そのにっ
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あれから、しばらくの月日が流れた。
私は今の生活に慣れ、少しずつララさんのお手伝いをするようになった。
私がララさんのことをララさんと呼ぶと、ご主人様がびくびくし始めたりするんですが、あれは一体なんだろう?
「杏里さん。お風呂掃除は終わりましたか?」
「あ、ララさん!大丈夫です!」
「杏里さんも慣れてきましたね。助かります」
「いえいえ。まだまだララさんには程遠いです」
私の心からは不安が完全になくなり、奴隷だったと誰かに話しても信じてもらえないくらい明るくなったと思う。
そのくらい元気いっぱいに過ごしている。
ここでお手伝いをするようになってから知ったのだが、ご主人様は普段は部屋で何か仕事をしているようだ。なんの仕事をしているのか気にはなるけど、奴隷オークションに来たことがあったりするくらいだし、聞かない方がいいだろう。
「ララさん。今日のご飯はどうするんですか?」
「そうですね。杏里さんは何か作れたりしますか?」
「私ですか!?ずっと奴隷だったので、何も……」
「失礼しました……。嫌なことを思い出させてしまいましたね」
「いえいえ!ララさんやご主人様のおかげでもう大丈夫です!」
「それは何よりです」
学校にも行けていないので、私には一般常識すらないと思う。
というか、どれが一般常識でどれがそうでないのかの判別もつかないのだけど……。
「ではそうですね。今日はカレーにでもしましょうか。簡単なので、すぐ覚えられますよ」
「是非お願いします!」
こうしてちょっとずつ、物事を覚えて、できるようになるしかないだろう。
★
よし。これで完璧だ。
「ふぅ……」
一仕事……っていうか、ただの趣味を終えた僕は溜息をついてゆっくりと伸びをした。
杏里……叶えてくれるかなぁ……。
もう最初の頃みたいに怯えることもないし、不安はなくなっているだろう。
信用も得られていると思う。
「ただ、これで嫌われちゃったらやだなぁ……」
さて、どうしたもんか。
こんこん。
部屋の扉がノックされた。
「はーい?」
「ご主人様!ご飯の準備ができました!」
「ありがとー!今行く!」
杏里からの呼び出しだった。
最近はメイドさんのお手伝いをよくしている。
掃除とかはもうほぼ完璧にこなせるようになった。らしい。
本人は料理を覚えたそうにしていたけど、まずは掃除かららしい。
まぁその辺はメイドさんに全部任せているから僕は口出しできる立場にない。
おっと、ごはんの呼び出しが掛かってるんだった。
早く行かなきゃ。
●
「「「ごちそうさまでした」」」
ご主人様とララさんと私の三人でのご飯を終えた。
この食事にも慣れてきたもので、最初の不安が嘘のようになくなっている。
みんなで談笑しながら食べるご飯は最高だ。
「これ、杏里さんが作ったんですよ」
「え、そうなの!?道理でいつもと味が違ったわけだ」
そんな会話の中で、ララさんが今日のご飯であるカレーについて触れた。
「ご主人様、えっと……口に合わなかったでしょうか?」
「いや、そんなことないよ。いつもと違ってこれもまたおいしいよ!」
「よかったです……」
私はほっと胸をなでおろした。
初めてだったけど、ララさんに教えてもらいながら頑張って作った甲斐があった。
「あ、そうだ。杏里、この後僕の部屋に来てくれない?」
「ご主人様の部屋に、ですか?かしこまりました」
話に区切りがつくと、ご主人様に部屋に来るようにお願いされた。
断る理由はないのでもちろん行く。
「では、食器は洗っておきますね」
「はい、お願いします」
ララさんに後片付けをお願いして、ご主人様と一緒に部屋に向かう。
この時はあんなことをお願いされるなんて思いもしなかった。
★
部屋に呼んでしまった……。
ついに打ち明けなければいけない時がきた……!
嫌われちゃうかなという不安を胸に抱きながら、いつまでも口が言うことを聞かない。
「あの、どうされましたか?」
「あ、あぅ……えっと……」
しびれを切らしたのか、杏里に先を促される。
もうここまできたんだ!言うしかない!
「杏里、お願いがあるの」
「はい、何ですか?」
「僕……僕のことを……」
「?」
「僕のことを――」
次回の更新は、5月30日の21時~22時の間です。