千恵の場合
この画面を開いてくれたそこのあなたに感謝を。
――私......私がしっかりしていれば......こんな事にはならなかったのに......
今、彼女の目の前には、最愛の人が意識を失って倒れていた。
彼、風間春人の受けていたダメージは深刻な物だった。
左腕はあの粘膜の直撃を受けた所が、骨が少し見えるまでに溶けてしまっていたし、それよりもっと酷いのは、脇腹に受けた方だ。こちらは内臓のいくつかが損傷している。
あれから2日が経ち、各々がこの世界を調べた結果、様々な事が分かった。
まず、ここにおいて最も重要なのは、この世界は大して科学文明が進んでいない、という事だ。
周りを見ても、車や電気製品といった類いの物は見当たらない。代わりにこの世界では、《魔法》なる物があるそうで、人々の生活は、魔法と科学の微妙なバランスの上に成り立っているのだ。
よってこの世界には、病院、という概念が存在しない。何故なら、『怪我は魔法で治せ。治らないなら諦めろ』というのがモットーとして人々の心に根付いてしまっているからだ。
一応、魔法についての勉強も千恵はしていた。この世界にある魔法は、基本的に全てこの城塞都市、《ヴァナルヘイム》にある、《ヴァナルヘイム大図書館》にある文献にほぼ全て記載されてあるらしい。
ほぼ、というのは独自に開発した魔法の力を独占したい、という輩が作り出した魔法を秘匿している場合があるのと、作ってみたはいいが強力すぎて禁断とされ、何処かに封印された魔法があるからだ。
前者の場合、その魔法は《独自魔法》と称され、あまり人にいい目で見られないらしい。後者の場合は、そのまま《禁断魔法》と称される。中には、天変地異を起こすレベルの物もあったらしい。そして、どちらにも属さない魔法の事を一般的に《魔法》という。
さらに、その魔法の中でも幾つか種類が分けられていて、基本的には、以下の通りである。
==============================
火属性魔法 マナに《燃》の認識を持たせ、そのマナを媒介として炎の事象を起こす
氷属性魔法 マナに《冷》の認識を持たせ、そのマナを媒介として対象を冷凍する
風属性魔法 マナに《動》の認識を持たせ、そのマナを媒介として風の事象を起こす
土属性魔法 マナに《軟》の認識を持たせ、そのマナを媒介として対象の強度を変更する
光属性魔法 マナに《明》の認識を持たせ、そのマナを媒介として対象に光の事象を与える
闇属性魔法 マナに《暗》の認識を持たせ、そのマナを媒介として対象に闇の事象を与える
==============================
ドユコト? と思うだろう、普通なら。なので説明しよう。
まず、《マナ》というのは一種の生き物だ。ただ、自らが何かを認識し、行動する事は出来ない。なんの指令も与えられなければ、基本的には全体の種を増やす事にのみ自らの命を費やす。
この《マナ》だが、普段は空気中、体内、地面、水......と、何処にでも存在しているのだが、実はこの《マナ》は、こちらから何らかの指令を与える事で、それに合った行動を行うのだ。
例えば、マナに《燃》の指令を送った場合、マナは自身の熱を向上させ、発火する。これによって、炎の事象を起こす事が出来るのだ。
他も大体が同じなのだが、ここで注意がある。
例えば、氷魔法。これはマナに《冷》の指令を送り、それを媒介として、対象を冷凍するのだ。どういう事かというと、例えば、マナ自身が冷える事には何の意味も無いが、その《冷》の指令を持ったマナで、空気中の水分を冷凍することで、氷を出す事が出来る......つまり、氷魔法は、対象が無ければ効果を出さないのだ。
同様に、土属性魔法も、《軟》の指令を持たせたマナを対象にぶつける事で、対象の強度を変更するというものだ。これは大体が氷属性魔法と同じ原理で働いている。
一番特殊なのが光属性魔法と闇属性魔法で、どちらも対象に事象を与えるとなっている。これは、一種の催眠のような物で、例えば光属性魔法の、《ヒール》の場合、マナに《明》の認識を持たせ、傷付いた人体の細胞を活性化させるという光の事象を起こし、細胞の再生能力を飛躍的に向上させる、というものだ。つまり、細胞の応援を行っているのである。
闇属性魔法も本質は同じで、要は対象に催眠を掛けるような物だ。ただ、闇属性魔法の場合は、肉体に闇の事象をもたらすので、簡単な奴は戦闘能力の低下、最終的には対象の即死......という不の効果が多いが。
因みに、魔法で水を作るためには、火属性魔法で空気中の水分を蒸発させなければならない。もちろん、そうやって手に入る水の量は非常に少ないが。本当によく出来たシステムである。水が簡単かつ大量に入手出来る手段があるなら苦労はしないというものだ。もちろん例外はあるのだが。
とにかく、この話でいくと千恵達は春人を助けるためには、光属性魔法を覚えなければならないのだが、先も言った通り、この世界の大体の魔法はヴァナルヘイム大図書館に乗っているため、魔法なら直ぐに覚える事が出来た。では、何故使わないのか。
それは、まだ彼女達の《レベル》が足りないからである。
どういう事か説明しよう。この世界では、マナに指令を送るには、送る側に相応の負荷が懸かるのだ。マナも一応生き物な訳で、そのマナに指令を送る、というのはつまり、村の長が村人に言うことを聞かせるような物で、マナ自身が指令者を認めなければ魔法は成立しないのである。
そしてマナに認めてもらう方法とは、この世界に蔓延っている《魔物》を倒す事だ。魔物はそれぞれ何らかの特徴、または特技を持っている。そして、魔物がその特徴、特技を伸ばす方法もまたマナにあるのだが、その方法がマナを喰らう事なのである。
マナは全体が一つの生物のようになっているらしく、マナにとっては魔物に喰われる、と言うことは、我々でいう体の末端が徐々に欠けていくような感覚であり、不快なものらしい。
よって、マナの指令者が魔物を倒す事によって、指令者の体内に存在しているマナが、指令者を徐々に認めていき、強力な魔法を使えるようになり、それでまた強力な魔物を倒していく......というプロセスになっているらしい。
因みに、自分が今どれくらいの《レベル》なのか、というのは、ステータスプレート、という物で確認できる。その何か良く原理が分かってないプレートに、自分の血を一滴垂らすと、血の中に存在するマナが、指令者の能力をプレートを通して数値化してくれるのである。なんとも便利な代物だ。
因みに、千恵の能力は......
===========================
風間千恵 Lvel《1》 性 女性
体力 200
筋力 100
知力 300
俊敏力 60
総攻撃力 400
総防御力 260
============================
正直、強いのか弱いのかよく分からないが、なんとも大雑把である。総攻撃力と総防御力って足し算しただけじゃん! と思ったのはご愛敬。
マナは、知力が高くなると上手く使えるようになるらしいのだが、《ヒール》を発動させるには、500もの知力と、3のレベルが必要らしい。また、知力の上がりも人それぞれで、上がりのいい人もいれば、悪い人もいるそうだ。 まぁ、レベルは魔物狩ってれば勝手に上がるが。もちろん強い魔物の方が経験値も多いのはお約束。
因みに、知力はマナに指令を与える能力の事で、マナにどれくらい認めてもらっているのか、というレベルとは全く別問題の数値なので、間違えてはいけない。
とまぁ、随分話が逸れたが、千恵が春人を助けたくば、この城塞都市ヴァナルヘイムの外に蔓延っている魔物達を倒して、強くならなければならない。
もしかしたら、その半ばで死んでしまうかもしれない。でも、現在昏睡状態の春人を救うには、それしか方法が無いのだ。
――もうあの時みたいに、恐怖に負けて、ただ見ているだけにはならない。待ってて......春人さん。今度は私があなたを助けてみせます。
千恵は決意を込めた瞳と共に、今日もタワーシールド、《イージス》をその手に持ち、魔物狩りへと向かうのだった。
ここまで読んでくれたそこのあなたに感謝を。