族の目は既に死んだような魚の目になっており、嗚咽を漏らすだけ。
既に涙すら枯れていた。
「そこの二人も素足だけど?」
男は二人の魔族を見て、そう言うと中年の男性は笑いだす。
「おめさん、面白ぇなぁ。ほら、後ろの荷台見てみな。替えはあるから心配ねぇさ」
荷台には太陽の猛烈な日光に晒されて、涎を垂れ流し様子のおかしい豚顔の魔族の女性が二人、縄に縛られ横たわっていた。
「救いがないわね」
男はそう言うと、おもむろに被っていたフードを取り、二つの三つ編みと共にその顔が露になる。
鋭い目付きには紫色のアイシャドウ、ニタリと笑うその唇には真っ赤なルージュが塗られていた。
「フンッ‼️」と、男は力を込めると太い首が更に太くなりローブの紐を引きちぎり、痩せた男性の胴体ほどある上腕二頭筋から肩の三角筋が盛り上がる。
ハートマークを施したビキニを着けた大胸筋が前に盛り出して、八つに割れた腹筋と腰の脇の辺りの腹斜筋が巨体をしっかりと支える。
下半身の大腿四頭筋と大腿二頭筋も力を込めたことにより筋肥大を起こし、今にもブーメランパンツが引きちぎれそうになっていた。
「ひいぃぃぃぃぃっ‼️ ば、ば、化け──ふぎゃぁああああ‼️」
ビキニを着た男は両腕を前方で円を作るモスト・マスキュラーから横向きになり、大胸筋を強調するサイド・チェストへと移行すると、最後に後ろを向いて両腕を上げて後背筋を見せつけるバック・ダブル・バイセップスからの、正拳突きを放つ。
御者の男の目の前までビタリと止まった拳から飛び出すは、薬指を使ったデコピン。
その技の名は正拳出固品・薬。四段階ある強さで下から二番目の威力。
御者の男性が上げた悲鳴が360度パノラマに広がる砂ばかりの大地に響き渡る。
「誰が、化け物よ‼️ 失礼しちゃうわね‼️」
御者の男性は、まだ化け物と言い切っていなかったのだが、既に遥か後方で頭から砂漠の砂に突き刺さっていた。
「大丈夫かしら?」
荷台と魔族を繋いでいた鎖を容易く引きちぎる。最初は唖然としか出来なかった豚顔の魔族は頭を何度も下げてお礼を言う。
「どうでもいいけど、荷台の二人に水を与えなさい。このままじゃ死んじゃうわよ。女性だからどうでもいいけど」
二人の魔族は荷台に飛び乗り御者が自分用に用意していた水を与える。
「母さん、メリー、しっかりしろ!」
どうやら四人の豚顔の魔族は家族のようで父親と思われる男性が、必死に呼び掛ける。
「それじゃあ、アタシは行くわね」
破れたフードを被り男は北へと足を踏み出そうとすると若い豚顔をした魔族が男を呼び止めた。
「あの……せめてお名前を」
魔族の年齢などは見た目から分からないが、まだ少年の様な声をしているのを男は見逃さなかった。
豚顔の少年の顔をじっと凝視する。
その無垢で純真な瞳に、男はニヤリと真っ赤なルージュをした唇を歪める。
砂漠のど真ん中で寒気を感じて体を震わす魔族の少年。
「ふっ……アイム、ポチョムキン」
何故か突如英語を話すポチョムキン。理由は作者にも分からない。
「貴方、素敵な瞳をしているわね。そうそう、一つ聞いてもいいかしら? 答えてくれたら砂漠を抜けるまで運んであげるわよ」
魔族の家族にとって、砂漠のど真ん中に置いていかれる訳にはいかない。死を覚悟していた所に救いの手が差しのべられて、生への執着が湧いたのだ。
何でも聞いて欲しいと、父親が息子を押し退け前に出るが、すぐにポチョムキンによって後ろへ戻され、後ろに下がった息子を前に出す。
「白の魔王の現状知っていれば教えてちょうだい」
「し、白の魔王ですか……確か今は追い詰められて北へと逃げているとか、そんな話を砂漠に入る前にチラッと……」
「そう……では少し急がないとね」
そう言うとポチョムキンは荷台の下に潜り込んだと思ったら、そのまま両腕で荷台を持ち上げる。
魔族の男性陣は、当初見たような死んだ魚のような目は何処かへと行ってしまい、目の玉が飛び出そうなくらいに大きく目を開く。
「しっかり掴まっておきなさい」
そう言うとポチョムキンは、荷台を持ち上げたまま走り始めた。