第十二話.風神
教会での戦闘から一か月。その後はそれほど大きな事件もなく簡単な依頼をこなす日々を送っていたのだ。と、そんなときである。
「世界樹とはここで間違いないかな?」
入ってきたのはひとりの女性だった。腰には似つかないほど巨大な大剣を携える。しかもさらに似つかないのは、その大剣の鞘に小さなクマのぬいぐるみのストラップが括り付けてあるところだろう。
異様な風貌と歴戦を思わせる視線。そうあって、絶世の美女でもある。
おそらく彼女ほどの女性は、この世界にも数えるほどしかいないだろう。残念ながらおっぱいは小さいようだが、スレンダーなプロポーションから考えると、それも魅力の一つとして数えられよう。
そして特筆すべきは、その圧倒的オーラ。
「ふ、風神イエリア!!」
ラピスが戦くようにそう言う。
風神イエリア。現時点で、世界最強とされている人物である。現代は唯一、人神の神託を得、勇者の職業を持つ。同時に、冒険者ギルド『第三世界』協会長だ。
そんな人物がこんな辺鄙な魔物派遣会社に赴く理由などあろうか? なにか解決したい厄介ごとがあってもクエストと言う形で冒険者たちに処理できように。
つまり、それが目的ではない。
「いったい何しに来たんだ!?」
ジェードは思わず席から立ち上がり声を張り上げた。
知らぬ中ではない。こうして顔を合わせるのだけでも、何年ぶりになるだろう。
かつての、同志。
「ふーん。この八年あんたもただ遊んでいたわけじゃなかったんだ」
ジェードがまだ11歳だったときの話だ。当時レベルは100を超えていたが、魔王としての職業は極めていなかった時代だ。
13歳であった彼女と、仲間として冒険していたのである。
「当たり前だ」
イエリアはこの八年間で第三世界を組織しオプスキュリテにまで上り詰めた。
彼女と比べれば、ジェードのそれなど遊んでいたと評されても相違ない程度の功績なのかもしれない。
「だけど、これじゃあ死ぬよなあ、やっぱり。残念だけど」
見定めるように魔物たちを見据えながら、イエリアはそう言ったのである。
それに対して最初に反応し、城を覆うほどの殺気を飛ばしたのはラピスだった。
魔王ジェード・サーペント右腕。四大魔帝は一人ケルベロス。先代からの参謀である。
「お前なんなんだ?」
「ん? 『第三世界』協会長。とか、世界最強の冒険者とか? 『世界最高能力者』の中でも最強とか、神の申し子とか大勇者とか、まあいろいろ言われてる」
そう。その功績は計り知れない。また彼女を顕す形容詞も一つではない。
だがそれらがすべて共通して表すのは、現段階で一個体の戦力で言えば、この世界で最強の存在であるということだ。
「わが社に何の用だ!」
「くすくす。依頼だよ。当然でしょ」
ラピスの言葉に、バカにするようにイエリアは言った。
すぐに飛び出しそうになったラピスを制してジェードは言う。
「邪神の欠片が復活しそうなのか?」
邪神。それこそがかつてジェードが彼女と旅をした理由である。
ジェードがまだ11歳だったときの話だ。当時レベルは100を超えていたが、魔王としての職業は極めていなかった時代だ。
彼女と、あと二人、三人の仲間とともに邪神の欠片を討伐する旅に出た。
この世界には八種の神がいる。そのうちの一体、『邪神』。かつてこの世界を滅ぼそうとした邪神は、他7神によって7つに分けて封じ込められた。
その七つに分けられた封印のうち一つが弱まり、邪心の欠片が復活してしまったのである。その邪神を討伐すべく、人神から神託を得たイエリアは、勇者として仲間を集い、そして邪神を倒したのだ。
復活した邪神戦は、すでにカリスマを極めていた四人をもってしても熾烈を極めた。
だが尊い犠牲もあったが邪神のかけらを滅ぼすことができたのである。
その後、イエリアは他の邪神のかけらの復活に向けて、冒険者ギルド協会を設立。3年前にはオプスキュリテに認定された。
「いや。違うよ。それに邪神なら今の『第三世界』なら造作もなく殺せる」
そう言った。
たしかに第三世界は元々、邪神を組織だって討伐するために組織したもの。オプスキュリテとなり完成した今となっては、かつての仲間であるジェードやシルヴィナに声をかける所以もないだろう。
ある意味では、もはや昔のようには集えない。その組織の性質上、敵同士、になってしまった。
「依頼って、シルヴィナに関係しているのか?」
シルヴィナ・コスタ。同じく邪神討伐パーティの仲間の一人だ。
……彼女は元々オプスキュリテの一つリヴァイアタンに属する海賊団の娘だったが、2年前、首領になった。
二人ともオプスキュリテ……世界級の組織の頂点に達しているのだ。
「全然。っていうか、あー。もしかしてチビ、シルヴィナのこと好きだったん?」
ちなみにチビというのはジェードのあだ名だ。魔王とのハーフであるジェードは普通の人間より身体成長が遅い。当時11歳だったジェードは8歳前後の見た目で、パーティでは妹分として扱われてきたのだ。
「はあ!? いきなりなにを……」
「チビはさぁ、シルヴィナちゃんのおっぱいずっと見てたじゃん。シルヴィナちゃんもずっと気づいてたよ」
「っ!」
ジェードは当時まだ11歳とは言え、美人たちとの冒険はいろいろ思うところがあったのだ。
イエリアは言ったように絶世の美女。町を歩けばたいていの人が振り返るだろう。まあ今は世界で五本の指に入る有名人でもあるから当然だが、何も知らない未開の地だとしても彼女の美貌だけでそれは達成できよう。
そして、シルヴィナも美人だった。イエリアとは性質が違う、女丈夫と言った様子で飄々としているため、ぱっと女性らしい魅力ではないものの、整った顔立ちや熱い視線、なおかつイエリアも言うが、抜群のプロポーションを持っているのだ。当時14歳の時ですらEカップはかたかった。現在ではどれほどまでに成長しているのか。
と、そんなことは問題ではない。
「で、いったい何しにきたって? 思い出話に花を咲かせに来たってわけじゃあないんだろ? だからって半端な依頼とは思えない。だってそんなの、イエリアの組織でクエスト出せば簡単に達成できるはずだもんな」
「うん。まあ……そうだね」
含むように、イエリアは笑う。
イエリアは天才だった。魔王に育てられ、10歳でカリスマに目覚めたジェードも当然そうだったが、それ以上にかけ離れていた。彼女と対等に立ち向かうには。同様に肩を並べるには、爆発的に成長する必要があった。
圧倒的努力が必要だった!
とはいえ、ジェードには同時にイエリアにはないものもある。
それが魔王スキルだ。
あのころは魔王の職業スキルはそれほど開花していなく主にカリスマを用いて戦っていた。だが今は違う。スキルは大きく成長し、一部劣るとはいえ先代の魔王と同レベルにスキルを使いこなせている。
今のジェードは名実とも魔王を名乗れる。かつて世界全土と戦った、それと。
「でもまあさあ、ちょっと期待はずれなんだよね。チビの能力は最強だけど最弱……。それを補うためのこの軍団なんだろうけどさ。でもさ、相変わらず発想が幼稚。魔物の軍団って……カリスマすら使えない部下がなんになるの? 魔王ですら100年も前に人間にやられているってのに」
「……黙れよ、イエリア」
ぐっとジェードはこぶしを握り締める。
「なに? 怒った? やめときなって。ジェードの能力は私には通用しない。でしょ?」
言ったように、カリスマとは、人生の中で最も本人が重大と捉えているものが能力として発現することが多いとされる。つまり、それは感情の根幹だ。楽しい、うれしいと言ったプラスの感情はもちろん、恐怖や怒りと言ったマイナスな感情から能力が発現することもある。そしてそのマイナスの感情から能力が発現した場合に、強力になりやすい体験が『死』だ。
死への恐怖。圧倒的怒り。
つまり強力なカリスマ能力者の多くは何かしらの経験によって死にかけた経験があり、その時の恐怖や怒りをばねにカリスマとして発現させているのだ。
そして、ジェードの呪の密度を超える経験者はおそらくこの世界でも数えるほどしかいないだろう。
イエリアほどの者が、最強であると評するジェードの能力。
ジェードは、死の大地『マウトゥ・フェネア』で育った。