第一話.引っ越し代行
「なるほどなるほど。急な引っ越しですね」
「ああ。そうなんだよ。友達呼んで一気にやろうと思ったんだけど、よく考えたら俺友達いねえんだわ。しかも今日がアパートの退去日でさ。このままだと延滞金が発生しちまう」
というわけで、様々な相談事厄介ごとが世界樹には持ち込まれるのだ。
「それでしたらゴブリンを8体お貸しいたしますね。前金で80000ゴールドになります。引っ越し先の家の距離ですと問題なく一日ですべて終わりますよ」
そう言って少年は隣にいる犬耳メイド服の女性に目くばせする。
「今お連れしますね」
そう言って犬耳メイドは店の中に入っていく。
しばらくたつと店の奥から出てきたのは、黒い長髪を揺らす女の子たちだった。身長はそれぞれ1メートルほどで各々が楽しそうに何かを喋っている。
ゴブリンである。とはいえ、よく想像するゴブリンとは姿かたちがちょっと違うだろう。
それこそが魔王、もとい社長としての彼の能力なのだ。
魔王はすべての魔物を従える能力を持つ。それ以外にも魔物に自身の力を与えたり、新たな特性を付与したりすることもできるのだ。モンスターカスタマイズ能力である。
先代の魔王は、もちろん魔物たちを戦闘に特化させた姿、能力にカスタマイズしていた。だが、いくらもう生きている人間がいないとはいえ、魔物たちとの戦争はたった100年前のこと。同じような姿かたちのものを連れていてはいくら敵対しないとはいえ、反感も強いだろう。
そこでジェードは、人間に親近感を沸かせるため、人間に近い姿にすべての魔物をカスタマイズしなおしたのだ。もちろん魔物特有の能力は失わせていないが。
というわけで、この身長1メートルの赤髪のくりくりした女の子が、かつて集団で町を破壊し、人間たちを蹂躙したという悪鬼の、世界樹ヴァージョンなのだ。
「この子たちが、魔物かい?」
「はい。ゴブリンの、まーちゃんと、りんちゃんと、くうちゃんと、さいちゃんと、むうちゃんと、わんちゃんと、かっちゃんと、やーちゃんです。みんな挨拶して」
「「「「よろしくおねがいします」」」
と、ジェードの言葉に反応してゴブリン娘たちは元気よくお辞儀する。
魔物の中には知能が低く、襲う、食べる、犯すなどと言う基本欲求に忠実な行動しか起こせない者たちもいる。ゴブリンも元来そう言った種類の魔物ではあるのだが、徹底した品質管理と教育によって、世界樹性のモンスターはすべて人語を操り人とコミュニケーションを取ることができる。
「ニンゲン、タベタイ」
ふよふよとした触手型の上方を揺らしながら現れた半透明の少女はよだれを垂らしながらそう言う。
「ダメです。部屋に戻ってなさい」
「ワカッタ」
と、このように一番知能が低いとされるスライムですら、しっかりと言葉を理解し、我慢することができるのだ!
「おいおい。わるいけど家電や家具の類もあるんだぜ。こんなちみっこたちじゃあ役に立たねえよ。もっとゴーレムだとかトロールだとかそう言った魔物を貸してくれや」
と、ゴブリンたちをみて、客はクレームをつけてきたのだ。
「むう」
くうちゃんがむうっと頬を膨らませる。
「社長! この人嫌い! 殺したい!」
「わー、バカ。しー!! お客様に向かってなんてことを! すみません。この子らはまだ新米でして。ただし力は十分ですよ。なんなら試してみますか?」
「……試す? っていうのは闘ってみろってことかい?」
「ええ。この会社は信用と信頼で成り立っている。お客様がうちのゴブリンたちを信頼できないんじゃあ万全の成果を上げることはできません。」
「言っとくが俺のレベルは50を超えるぞ」
その言葉にジェードはクスッとほほ笑んだ。
この100年で、人間の軍事力は飛躍的に向上した。たとえば、世界大戦で活躍した近代兵器『戦車』なんかは、かつて魔王大戦中最強の一体として数えられた魔物、ゴールデンメタルゴーレムだって太刀打ちできないかもしれない。
が、それに相対するように人間一人一人の単純な戦力レベルは低下した。それもそのはずだ。兵器の類は乗る人間の魔法力やレベルによらないのだ。レベル80の歴戦の魔法使いよりも、レベル5の技術者の方が高い戦力を発揮する。それが近年の世界事情だ。
それでもいまだに冒険者と言う職業は人気があって、レベル上げに勤しむ人間たちもいるのもまた事実。客の彼もそんなうちの一人なのだろう。だが、それでも当然のこと、人魔大戦中、生き死にのかかっていた状況よりはずいぶんとレベルの平均値、最高値は低下しているのだ。
もちろんジェードもその当時生きていたわけではないから実体験ではない。伝聞でしかないのだが、例えば、ジェードの母、先代魔王のレベルは400を超えていたし、母に聞いたところ当時の勇者のレベルは500を超えていたという。
しかし現代、この世界の人間のレベルの限界はおよそ200とされ、現代最強の冒険者と名高い冒険者ギルド協会『第三世界』協会長の『風神イエリア』ですら、レベルは189だ。
当時勇者パーティでも、レベル300超えは何人かいたそうだから、単純に100レベル以上、この百年で人間の限界は低下してしまった。
とはいえ、それも当然で、基本的にレベルを上げるには格上の存在と戦うしかない。魔物が敵対行動をとらない現代で、冒険者たちがレベルを上げるのは容易ではないのだ。
ちなみに30を超えれば冒険者としていっぱしとのことらしい。そう言う意味で彼は相当の実力者ということになる。
とはいえ、まあ、くうちゃんの敵ではない。
レベル100を超える冒険者は固有スキルを有すから、単純なレベル差では判断できないとはいえ、それ以下の冒険者なら、低級の魔物でも簡単に倒せる。
「くうちゃん。この人と戦って差し上げて。殺しちゃだめだよ」
「社長~。わざわざ言わなくても大丈夫だよ。武器もいらない」
と、くうちゃんは持っていた石造りの棍棒をぽいと投げる。
「おいおい。社長さん。あんまりなめないでほしいな」
とあからさまに不機嫌になったように言う。
「俺はアルヘナ一の冒険者、ダイオ様だぞ!」
「ですが、こちらも。この子は自慢の娘なのでね」
そう言うとダイオはぴくぴくと眉間にしわを寄せる。
「殺しちまっても、料金は払えないが」
「どうぞ」
そうジェードが落とすと、ダイオは剣を抜く。
「ふふ。あとでごねてももう無理だぞ。見ろ! これはかつて勇者が魔王を討伐した際に使用した鉱石ハイスピネルを使用した大剣だ。これ一つで家も買えるだろう。おまえの自慢の娘が真っ二つになって転がる姿を見ても、そう飄々としていられるか!?」
と、剣を振るいながらダイオがそう言った時である。
「うわー、あれすごいよ。たぶん500万ゴールドはする!」
と、いつのまにか置いてあった宝箱から上半身だけを飛び出させた少女はそう言う。
「おまえは、金目のにおいをかぎつけたときだけ起きるんだから」
ミミックのミミ美ちゃんである。
「ほしいなー……」
きらきら目を輝かせながらジェードを見てくる。
「だったらバイトでもしろ! もん娘メイド喫茶「ウサギの耳」で働けばいいだろ」
ウサギの耳とは王国で人気の喫茶店だ。ジェードが経営する提携店の一つである。
「あたし人見知りだから」
そう言ってまた宝箱の中に戻ってしまう。
「……まったく。まあいいや。くうちゃん、早く終わらせて、仕事に入らないと日が暮れちゃうから」
「わかった」
こくんっ、とうなずいたくうちゃんは、そのままダイオを睨みつける。
「死んで後悔しろっ!」
そんなくうちゃんに対してダイオは剣を振り下ろす。
「ねえ」
が、くうちゃんは振り下ろされた剣を片手でつかみあげていた。受け止めていたのである。軽々しく。その、細い腕で。
それも当然。単純な筋力で言えば、くうちゃんのそれはレベル150の戦士のそれに匹敵する!
魔王の召喚する魔物たちは魔王のレベルによって力が大きく左右する。
ジェードのレベルは現段階、人の限界とされている200を軽く超える。
さらに10万を超える軍団を率いた先代とは違い、支配下に置く魔物の数はおよそ3000と、少数先鋭性の軍隊を要する現魔王軍『世界樹』では、低級の魔物とはいえこれほどまでの力を持つのだ。
「これ折っちゃっていいかな」
ダイオは必死に引き戻そうとしているようだが、剣はびくともしない。
「な、く……離せ」
「お客様の持ち物だ。壊さないように」
「ちぇ」
と、ため息をついてくうちゃんは手を放す。そして、ぴょんとダイオの懐に飛び込むと、その腹を蹴りつける。
「がぁああああああああああああ」
すると真っ赤な鮮血をまき散らしながらダイオは地面を転がる。
しかもインパクトの瞬間、ダイオの体は破裂し、色々とやばいものが腹から飛び出ている。……。
「ってばかーーーーーーーーーーーー。手加減しなさーーーーーーーーーーーーい」
社長の怒号が社内に響き渡ったのだ。