白の魔王と黒の女王
これはサライドと呼ばれる世界のお話である。
サライドに住む種族は主に二つ。
“人族”と“魔族”。
昔は魔族の強大な力に怯え暮らしてきた人間であったが、ある日を境に力関係は逆転する。
魔族の王、つまり魔王が人間の女性に恋に落ちたのだ。
魔族を捨てて魔王は人間の女性と結ばれた。
そして、魔王と人間の女性との間に男の子が生まれる。
怒ったのは魔族達。魔王もろとも人間の女性を襲うが、返り討ちに遭ってしまう。それもまだ幼い男の子一人に。
魔族と人間との間に生まれた子供は今までもいたのだが、父が魔王そして結ばれた女性もタダの人間ではなくまるで女神のような美貌を持っていたのだ。
二人の子はやがて人間の王となり、多くの子孫を残す。この男の子の血を少しでも受け継いでいる人間には力があり、少しずつ魔族を追いやっていく。
同時期に人間の間にも差が生まれ始める。
男の子の血を継いでいるかいないかで。
男の子の血を継いでいる者達は自分達を特別視しており、やがて真なる人間、“真人間”を名乗り始めた。
そして真人間達は、魔族を捕まえ奴隷のような扱いをし始める。真人間、人間、魔族と完全にヒエラルキーが逆転したのだ。
更に真人間の中でも新たに差が出来る。女性の方がその力量が高く、代々人間の王は初代の男の子以降、女性で占められていた。
──そして、現在。
魔族にとって、冬の時代へと突入する。今までは、奴隷のように扱われるも、まだマシであった。
いわば買い替えのきく商品。
ところが、現在の女王になってから魔族を商品として取り扱うことを禁止したのだ。
一見魔族にとって、良いようにも見えるが、これがとんでもなかった。
魔族は商品としての価値すらも失ったのである。
今までは購入するのにお金が必要であった分、なるべく死なないように取り扱われていたのだが、今後は死んだら新しく買うことができない。
死んだらどうするのか。真人間や人間の出した答えは、魔族の乱獲。
自分で捕ればタダなのだ。
わざわざお金を払う必要がない。
死んだら新たに捕りにいけばいい。
魔族の立場は、商品から使い捨てに。それは、まるで路上で配ったポケットティッシュで鼻をかんだ後のような……。
それこそが現在の女王の狙いであった。現在の女王は極度の魔族嫌いで、最早生かす価値すらないという考え方を持っていた。
通称“黒の女王”。
現在の女王は、艶のある黒髪のロングヘアー、切れ長の目の黒い瞳、いつも喪服のような黒いロングドレスで丸みの帯びた肢体包み込み、白魚のように細く長い手にしている手袋までもが黒い。
そのロングドレスも胸元と背中だけは大きく開き、そこから見える白い柔肌の谷間と背中が、より映えることで男どもを魅了させていた。
しかし、魔族も黙っていなかった──
一人の若者が、自称魔王を名乗り立ち上がる。
まるで、日に照らされて輝く雪原のような銀髪に、真っ白な服とマントを羽織る自称魔王は、驚くほど白い肌をしていた。
誰が言い始めたのかは分からないが、黒の女王に対抗して白の魔王と呼ばれるようになっていた。
一致団結して人間、真人間に立ち向かおうと呼び掛けるも、集まったのは、ほんの一部のみ。
捕まっていた魔族たちの殆どは生きることすら絶望を抱き、逆らう気力すら湧かず白の魔王を無視していたのだった。
それでも序盤は魔族にとって良かった。
人間の住む村を襲い、捕まっていた魔族達を解放して戦力を徐々に増やしていく。
しかし、良かったのは序盤だけである。
真人間達が、参戦してからは敗北を重ねていき、いつしか戦力は初期の半分ほどしか残っておらず、北へ北へと逃げるしかなくなっていた。
白の魔王率いる魔族達は、やがて北部に連なる山脈の山間に隠れて奇襲を仕掛ける日々が続いていた。
しかし、後から後から人間、真人間達は集結して数が減るどころか増えていく一方。
魔王を名乗ったとしても、白の魔王は只の一魔族にしか過ぎず、奇襲をかければ逆に減っていく状況に、己の不甲斐なさに嘆く彼は、天を仰ぎ夜空の三日月を眺める。
「この世に神は居ないのか?」
彼の言葉を聞き、今まで付いてきて魔族達も同じように天を仰ぎ、目尻から涙を溢す。
「皆、よくここまで付いてきてくれた。感謝する。ここからは各々逃げてくれ。幸い隠れるところも多い。私が時間を稼ぐから」
「待ってください! 諦めるのですか!? それじゃあ……それじゃあ、死んだ仲間が浮かばれねぇ‼️」
仲間が白の魔王を叱咤激励する。しかし、このまま抵抗したとしても全滅は目に見えていた。
それでも、仲間達は信じてくれている。
「誰かがきっと我々の意思を継いでくれるはず。きっと──きっと、救世主が現れて魔族を人間どもから解放してくれるはずだ‼️」
白の魔王は立ち上がり奮起する。例え自分達が敗北しようとも、必ず後継者が現れると信じて。
そのためにも、自分達がみっともない姿を見せるわけにはいかない、と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白の魔王が、最後の一戦を交えようとしていた頃から、時は数日前に遡る。
白の魔王がいる場所から、かなり南方に大きな砂漠があった。
太陽に照らされて、灼熱の砂地となった砂漠を北に向かって、フード付きのローブを着こんで、たった一人で歩く者がいた。
しかし、不思議なことに、うだるような暑さと熱気で陽炎が起き景色が歪む中、手荷物一つ持っていない。
それどころか、体を覆うはずのローブ自体がサイズが合っておらず、小さすぎて肩までしか覆えていない。
何より下半身はズボンすら履いておらず、履いているのはブーメランパンツ一枚。
「もう、肌が焼けちゃうじゃない‼️ いい加減にしないと、駆逐するわよ、太陽さん‼️」
その者がフードの隙間から太陽を睨み付けると不思議と気温が一度下がる。
焼けた鉄板のようになっている砂地を平然と素足で進むその男のブーメランパンツのお尻の部分にはピンク色のハートのアップリケが縫い付けてあり、パンツの横の部分には、ピンクのラメ入りの糸で刺繍されてある──“ポチョムキン”と。