第八章.死霊クリュプタ
18時。日もすっかり落ち、星が出てきたころあいである。
孤児院の扉が乱暴に開かれたのである。
「グアハハハハハッ。約束の時間だ。さっさと獣人のガキを渡してもらおうか」
現れたのはモヒカンを揺らす筋肉質な青年だった。それと五人の男たちが現れる。
総勢六人。
「イグニスは渡さない」
震える声を振り絞ってそう言ったのはオルテだった。
「だ、そうだ……」
というわけでジェードも立ち上がる。
「なんだお前は」
「『世界樹』社長です」
「あーなんでも屋ってやつだろ? 護衛でも依頼されたか? でもわかっているか、おれたちは深淵の獅子……」
そう言ったモヒカンの顔の下半分が吹き飛んでいた。
「んー! 今回は全力でやっていいんだよね」
くうちゃんが持っていた棍棒を彼に向かって振るったのである。
「うん」
「やったー。じゃあがんばちゃおーっと」
そう言ってぐるんぐるんと2メートルを超える棍棒を振るう。
敵は6人。その平均レベルは70。なかなかにつわものだが、これならくうちゃん一人でもやれるだろう。
「わたしもやろうか?」
とレイが言う。
「いや、この程度ならくうだけでやれるだろう」
その通りである。くうは簡単そうに男たちを蹂躙していく。
「アハハッ。ねえ社長。もっとさあ、闘う依頼こなしたいんだけど。いつも力仕事ばっかりでさ」
「油断するなよー」
「油断って……このレベルの相手で!?」
と、いうわけで数分と待たず六人は地面に崩れ落ちる。
「はい。いっちょあがり」
ざわっと孤児院内がざわつく。
「え?」
きょとんとセレスさんが首を振る。
「深淵の獅子団って……?」
「あー。違いますよ、あの人たちは深淵の獅子団の名前を騙るだけのただの小さな盗賊たちですよ」
ジェードはセレスにそう言う。
「というか深淵の獅子団だったらさすがに依頼を受けていません。と、これで依頼は完了ですね」
と、その瞬間である。
「社長っ!」
レイの声で振り返る。
「きゃああああっ!」
男の一人が立ち上がり、持っていた剣でくうに切りかかっていたのである。
「くうっ!」
「だ、大丈夫。だけど、いてて」
うまくかわしたようだ。腕にかすり傷を負っているが傷は深くない。
いや、その男だけではない。全員が立ち上がっていたのである。
「レイ、セイラ!」
「わかっています」
手を前に出した瞬間、レイの両手の爪が伸びわたり、前傾姿勢に構える。
「やれやれ。結局闘わないとなのかー」
つまらなそうにそう言ってセイラも腰から二本の短剣をぬく。
「わたしもまだまだやれるよ」
ぶるんぶるん棍棒を振るいながら構える。
「うううぅうううぅううぅううぅうぅぅぅぅ」
男たちはうなり声をあげている。目は虚空を映し、正気ではない。操られているのか?
「ぐぁああああああああああああああああああああああ」
と、男の一人が剣を持って襲い掛かってくる。速い。先ほどよりも。
「くっ!」
くうちゃんはそれを棍棒で抑える。
しかも、重いっ!
「やあっ!」
全力で棍棒を振るいあげ、何とかそれを弾き返すが、ギリギリの様子だった。
筋力レベルが上がっている?
「しかたないですね」
そうレイが言った瞬間である。レイの姿が消えていた。レイが今立っていた地面から煙がわずかに上る。
そして次の瞬間、男たちは全員崩れ落ちたのである。
「神速乱切!」
男たち全員が首から血を流し倒れたのだ。
これが彼女の能力だ。全身に力を込めることで、一瞬だけ音速を超える力を持つ。
「ちぇ。血で汚れちゃった」
「油断するなっ!」
「油断も何も……殺しちゃったよ? 首の頸動脈切ったし」
いや、違う。全員が何事もなかったように立ち上がったのだ。
「歌うね」
ふうぅとセイラは空気を吸う。
言葉に魔力を乗せてあらゆる効果を導く、セイレーンとしての彼女の能力。
あらゆる魔法効力を打ち消す空間を作り出したのだ。
だが、男たちは倒れない。
「精霊術や蘇生魔法の類じゃない。この力……」
カリスマ持ちか?
「ふうん。なかなか優秀な護衛を雇ったみたいだね」
孤児院の扉である。そこからこちらを覗いている青年。
「……だけど、僕には勝てない」
そう言った。
「誰だアンタ」
「深淵の獅子団の一人。『死霊』のクリュプタ」
そう言った。二つ名。それはカリスマを顕す!
冒険者ギルド協会『第三世界』の発表によれば、世界50億の人口のうち、レベル100以上の冒険者の数は約200人とされる。
そのうちの一人!
「あんた……まさか本当に深淵の獅子団、か!?」
ジェードは戦慄する。
たしかに100レベル越えなら深淵の獅子団の構成員にふさわしい。