緊迫の初戦闘
この画面を開いてくれたそこのあなたに感謝を。
――前方に2......右に2、左に1か......残りの5はあいつが引き受けてくれるだろう......まずはッ!!
春人は最初から右手で構えていた拳銃を、左側で孤立していたスライムに向けて2発連射する。もちろん、走りながらの射撃なので、当たりはしないが、これで相手がどういうアクションを取るのか、という確認のためだ。
ドン! という反動を右手に感じながら、狙ったスライムの動きを確認する。
「......」
見ると、運良く一発当たっていたようで、ゼリーのような体のちょうど天辺あたりに、一つ大きな穴が空いていた。
しかし、スライムは撃たれた事に気付いてすらいないように、先ほどと変わらずに遅々とした速度で前進している。
――どこかに弱点が有るのか......? しかし、どうやら頭はバカなようだな。撃たれたのに、こっちに気付いてすらいねぇ。ならッ!
内心舌打ちをしながら、先の一撃で即座に得た情報を整理する。その結果、結論として春人は、接近して弱点らしき部位を見つける事にした。
ダッ! と一気に加速して、スライムの後ろへ回り込むように接近する。
しかし、その行動にスライムは気付いたのか、完全に背後を取ったはずなのに、その後ろへ向けて自らの体の一部と思われる粘膜を飛ばしてきた。
――ッ! あ、危ねぇ......
その行動を予測出来ていなかった春人は、半身を傾ける事で回避したが、僅かに付着してしまった制服の袖が、ジューッと音を出して溶けてしまった。
スライムは標的を春人に変更したようで、その後も粘膜をピュンピュンと飛ばしてくるが、流石に春人もそう何度も当たってやる程甘くはない。ジャンプで一気に回避しつつ、距離を詰める。その際、現実より圧倒的にジャンプ力が向上していたのは言うまでもあるまい。何故かって? 異世界だからさ。
「もらった!」
超近距離まで近づいた春人は、右手に持った拳銃をスライムに向けて3連射......しようとする。が、なんと最初に入っていた弾数が、3発しか無かったようで、一発しか発射され無かった。
「しまった!!」
この隙に腹部に強烈な痛みが来る事を予想した春人は、咄嗟に腹に力を込め、来る痛みに耐えようとしたが、目の前のスライムは固まったように動かない。
――?
不思議に思った春人は、目の前のスライムをよく観察しつつも、ジャンプで即座に離脱する。
その際見えたのは、体の中心部分に穴を空けて、体を崩壊させながら、青白い炎に包まれて消えて行くスライムの姿だった。
――成る程、弱点は体の中心か。それに......あの察知能力、どうやら自分の周り全方位に感知するようだな。近づかなければ意味は無さそうだが。
と、新たに得た情報を即座に分析して、左腿に入っている弾倉を拳銃に装填する。どうやら、装弾数は3発なようだ。少ないが、左腿を見ると、さっき取ったはずの弾倉が何も無かったかのように復活していた。
「はっ。異世界なら何でもアリかよ」
実質弾数は無限、遠くから撃ち続ければ簡単に勝てるかもしれないが、中々当たらなかった場合、スライムどもの接近を許してしまう。遅々とした速度でも、接近している事に変わりは無いのだ。ならば、短期決戦で行く必要がある。
何故か納得しつつも、春人は冷静に次にしなければならない事を判断し、もう他の子供達の(春人も子供だが)前まで迫っていた右側のスライムの方向へと向かう。
――確か、この辺りで......よっと!
走りながらも正確にスライムとの距離を分析していた春人は、残り10メートルくらいに迫ったで一気にジャンプし、2体のスライムに急接近する。
片方のスライムは丁度春人がジャンプした頃に接近に気付いたのか、先程まで春人が居た方向へ粘膜を飛ばすが、そこにはもう春人は居らず、代わりに上から2発の弾丸は降り注いで来た。
その2発の弾丸は1発は全く見当外れな位置に、もう一発は正確に体の中心を射抜いていた。空中から撃った上、春人は銃などほとんど扱った事が無いので、この弾が目標を貫くなどほとんど期待していなかったのだが......今回はかなりツイテるようだ。
もちろん、体の中心を射抜かれたスライムは体を崩壊させ、青白い炎に包まれ消えてゆく。が、無傷な方のスライムも、先の一連の動きでようやく春人の接近に気付いたようで、慌てて粘膜を飛ばそうとするが、それを飛ばそうとした時にはもう、今度は体の中心を横から射抜かれていた。今度は地面から撃てた上、相手との距離がかなり近かった為、ある程度余裕を持って当てる事が出来たのだ。
「......ふぅ。さて、次は......」
残り2体となった敵の姿を確認しつつ、拳銃の空になった弾倉を入れ替える。
片方のスライムは先のスライムと変わらぬ姿だったが、もう片方のスライムは、今までのスライムよりも一回り大きく感じる。親玉だろうか。
「だがま、関係ねーよなぁ!?」
おかしな気合いの掛け声と共に走り出す。しかし、その行動は些か迂闊すぎた。この時、きちんと考えるべきだったのだ。親玉が他の雑魚と同じであるはずが無いという事を。
「――!」
「ッ!?」
まだ15メートル程しか近づいていないというのに、一回り大きい方の親玉スライムは、早くもこちらの接近に気付いたようで、大きさも段違いな粘膜を2つ飛ばして来た。
それを片方は回避するが、もう片方は下手に避ければ致命傷になりかねないと判断した春人は、左手を前に出して、腕で受け止める。
「グッ......」
ジューッという自らの腕が溶けていく音と、襲い来る激痛に顔をしかめながらも、春人は構わずに前進した。
今度は横の小さいスライムも気付いたようで、粘膜を一つ飛ばして来るが、後にもう一度さっきの親玉スライムの一撃が飛んで来るかもしれないと予想し、小さい方が居る方向の左斜めに大きく飛び、前転しながら接近する。
「よっと!」
上手く小さいスライムを盾にする事によって、小さいスライムの右側に居た親玉スライムは当然攻撃が出来ずに膠着した。その隙に素早く一発小さいスライムに撃ち込み、仕留める。
「――!!」
「甘いぜ!」
仲間を一瞬で殺された事に怒ったのか、親玉スライムは粘膜を三発も飛ばして来たが、既に行動を予測していた春人は、大きくジャンプをして回避をしつつ、真上から体の中心を狙う。今度は確実に当たるように、ある程度落下を待ち、近距離で撃てるように、だ。
「――!」
――なッ!?
しかし、やはり親玉は他とは格が違うのか、僅かに体を横に動かす事で中心への直撃を避けた。さらに春人のいる真上へ向けて粘膜を飛ばす。
「グアァ!!」
ここで落下を待った春人の行動が裏目に出る。超近距離で発射された粘液をを避けきれずに脇腹に食らってしまう春人。瞬間、焼けるような痛みが腹を襲い、堪えきれずに叫び声を上げる。
地面に横向きに叩きつけられた春人は、あまりの痛みに肺の空気を全て吐き出してしまったかのような感覚に陥り、しばらく動く事が出来なくなってしまった。
それを見て勝利を確信したかのように、ゆっくりとスライムは春人の下へと近づいて来る。
――あぁ、痛ぇ! 痛い、痛い! ヤバい!
あまりの痛さに怯んだかのように、もう指先すら動かす事が出来ない。しかし諦める事は出来ずに、春人はもぞもぞと身を悶えさせた。瞬間――
「――だぁ~いじょ~ぶで~すかぁ~?」
そんな気だるそうな声と共に、一本の閃光が親玉スライムに突き刺さった。
「――!?」
思わぬ攻撃に不意を打たれたのか、親玉スライムは驚いたように大きく体を震わせる。その行動によって、突き刺さった閃光、一本の矢が抜け落ちる。
「――助かった?」
「そ~でぇ~すよ~? 良かっ~た~で~すねぇ~?」
一々言葉を伸ばして言う少女はいつの間に接近したのか、春人の顔を覗き込みながら言った。その瞳は、どこまでも純粋で、少しピンクの混じったような腰まであるロングの茶髪と合わせて、天然、といったイメージを春人に持たせた。
しかし、困った事に『天然だ』という予想は見事に的中したようだ。少女は、行動を再開した後ろの親玉スライムに気が付いていないようで、未だに純粋な瞳で春人を見つめている。
「危ないッ!」
「ふぇ!?」
咄嗟に少女に飛び付き、大きく後方へ飛ぶ。瞬間、先程まで春人達の居た場所がジューッと嫌な音を立てて溶けていく。
「ウグッ!」
もちろん、大きく後ろへ飛んだ際に春人は彼女の下敷きになったため、今度は背中に激痛が走り、衝撃で同時に塞がっていない腹部の痛みも春人を襲う。
思わず悲鳴を上げそうになるが、目の前に女の子がいるというのに叫び声をあげてしまう程、彼は子どもでは無い。春人はグッと歯を噛み締める事で上げそうになった声を抑えた。
「――――わわっ!」
少女は少し頬を赤らめて春人をジーッと見ていたが、ようやく状況を再確認したのか、立ち上がりながら手に持った弓を構えた。
「す~いませ~ん......後は~ま~かせて~く~ださ~い」
「いや、もう動ける」
申し訳無さそうに弓を構えながらも頭を下げる少女に、ようやく動けるようになった春人が立ち上がりながら感謝する。未だ腹と左腕はズキズキと痛むし、頭もガンガンするが......動けない訳ではない。
「ありがとうな。怖いなら、下がっててもいいぞ」
怖がっているのは自分だ。そうと分かってはいるのだが、いらない虚勢で少女を安心させようとする春人。しかし、彼女もそれが虚勢でしか無いと悟ったのだろう。
「いえ~。だぁ~いじょ~ぶで~す」
そう言って苦笑いで応じる少女に向かって、春人も苦笑いで応答する。
「分かった。前はオレに任せてくれ。君は後ろを頼む。」
「りょ~うか~いで~す!」
「――!!」
ここに来て散々無視されて来た事に怒ったのか、親玉スライムはこちらに向けて粘膜を2つ飛ばして来るが、春人と少女は一気に散開して、春人は接近してコア(春人は弱点をそう呼ぶ事にした)を狙いに、少女は、春人の援護に回る。
「――!」
親玉スライムは、勿論一番近くにいる春人を狙って粘膜を飛ばすのだが、春人が避けようとする前に、後ろから飛んでくる矢に全て射ち落とされていった。
――うおっ! あいつスゲェな......
あまりの狙いの正確さに舌を巻きながらも、迷い無く親玉スライムへと接近する。
「――!!!!」
親玉スライムは、最後の抵抗で大量の粘膜を全方位に飛ばしたが、そのほとんどは当たらずに、当たりそうになったものも一つは少女が射ち落とし、一つは焼け爛れて使い物にならない春人の左腕によって防御した。既に痛みしか感じていなかった腕に、これ以上ダメージを受けた所で大して痛みにならないと判断した結果だ。しかしその予想は外れ、神経が直接熱線を浴びたような痛みを春人にもたらしたのだが......春人はそんな事を気にも止めずに突き進む。そして、親玉スライムの目前まで接近した。
「これでッ! 終わりだッ!!」
気合いと共に撃ち出された弾丸は、ドォン! という音を響かせながら親玉スライムのコアへと真っ直ぐに進んでいき......コアを貫通して地面に突き刺さった所で止まった。
「――――!!!!」
親玉スライムは、最後に大きくその身を震わせた後、ボロボロとその体を崩壊させてながら、青白い炎に包まれて消えていく。
「やった......のか......? あ......」
自分に疑問を呈する事で、やっと『終わった』という実感が湧き、同時に、今まで極度の緊張感にあったおかげであまり気にしなかった体の深刻なダメージで、その場に倒れる。
「オイ! ハル、しっかりしろ!!」
「春人さん!!」
「アァ? オイ、お前。死ぬなよ!」
「あれぇ~? もぉ~しか~してぇ~? やば~いや~つで~すか~?」
「あぁ......」
段々と薄れていく意識の中で、春人を心配する声が聞こえる。
――へへっ
意識を失いかけているのに、その事が何故か嬉しくなって、うっすらと笑顔を浮かべながら、春人はその思考を途切れさせた。
ここまで読んでくれたそこのあなたに感謝を。