コゴローの場合
この画面を開いてくれたそこのあなたに感謝を。
彼、西野五郎、またの名をコゴローは、ただ、激怒していた。
――何で......どうしてこうなった......どうして俺がこんな理不尽な目に遭わなきゃならないんだ!?
それは、やり場の無い怒り。
友人である春人も、千恵も、こんな目に遭う原因の一つでは有ったが、二人共、等しく彼と同じ困難に陥っていた。
本来その怒りをぶつけるべき相手であろう、あの長身の男も、今は最早手の届かない場所に行ってしまった。
こんな怒りを、一体何にぶつければいいのか。
いきなり異世界へ飛ばされ、右も左も分からないまま、何をどうすればいいというのか。
......いや、それは間違っている。現に、何処か容姿を変貌させてしまった春人も、あの状況で自らのやるべき事を見つけ、戦っている。
コゴローは、ただそれを見ているだけで、行動しようとしなかった。そう、そもそも、自分が何か努力をしようともしていないのに、それで他人を憎むのは筋違いなのだ。
本当は、コゴローは怯えているだけだったのだ。
「だけど......だからって......俺にどうしろっていうんだよ......」
しかし、それが分かった所でどうにか出来る訳でも無いのも、また事実だ。
「——どうすればいいのか......ですか。難しいですね。私は......見ての通り、双眼鏡しか持っておりませんでしたので......あなたは......そうでは無いのでしょう?」
コゴローが放った自問自答は、どうやら隣に居た丸眼鏡の少年に聞こえていたらしい。彼は感情を感じさせない笑顔でコゴローを見る。
彼はコゴロー程では無いにしろ、非常に背が小さかった。それはもう、ほぼコゴローと同じ目線である程に。
コゴローは、彼に暗に『自分は戦える武器があれば戦っていた。あなたは違うのか?』と言われた気がして、少し腹が立ったが、何故かそれを感情に出す事は出来なかった。
少年が自分と同じ特徴を持っていたからだろうか。もしかすると親近感が沸いたのかもしれない。
ともかく、コゴローは黙る事では無く、口に出す事を選択した。誰かに話す事で、それを哀れみ、同情して欲しかったのだ。
「あぁ......俺には見ての通り、剣がある。戦える力がある。なのに......怖いんだよ......いいじゃないか、あいつらが戦ってくれれば、それで」
コゴローはまず、自分が目覚めた時に最初から目の前に置かれていた、両刃の大剣を一瞥してから、二人の勇敢な少年を見る。
片方、大きなハルバードをブンブンと振り回す、白髪の少年は、どうやら大井力斗というらしい。そこらで叫んでいた少女がそう言っていた。
力斗は、多少自分が傷付くのを無視して敵に突っ込み、圧倒的な力でねじ伏せるという強引な手で敵をどんどん仕留めていき、もう残る敵は一体だけになるまで戦っていた。服は破れ、体は傷つき、全身ボロボロだったのは言うまでもないだろう。
もう片方、風間春人は、何処か弱点を見つけたのか、素早い動きで敵を翻弄しながら、一撃で敵を撃ち抜いている。左腕に傷を負っているが、こちらも、あと残るは一体のみだ。
「フム......確かに、彼らはすごいですね。本当によく戦っている。しかし......ホラ、あの方......あなたのご友人ではありませんでしたか? 少しピンチのようですよ?」
見れば、春人は空中からの襲撃を失敗して、地面に叩きつけられていた。
「ハル......!!」
コゴローは、咄嗟に飛び出そうとしたが、足が動かない。今すぐ行かなければ、という心に反して、足は先の光景を見て震え上がってしまい、まるで石になってしまったかのように動かす事が出来なかった。
「確かに、あなたが何もしなくても、なんとかはなるのかもしれません......おや? 今、誰か飛び出して行きましたね。まぁ、それはともかく......なんとかはなっても、その時あなたが後悔しない道を選ぶのが一番だと、私は思いますがね」
気付けば、先程まではコゴローと同じように、ただ呆然と戦いを見ているだけだった少女が自ら飛び出して行くではないか。
彼女はコゴローとは違って、変われたのかもしれない。コゴローはそれを羨ましくも、妬ましくも思った。
「でも俺は......俺はそこまで割りきれる程、賢くは無いんだよ......」
「賢さでは無いのです。勇気を持って、踏み出せるかが大切なのです。ホラ、もう終わったようですよ? 行ってあげなくてよろしいのですか?」
見ると、春人はあの少女と協力して、最後のスライムを倒した所だった。
ここで行かなければ、俺は一生後悔するだろう、と思った。ただ、一歩を踏み出して、『カッコよかったぜ。今度は俺にもやらせろよ』と、そう言えばいいだけなのだ。
——やれるさ……あぁ、やってやるさ……俺だって、ハルみたいに……
コゴローは目の前に落ちていた、両刃の大剣を拾い上げる。とそこで、戦う事を決めたのだからこの大剣にも名前を付けてあげた方がよいのではないか、と考えたコゴローは、少し笑顔になり咄嗟に出て来た聖剣の名前を口に出す。
「——エクスカリバー」
「アーサー王が使ったと言われる、おとぎ話上の伝説の剣ですね……いい名前だと思います。好きなのですか? そういう話が」
「まぁな。俺は結構好きだぜ……なぁ、お前、なんて言うんだ?」
コゴローは、彼には何か特別な事を教えてもらったような気がして、とりあえず、感謝をしようと思ったのだが、名前をまだ聞いていなかった事を思い出した。
「私は、善積友樹と申します。善も積もれば友の樹となる、と書いて善積友樹です」
「お前にピッタリな名前だな。俺は西野五郎だ。よろしく、友樹。ありがとな、さっきの言葉」
コゴローも上手い名前の紹介をしようと思ったのだが、いいものが思い浮かばず、結局普通の自己紹介となってしまった。
「いえ、自分のやりたい事をやったまでです。今後も、よろしくお願いします、五郎さん」
彼はまたも感情を感じさせない笑顔を浮かべ、手を出す。
「――!? よ、よろしく」
まさか下の名前でいきなり来るとは、(自分の事は棚に上げておいて)案外グイグイ来るな、と下らない事を考えつつも、コゴローはその手を握り返した。
思えばそれは、ある意味運命的な出会いだったのかもしれない。この出会いは、確かにこの後の二人の運命を大きく変える出来事だったのだから……
——その時、バサリ、という何かが倒れた音が後ろから聞こえた。
「ハル!?」
そこには、仰向けに倒れている春人の姿があった。
ここまで読んでくれたそこのあなたに感謝を。