トラックでひき殺すだけの簡単なお仕事
ひき殺し専門ドライバーの朝は遅い。そもそもメインターゲットの引きこもりニート達は夜行性なので、必然的に深夜勤務が多くなる。全員朝方になってくれれば深夜勤務しなくていいのにと思うが、妙に健康的になってこちらの仕事が減っても困る。
さて今日も俺は昼過ぎに起き、ぼーっとした頭を抱えて朝食兼昼食をとった後、制服に着替えて出勤した。因みに制服は黒ずくめだ。真摯さと目立たなさを第一に考えて決められたらしいが、社員が揃うと葬式かアレ系の人達にしか見えない。まあいいこの話はよそう。気が滅入ってくる。
会社について受付に社員証を見せると、A4一枚のプリントが手渡される。これが本日の俺のタスクだ。ざっと見て、今日はやけに詰まっていることを確認した。一時間に二件も重なるとさすがにきつい。
俺は主に2トントラックで仕事をこなす。愛用の車種はあえて伏せるが、アルミコンテナ付だ。このトラック、見た目は普通だけれど、どんなに人をはね飛ばしてもバンパーや前面が凹まない頑丈な作りになっている。2トンは小回りが利くので結構重宝されるらしく、他の車と比べても稼働率が高い。俺も含めて十人くらいが毎日乗り回している。いつかリムジンで仕事してみたいものだが、(ごくたまに、そういう案件もある!)未だ機会はない。珍しいところでは農業用トラクターも一台あるそうだ。まあいかんせん需要がなさすぎるので今は農家に貸し出し中らしい。まさか農家も人をひいたトラクターで代かきしているとは思わないだろう。
全員がタスクを確認し、工事中の幹線道路の迂回ルート指示などが出たところで各々トラックやダンプ、軽に乗り込み散っていく。
後は現場につき、統括センターと連携してターゲットをトラックでひき殺すだけ。とはいえターゲットを間違いなくひき殺すには熟練の技が必要だ。うっかり植物人間になりましたでは済まされない。バックでとどめをさす『二度びき』も規約違反とされる。その日その時間きっかりに、ターゲットのみをヒット&ランするのは、意外と面倒なことなのだ。
面倒といえば、毎回自分で車についた血痕や肉片を清掃しなければならないのもこの仕事ならではの苦労だ。それが嫌で辞めた同僚も数知れず。幸い俺は耐性があるらしく、若干うんざりしながらも一件終える度に洗い流している。ちなみにこの道36年のベータさんは数年前から血しぶきが一切飛ばない画期的なひき殺し方で無形文化財、いわゆる人間国宝になった。どうすればそんなことができるのかは分からないが、ベータさんはここ数年洗車せずにひきまくっているという。尊敬しながらも、そんな汚い車でひかれたら死んでも死にきれないと俺は思う。
俺はひき殺し専門だが、同僚にはニアミスと兼業している奴も多い。今ではひき殺しがメジャーになってしまったが、昔はニアミスの仕事が圧倒的に多かったらしい。ニアミスは顔出ししなければならないし、上半身鍛えた人でないときついので、俺ははなからやろうとも思わなかったけれど。つまり急停車か急ハンドルでターゲットを避け、その後窓を開けて身を乗り出し怒鳴るのだ。「どこ見て歩いてんだこの野郎!」とかなんとか。
余談だがベータさんはその昔武田●矢の前で急停車する役に抜擢されたらしい。社外秘だからあまり大っぴらに言えないけどマジパネェあの人。
そうこうするうちに目的地周辺です、とナビが無機質な声で言う。俺は一旦車を脇に寄せて止め、タスク表を取り出して一項目目をじっくり読んだ。
ID:177765238 name:神崎アキラ (16) time:16:50
memo:【救助死亡】コンビニ前の交差点でトラックにひかれそうになったネコを助け、代わりに自分がひかれて死亡。
来た、救助死亡案件! 別名お助け案件と呼ばれる最悪のブツが今日最初に出てきたので、俺は盛大にため息をついた。
いや、いいよ。そうしたければどうぞ。俺は止めない。止める権利はない、仕事だから。
でもどうよ? そりゃ普通に引かれました、っていう間抜けより、ネコを助けて死んだほうが格好いいだろうけど。だがな、こっちはネコをスルーして、飛び出してきた人だけをうまいことひかなきゃいけないんだよ。間違ってネコを殺したら規約違反。人の命がネコより軽いという風潮って何これ。どっちかといえばネコひいといたほうが掃除も楽だし安パイじゃね?
とか思っても結局は下っ端の意見だ。どうにもならないことを愚痴っても仕方ない。俺は観念し、無線で統括センターに連絡する。
「こちらシグマ、ID:177765238、スタンバイOK、オーバー」
「こちらセンター、シグマ、スタンバイ確認。ミュー、応答せよ、オーバー」
「こちらミュー! お疲れっすシグマ! 俺をひくなよ、絶対にひくなよオーバー!」
「……こちらシグマ、了解オーバー」
今日の相方はミューだった。ベテランで助かるが、まだ現役だったのか。
普通、お助け案件のネコは2年で危険手当という名のカリカリ一生分をもらって引退だ。それを過ぎてもお助け案件をやっているということは、よっぽどヒロイニズムに酔ってるか、ギリギリのスリルを楽しむイカレ野郎かのどちらかだ。ちなみにミューは間違いなく後者だ。
ミューのバックでバリバリ咀嚼する音が聞こえていた。あいつまた仕事中にカリカリ喰ってる。今からひかれかけるというのに緊張感がなさすぎる。
「こちらセンター。ミュー、速やかに食べ終えてスタンバイせよ、オーバー」
ほら、センターからも怒られてるぞ。
「こちらミュー、スタンバイとっくにOKっす。最後の晩餐も今食べ終わったっす、オーバー」
うわあ開き直ってる。もう金輪際のどをなでてやらんぞオーバー、と返したくなる。しかしそんなことを言っている時間はなかった。もうそろそろ事故予定時刻だ。
「こちらセンター。シグマ、カウントダウン開始」
10、9、8、と合成音声がカウントダウンを始めた。
クラッチを踏んでギアを2速に入れ、じっと待つ。
「……3、2、1、ゼロ!」
ゼロと同時にアクセルを踏み込み、スピードがのってきたら滑らかにギアを上げていく。目標のコンビニ前交差点がだんだん見えてきた。信号はセンター側で操作し、トラックがトップスピードで通過できるように細工してくれている。そうでないとスムーズに殺せない。
「こちらセンター。ミュー、カウントダウン開始。10、9……」
今度はミューのカウントダウンが開始された。いよいよだ、とハンドルを握る手に力がこもる。
「……3、2、1、ゼロ!」
ミューがコンビニの横から軽やかに飛び出してきた。何の変哲もない黒ネコだが、道路の中央でこっちを向いてにやりと笑った。この野郎余裕だな!
形式上、クラクションを思いっきり鳴らす。そのとき、ネコを庇うようにしてトラックの目の前に制服姿のターゲットが飛び込んできた。予定通りだ。
初めましてアキラくん、そしてさようなら!
ブレーキのけたたましい音を響かせて、俺は止まる努力を見せながらもひき殺すだけのスピードは失わないよう厳密に調整する。
「ギャァァァァーーーー!」
断末魔の悲鳴が聞こえ、血しぶきがべちゃっとフロントガラスについた。ついで、トラックが激しく揺れる。何かを乗り越えた。いや、何かってアキラくんなのだが。
意気揚々とした声で無線が入る。
「こちらミュー! 無事生還っす、オーバー」
「こちらセンター。ミュー、生存確認。ターゲット、死亡確認。シグマ、速やかに離脱せよ、オーバー」
よし、これでOK。我ながらいい仕事した。
俺は無線に答えるとウォッシャーを出し、血で曇った窓を洗う。すでにブレーキを離しアクセル全開で交差点から遠ざかりつつあった。急ブレーキを踏みながらも、決して止まらないのがプロのひき殺し専門ドライバーだ。
だが、今日はいつもと違った。背後から嫌なサイレンの音が鳴り響き、俺は頭から冷や汗がどっと出てきた。まっすぐ走りながら、無線でセンターに助けを求める。
「こちらシグマ! パトカーに追っかけられてるオーバー!」
「こちらセンター。700メートル先右方向、抜け道に向かえ、オーバー」
「こちらシグマ、了解! けどめっちゃサイレン鳴らされてるよ! 捕まるのは嫌だオーバー!」
この緊迫した状況の中、すっとぼけたネコの声が無線に入ってきた。
「こちら今日の仕事終わったミューでえ〜す。シグマ、後は頑張れよ〜、オーバー」
「てめーは黙ってカリカリでも喰ってろオーバァァァー!」
その後めちゃくちゃ追い回され、次の現場に行くまでにあった僅かな休憩時間は削られてしまった。やっとまいて暗い山道でトラックの前面を洗えたときは、我ながら泣きそうだった。うん。
だって捕まっても会社は責任とってくれないからな。下手すりゃ十年塀の中だ。本当超絶ブラック企業すぎる。トラックでひき殺すだけの簡単なお仕事です、なんてキャッチフレーズに騙された結果がこれだよ!
……と、これで仕事のあらましは大体説明できたと思う。しかしこれはたった一件の話。これから後、今日は十件ちかくこなさなきゃならない。深夜二時台には二件も入ってる。どうして引きこもりのくせに夜中うろちょろ外出してはねられるんだ? もう全員首つりとかでいいじゃん。そこまでしてトラックにはねられることになんの意味があるんだ……はねる奴の身にもなってくれ!
プロ三年目の俺だって警察に追いかけられた日にはネガティブにもなる。
わかったか、異世界行きの片道切符はこんな俺達の苦労のもとに作られているんだ。
わかったなら誰か次の休日に合コンにでも連れてってくれ!
何が嫌ってこの職場、出会いが欠片もねえよ! 女はナビの音声だけだ!
ああ、でも職業『異世界の女神』じゃないメンツでよろしく。
ヤツら土下座しすぎてストレスがマッハだからか、性格アウトなのしかいやしない。