物語になぞらえたある冬の放課後 (台本)
台本形式です。
「○」以降は演出の指示です。
登場人物 計7名(男:3名 女:4名)
霧島 真道・きりしま しんどう 男
田中 勇・たなか いさみ 男
飯田 正次郎・いいだ せいじろう 男
加藤 萌・かとう めぐみ 女
如月 友恵・きさらぎ ともえ 女
榊原 楓・さかきばら かえで 女
場所は駅前の大型スクランブル交差点。見た目は大学生カップル同然の霧島と萌。霧島の手にはブランドのロゴマークが印字された紙袋が提げられている。
○ 明転。BGM開始:雑踏。
霧島 映画、面白かったね。この後どこ行こうか?
萌 こどもの私には少し難しかったかな
霧島 お前、一応高校生だろ
萌 まあね、一応ね。それよりクレープ食べようよ。
駅前に新しいクレープ屋ができたんだ、女子の間で人気なんだよ。
霧島 へぇ、じゃあそこへ行ってみようか
イチャラブしている二人。歩行者信号が青に変わる。人々が動き出す。
○ SE:信号機の警告音。信号機のアナウンス。
霧島 渡ろうか
萌 うん
霧島と萌は制服姿の四人組の男女とすれ違う。そのうちの一人(楓)と萌の視線が重なる。
萌 !
楓 !
交差点を渡り終えた霧島と萌。萌の表情が暗い。
萌 ばれた
霧島 どうしたの、萌?
萌 知っている人とすれ違った
霧島 だれ?
萌 うちの高校の子
霧島 ああ、さっきの制服の子たちね。折角の祝日も部活か、大変だな
萌 同じクラスの子だった
霧島 ということは俺の教え子か。すれ違ったのは一瞬だったから大丈夫だよ。
大人っぽい格好している萌は絶対にばれない。俺が保証する。それより早く行こう、
帰りが遅くなる
萌 榊原楓と目があっちゃったの!絶対にバレてる
霧島 大丈夫だよ。学校ではいつも以上に気をつければいい。
俺たちの関係は絶対にばれないから
霧島は優しく萌を抱擁する。
次のシーンは学校の教室で行なわれる。正次郎は席について文庫本を捲っている。勇は背もたれを前にして、スマートフォンをいじっている。彼の机の上に生物の教科書とノートが置かれている。楓は自席についていて、友恵は自分の机の上に腰掛けている。(勇はこの後適当なタイミングで席から立ち上がる。)
○ 暗転。BGM終了。明転。
(次のセリフの前に四人は少し歓談している。)
楓 そういえば、昨日霧島先生を見かけたようなきがするんですけど?
友恵 え?どこで。
昨日祝日だから授業はなかったよね
勇 俺が担任教師の予定を知っていると思うなよ。なぁ、正次郎
正次郎 昨日は祝日で授業はない、つまり先生たちは来ない。しかし、部活があるから
当番教員は少なくとも来る。霧島先生じゃなかったから、先生は学校に来ていなかったはず
勇 なんでお前がそんなこと知っているんだよ
友恵 霧島先生は昨日学校にいなくて、なんだっけ、
ああ、つまり楓ちゃんの見間違えってことになる!
勇 俺のこと無視すんな!
正次郎 非番でも来る先生はいると思うよ
友恵 あ、そっか
楓 私、校内で見かけたって一言も言ってないよ
友恵 外で見たってこと?
楓 うん
友恵 先生を学校の外でみたの!
正次郎 どこで見かけたの?
あと、勇。僕は君のことを無視してないから安心して。
意図的にシャットアウトしていたから
勇 おい、こら、そっちの方がひどいんじゃねぇか
正次郎 ついでだから言っておくけど、先生たちの出勤予定は職員室前の黒板に
掲示されているから、興味があったら見てみるといいよ
勇 興味なんてねぇよ、そんなの
正次郎 この学校で過ごすのがもうすぐ二年間になるのにこのこと知らないのは
我が校の生徒としての恥だと思うよ。一応生徒手帳にも書いてあるしね
勇 分かったから、お前少し黙ってろ
ってか、お前どんだけ俺を怒らせたいのかよ
正次郎 君が勝手に怒っているだけだよ
勇 この!
友恵 勇、ここまでにしようよ
正次郎くんと勇は仲いいんだね
正次郎 小学校からの腐れた縁だよ
さて、だいぶ話がそれたね。霧島先生の話だっけ
楓 そう、そう
霧島先生をね、駅前のスクランブル交差点ですれ違ったと思うの
勇 駅前だろ、俺達も一緒にいた時か
楓 うん、なんか先生だれかと一緒にいたような気がして
友恵 え!まさか、彼女
勇 奥さんじゃね?
友恵 きゃー、でも霧島先生結婚してないよね
正次郎 結婚した話、聞いたことないな
友恵 もし、霧島先生が結婚していると聞いたらびっくり
私狙ってたのよね
勇 俺狙ってたんじゃないの?
友恵 あんたとはちゃんと今でもちゃんと付き合ってますよ
乙女にはね、あこがれの恋人が必要なのよ
付き合うのは難しい。けど、愛の言葉を互いに囁きたい、そういう存在
わかります?
勇 わかんねぇよ
友恵 楓ちゃんならわかるよね
楓 うん、まぁ。
霧島先生って、人間関係に関して噂多いですよね
次のセリフで正次郎は一旦声を潜める。
正次郎 霧島先生が大学時代に冬合宿中だけ雪女と付き合っていた、とか
勇 まじで!
正次郎 うそ
勇 おい!
正次郎 ジョークは即興に限る、ってね
そんなオカルトチックな話を信じらる
楓 ですよね
友恵 私、最初っから嘘だってわかってたもん
勇 お前ら
友恵 あ、でもわかる。霧島先生ってクールでちょっとミステリアスなところあるよね
あんな男に口説かれたら、私一瞬で落ちちゃうわ
あんたと大違いよ
勇 お前から告白してきて、何言っていんだよ
友恵 べつに
勇 それで、そのクールでミルティアデス
友恵 ミルティアデス?
正次郎 古代ギリシャの将軍
勇 そうだっけ?
正次郎 君が言うな。それで、
勇 ああ、そのクールでミステリアスな先生の噂といえば
友恵 先生、女子高生と付き合っているんだって
勇 まさか。でもあの容姿だとあり得るか
ラブレターとか結構貰ってそう
楓 その話が本当なら、その付き合っている相手は私たちの学校の生徒の可能性が高くなりますよね
正次郎 ですね
勇 ほほう、高校教師がピチピチのJKと付き合っている。いいね
友恵 勇、キモいよ
勇 いいじゃないかよ。霧島先生の彼女だったら女子高生じゃなくても
絶対美人だって。そう思うだろ、正次郎も
正次郎 どうだろうね。それより、席についたほうがいいよ
勇 え、なんで?
友恵はチャイムがなる直前に席に着く。勇が間抜けにも一人立っている状態である。チャイムが鳴った後、霧島が教室内に入ってくる。
○ SE:チャイム。引き戸の開く音、閉まる音。
霧島 田中!お前、いつまで立ってるんだ
勇 噂をすれば、なんとかってやつですね
友恵 朝礼始まるよ
勇 ああ、はい。すみません霧島先生殿!
霧島 殿はいらん。たまには全員着席して出欠を取りたいものだ
霧島は勇たちの担任教師である。彼は黒板の前へと歩み、クラスの出欠をとる。
霧島 それじゃ、先週から言っている第二次進路希望調査表を終礼にまでだしてくれ。
もう二年間も高校生活を使っているんだ。受験だけじゃなくて将来のことも
しっかり考えるようにしていこう。
最後、田中
勇 あ、はい
霧島 この後、すぐに職員室に来い
勇 はーい
霧島 それでは、解散
霧島の「解散」の合図に生徒たちはガヤガヤとし始める。その中、霧島は教室を後にする。それを追うように萌は静かに教室から出る。
○ SE:生徒たちが椅子を引いたり、机の中から教科書等を出したりと
ガヤガヤとしだす音。引き戸の開く音、閉まる音。
正次郎 勇
勇 先に行ってろ。時間がかかる
正次郎 了解。直行でいいよ
勇 ああ、ありがとうよ
勇は教室から出る。
○ SE:引き戸の開く音。
友恵 なに、なに。どうしたの?意味深だよ
正次郎 進路希望調査票
楓 調査票がどうしたんですか?
友恵 私ならもう書いたよ。後は出すだけ
友恵は右のセリフを言いながら鞄から一枚のA4紙を取り出す。
楓 へー、友恵ちゃん、意外と真面目なとこ行くんだね
友恵 何よ、失礼な
楓 ここ女子大ですよね。すごいです
友恵 ここだけの話しよ
友恵は右のセリフの後、人差し指を唇に当てて『静かに』のジェスチャーをする。
友恵 正次郎もね
正次郎 白紙なんだ、あいつの進路希望調査票
楓 進学したくないってことですか?
正次郎 さぁな。あいつ、何を考えているのかがわからん
こればかりは腐れた縁でも無理だ
それより、早く生物室行こうぜ
正次郎は勇の机の上に置かれた生物の教科書とノートをさり気なく手に取って脇に挟む。そして、教室を後にする。楓と友恵は彼の後を続く。
次の場面は職員室前の廊下。霧島が立っていて、勇が近寄る形になる。
○暗転。明転。
勇 なんだよ、先生
霧島 やっと来たか。そうだな、元気かい?
勇 時間ないんだろう、早く本題に入れよ
霧島 そうだね、その前に一応、俺の方が目上だから敬語使えよ
勇 進路希望表のことだろう。でなんだよ、
霧島 さすがに二回も呼び出すとわかっちゃうか
勇 三回
霧島 え?
勇 あんたが、進路について俺を呼び出した回数。三回。
そのうち一回サボっている
霧島 そうか、三回か
勇 なぁ、先生よ。俺今年大学受験しないから
霧島 理由を教えてくれよ。お前の学力じゃ、中堅ぐら受かると思うよ
勇 今年は受験しない。決めたんだ
霧島 だから、その理由を教えろよ
勇 受験しないって言ったら、受験しねぇんだよ
もう俺はあんたに言うことがないんだ。ほっといてくれよ
霧島 そういう訳には行かないんだ。あんたの担任として生徒それぞれの状況を
把握しないといけないんだ
勇 進学校だから、とかそんな理由だろ。一人ぐらいいだろ、ほっといてくれ。
あんただって、俺以外に三十人もの人見なきゃいけないんだ。俺一人の分、
やらなくなったら楽になるだろう。おめでとう
ん、じゃ俺もう帰る
霧島 おい、待て、田中
勇は手近な椅子を蹴りあげてから霧島と別れる。次のセリフは勇の独り言。
勇 確か次の授業は生物だっけ、道具持って行って貰ってるから、こっちか
勇が廊下の影に消えた後、入れ違いに萌が入ってくる。
萌 霧島先生
霧島 ん?あ、加藤か。どうした?
萌 授業のノートをまとめたんで、見てください
霧島 ああ、いいよ
霧島が萌から受け取ったノートの表紙に付箋紙が貼ってある。
霧島 む?
萌 それでは、失礼します。また後でね、先生
霧島 なんだこれ?
霧島はノートの表紙から付箋紙を剥がして、メモを一読する。
霧島 いよいよ、バレちまったか
萌が霧島に私たメモには『榊原さんたちに私たちの関係が知られちゃった。やっぱり昨日のことを見られちゃった。』と、書かれている。
次のシーンは昇降口。勇、正次郎、楓、友恵の四人はまさに校舎から外へ出ようとしている。
○ 暗転。明転。
勇 む?開かねーぞ
楓 鍵がかかっているのでは?
勇は乱暴に錠を捻ろうとする。
○ SE:錠をガチャガチャと乱暴にいじる音。
友恵 壊れているんだよ。他から出よう
正次郎 どうも他も開かないようだ
正次郎は他の扉の開閉状況を確認する。
友恵 まじで!つまり、私たち閉じ込められたってこと
正次郎 職員室に行って先生に開けてもらおう
正次郎は職員室へと駆け足で向かう。
楓 お願いします
友恵 よろしくねー
勇 やってらんねぇな。なんで俺たちが閉じ込められるんだよ
勇は手近なベンチに座る。
友恵 ねぇ、勇、ちょっと聞きたいことがあるんだけど
友恵は勇の隣に座る。楓は近くの柱に背中を預ける。
勇 なんだよ、友恵
友恵 えっと、ね、進路どうすんの?
勇 なんだよ突然
友恵 進路調査票を白紙で出したって聞いて、
勇 正次郎から聞いたんだな。俺が白紙で出したことあいつしか知らないし
このことで俺がしょっちゅう呼ばれていることも知っている
友恵 本当に白紙で出したんだ
勇 別にいいだろ。ただ紙に何も書かなかっただけだ
友恵 なんで、こないだまで「大学に絶対行く」って張り切っていたのに
なんで、勇だったら普通にどこか入れるでしょ
勇 いいだろ、俺の好きにさせろ
もうこの話終わりだ。おせぇな、正次郎
正次郎 おまたせ
廊下の奥から正次郎が登場。
勇 おお、いいタイミングだ。先生は?
正次郎 職員室にだれもいなかった。念のため保安室も覗いたけど、
もぬけの殻って表現すべき状態だったよ
勇 まじか。ふざけたこと言ってるんじゃねぇよな
正次郎 なら、自分の目で確かめたら
みんなに聞くけど、ここを通ったのは何人?
勇 はぁ、そんなの分からなぇよ
楓 ゼロ人です
友恵 うん、誰も通ってないね
正次郎 そうだろうね。僕が職員室へ行くまで誰ともすれ違っていないんだ
もうすぐ最終下校なのに、
正次郎のセリフが終わる前にチャイムが鳴る。
○ SE:チャイム。
友恵 あ、チャイムが鳴った。
楓 最終下校時間過ぎちゃいました
正次郎 この状況いつもと違うだろ
静寂が四人を包む。
楓 いつものように慌てて校舎を出る人がいません
正次郎 ひとまず教室に行こう。
楓 そう、ですね
四人は教室へと足を運ぶ。
次の場面は普段の教室。楓が教室の戸を開けたところで始まる。
○ 暗転。明転。SE:引き戸の開く音、閉まる音。
楓 あ、加藤さんと・・・(くん)
楓は正しく真道の名前を呼んでいない。その上、萌は彼の名前が呼ばれる前に左のセリフを言う。まるで真道の名前がわからないような、隠しているような感じが漂う。
萌 え、榊原さん!
友恵 私たち以外にもいたんだ
萌 如月さんも!
勇 俺たち以外に閉じ込められた人がいたんだな
真道 こっちこそ、他に人がいるとは思いもよらなかった
正次郎 ということは、二人も閉じ込められたんだね
真道 あんたらもそうなんだな?
正次郎 まあね。ちなみにどこから出ようとしたんだい?
真道 裏門の方へ行く通用門
正次郎 ふーん
真道 これからどうしようと思ってたんだ?
正次郎 そうだね、手分けして出られるところと僕達と同じように閉じ込められた人がいないか探さそう
友恵 賛成!
楓 同じくです
真道 正次郎
正次郎 なんだい
真道 指揮はお前に任せるよ
正次郎 了解。勇もいいね
勇 おお
正次郎 じゃあ、さっき言ったとおりで、たとえ出口が見つからなくても、
探し終えなくても一時間後にはここに集合
真道 了解、それじゃまた後で
萌 後でね
友恵 私たちも行くよ
真道を先頭に萌と楓、友恵は教室を後にする。
○ SE:引き戸開く音、閉まる音。
正次郎 勇も行こう。あんただけサボっている訳にはいかない
勇 ああ、なぁ、正次郎
正次郎 何?
勇 あんなやつ、うちのクラスにいたっけ?
正次郎 あいつのこと。さあ?
勇 さあ?って、おい
正次郎 小学校からの付き合いなら知っているだろ、僕はクラスに興味無いってこと
勇 なのによく指揮官なんてできるな
正次郎 これは一種の才能かな
なぁ、あいつってさ、誰かに似ている気がしない?
勇 確かに誰かに似ているような。あのクールなところが特に
正次郎 ドラマの俳優だと思うんだけどね
まぁいいや、行こう
一時間の教室にて、七人全員が揃っている。
○ 暗転。SE:引き戸が閉まる音。明転。
正次郎 みんな、どうだった?
真道 こっちはだめ
楓 私たちもダメでした
勇 くそ、どうなっているんだよ
友恵 ねぇ、もしかして窓割ったら外出られるかも
正次郎 さっき昇降口で勇とやってみたんだけど、だめ
念のため他の階の窓も割ろうとしたけど、びくともしない
友恵 ほんとに!
正次郎 勇なんて窓ガラスに向かって椅子を投げたんだけどね
割れる以前に、傷が一つもつかなかった
楓 だからあんなにイライラしているんだ
勇は一人輪から外れて、イライラしている。
正次郎 さて、この後どうするか
友恵 もう外、真っ暗になっちゃったなー
もしかして、助けが来るまでここで泊まったりしちゃって
楓 あれ?まだ五時半なのに、こんなに暗くなりましたっけ?
友恵 えっ、まだそんな時間!
正次郎は時間を確かめるために自分の腕時計とスマートフォンを見比べる。
正次郎 確かに、今五時半だ
楓 そんな
楓と友恵もそれぞれ自分の腕時計やケータイを確認する。
友恵 本当だ。ってか、ここ圏外じゃん、助け呼べない
萌 見て、教室の時計も五時半を指しているよ
ついさっき、鐘がなったってことだよね
楓 そうなりますよね。
私たちが鐘の音を聞いてからだいぶ時間が経っているはずなのに、
針が動いていないってことは
真道 時間が止まっている
真道の言葉にみんな黙りこむ。
勇 たまたま、時計が壊れただけなんじゃね
正次郎 みんな揃って同じ時に壊れたと考えるのも不自然だし、
もしだれかのいたずらだとしても、ケータイの時間まで換えることはできない。
勇も自分のケータイ見てみたら
勇もいやいやポケットからスマートフォンを取り出す。
勇 本当だ
正次郎 ほらね
友恵 そういえば、加藤さんってケータイ持っていなかったっけ?
萌 私?えっと、
萌は自分の上着やスカートのポケットを漁るがケータイは見つからない。
萌 無い、どっかで落としたみたい。後で探します。
勇 お前は?黒いの持ってなかったっけ?
真道 ケータイ持って無いよ。珍しいでしょ
友恵 ほんと、珍しい。いまじゃそういうの世界遺産だよ。
不便じゃないの?
真道 これといって連絡する相手がいるわけじゃないからね
大学入ってから親に買って貰うよ
友恵 ふーん
楓 これからどうしますか?
正次郎 そうだな、どうするか
友恵 ねぇねぇ、さっき購買覗いたんだけど、パンが売っててさ
勇 購買だからね
友恵 それ食べながら、みんなで今後のこと考えようよ。
誰もいないから貰ったって、だれも怒らないでしょ
賞味期限今日までだったし
正次郎 そうだね。後、外はだんだん寒くなってきているようだから
非常時用の毛布を倉庫から取ってくるよ
真道 それ、俺がやるよ。ついでに、
友恵 ついでに、何?
萌 ケータイを探しに行きます。真道くんに付き添ってもらいます
正次郎 うん、いいよ。それじゃ、ちょっと僕は調べたいことがあるから図書室へ
行ってくる。三十分ぐらいかかるかな。ここで待っていて
真道 了解した。それじゃ、行ってくるよ
萌 行ってきます
真道と萌は教室を後にする。
○ SE:引き戸が開く音、閉まる音。
友恵 それじゃ、私たちも行くね
正次郎 いってらっしゃい
友恵と楓も教室を後にする。
○ SE:引き戸が開く音。
正次郎 さて、僕も行こうかな。勇も調べ物に手を貸してくれよ
勇 俺もかよ
正次郎 ここは幼なじみのよしみということで
正次郎の顔には何か思惑があるように匂わせている。
勇 しかたねぇな
正次郎と勇は教室を後にする。
次のシーンは図書室。正次郎と勇は向い合って座っている。正次郎の前には数冊の本が広がれていて、その中に赤本が混じっている。勇はだらしなく椅子に座ってスマートフォンをいじっている。
○ SE:引き戸が閉まる音。暗転。明転。
正次郎 大学はどうするんだ?
勇 俺か?
正次郎 僕は無駄なことをしない、させないことを君はよく知っている
勇 口の減らないやつだな
正次郎 如月さん、気にしていたよ
勇 友恵のためになんかするって、すげー無駄なことだぞ
正次郎 そうかもね。
じゃあ、これは君と僕のためってことでどうだ。
勇 ほんと、
正次郎 僕は口八丁手八丁だからね
勇 自分で言うな
正次郎 ああ、でも、女の子口説くのと手を出すのは君の方がはるかに上手かな
勇 どうだか。お前も一応は女子の噂対象の一人なんだぞ
正次郎 あんまり嬉しくないね、それ
勇は女の子にちやほやされて内心は喜んでいるんだろ?
勇 おい、やめろよ
二人は暖かく笑う。
正次郎 それで、大学どうするの?
勇 お前には全部話してある。言うこと無い
正次郎 ということは、一浪して東大受けるってことか
勇 まぁ、そんなところ。
正次郎 そして、周りには、自分は大学に行かないやんちゃ坊主だ、と思わせる
勇 そこまでは・・・ああ、そうだよ
正次郎 そういうことして楽しい?
勇 小学生から一緒のお前にもこれだけはわからないだろうな
正次郎 わからないから聞いているのさ
勇 お前はさ、毎日似たようなことをして時間潰すの楽しいか?
正次郎 質問を質問で返すのは紳士のやることじゃないね
勇 俺からしたらさ、お前の生活は刺激が足りないんだ。
毎日同じようなこと同じように続けていてよ
正次郎 継続は力なり、だよ。
勇は単に飽きっぽいのかな
勇 そうとも言えるが、そうでもない
俺には毎日同じようなことを続ける仕事は無理なんだ。
大きなものの一部品として人生時間を潰してゆくのは言語道断。
正次郎 会社で働くのが社会人としての正道だと思うけどね
勇 そうかもしれないが、それはあくまで社会人だ
俺は高校生活に刺激が欲しい。お前が読んでいるようなさ、
昇降口を出たら空から美少女が降ってきた的な展開までは期待していないけど、
正次郎 空から美少女、一時期流行っていたね。
勇は彼女持ちだからいいけど、町中で「リア充爆発しろ」とか叫んでいる
人から見れば、勇こそ憧れと妬みの対象だよ
勇 黙れ、読書野郎
正次郎 四六時中高校生活に刺激を求めている勇は妬みの対象になっても
おかしくないかな。まぁいい、この話は今度にして、
それで、結論は?
勇 結論は・・・・
なぁ、なんで今こんな話をすんだよ?外に出られてからでいいだろ
正次郎 無理に話を変えちゃって、今だからだよ
勇 今だから?
正次郎 今日の朝礼で先生言っていたでしょ、高校生活残り一年。受験まで一年も無い。
これからのことを考えていこう、って。
後、如月さんに告白されて一年も経ったしね
勇 あいつは関係ないだろ
正次郎 小学校からの付き合いがある人間として、君のこれからを知りたいんだ
勇 結局はそこか、この変態的読書野郎
男の生涯を見るのってそんなに楽しいのか?
正次郎 いいね、変態的読書野郎。まさしく僕のキャラ設定を一言で表している
勇 お前、そんなキャラ作りをはじめたのか?
正次郎 今からね。それで、本当にここに行くんだよね
正次郎は赤本の表紙を指す。
勇 まだ確定はしていない
正次郎 そう。果たして僕が君をピンク色に染まった並木道の下で
「入学おめでとう」と言う日がくるだろうか
勇 無理にでもなんか言わせるからな
正次郎 いやだな。まぁ、楽しみにしているよ。
それより如月さんをどうするの?
勇 どうするって?
正次郎 やることは決まっている。後はやるだけだ
勇 なにをだ?
正次郎 わからないやつだな、いつこのことを伝えるんだよ?
勇 ああ、うん、まぁ、適当に
正次郎 そうですか。二人でイチャイチャしている時にでも話しなさいな
さてと、時間だ。教室もどろう
勇 なあ、正次郎
正次郎 何?
勇 あいつって、シンドウって言うんだな
正次郎 そうらしいね。あの女の子がそう呼んでいた
勇 あんな奴うちのクラスにいたっけ?
正次郎 さぁ、興味がない
勇 あの女の子は確か
正次郎 勇、おいていくよ
勇 ああ、悪い、悪い
次の場面は教室。真道、萌、楓、友恵はがいる。正次郎が慌てて入ってくるところから始まる。
○ 暗転。明転。SE:乱暴に引き戸が開く音。
正次郎 勇を見なかったか!
沈黙。変な空気。正次郎は一息ついてから次のセリフ。
正次郎 まだ戻ってきてないのか。
ちょっと、勇を探してくる。
楓 待って!
正次郎 ?
楓 田中くんなら・・・向こうの踊り場で
死んでいる
正次郎 え?
正次郎は教室から飛び出し、友恵は泣き出す。しばらくして正次郎が戻ってくる。
正次郎 踊り場に誰もいなかったよ
楓 え、そんな!
友恵 そんなのありえないわよ。確かに勇は息をしてなかった。
動いていなかった!
正次郎 ちょっと、如月さん
真道 俺、もう一度見に行ってくるよ
真道は教室から駆け出す。
正次郎 一体、どうなってんだよ?
真道は左右に首を振りながら教室に入る。
正次郎 悪いんだけど、状況を説明してくれ
真道 ああ。
俺と加藤さん、そして如月さんと榊原さんはここで別れた後偶然、購買部の前で
落ち合ったので、約束通り売れ残りのパンをみんなでここまで運んできた。一階
の購買部から俺たちは向こうの階段を上がって、ここまで来ようとして、その途
中に田中くんが倒れていた。もうその時は死んでいた。
正次郎 いくつか質問していいかい?
真道 どうぞ
正次郎 勇はどんな状態で亡くなっていたんだ?
真道 文字通り、倒れていた
正次郎 倒れていた?
真道 最初は寝ているのかと思っていたんだけどよ、声かけても返事しないから
揺さぶってみたら。いや、揺さぶれなかったんだ
正次郎 揺さぶれない?
真道 田中の体が固まっていたんだ。まるで石像のようにね
それで、まずいと思ってね、呼吸を確かめたら止まっていたんだ
正次郎 なるほど
真道 この後保健室に運ぼうとしたんだけど、とてもじゃないけど重くてね
正次郎 まるで石像ね
真道 ああ、まさにそうだ。この時、如月さんは取り乱しちまったから、
結局そのままここに戻ってきたんだ
正次郎 わかった。
もう一つ、二人は君のケータイを探しに出て行ったんだよね?
萌 はい
真道 ああ
正次郎 見つかったかい?
萌 あ、はい
真道 な、これ田中と・・・
正次郎 今は非常事態だからね、情報共有は大切だと思うんだけど
違うかな?
真道 あ、ああ、悪い。続けてくれ
正次郎は萌に振り向く。
正次郎 そのケータイ、どこにあったんだい?
萌 廊下に落ちていました
正次郎 落ちていた?どこに?
萌 はい、職員室前の廊下にポツンと置いてありました。
すぐに見つかって本当によかったです。
正次郎 その後はどうしたの?
萌 ?
正次郎 ケータイが見つかったあと、
萌 あ、あー
真道 思いも早く見つかってので、如月さんと榊原さんが購買部に行くと
聞いていたから、そっちの方へ向かった
正次郎 うん、わかった。ありがとう
ねぇ、榊原さん
楓 はい
正次郎 購買部へ行く前にどっか寄った?
楓 えっと、その
友恵 途中で、昇降口の近く、女子トイレに、寄った
正次郎 他に・・・
楓 ないです
正次郎 そうですか。うーん
正次郎は考えこむ。
真道 そういえば、お前ここ来る時すごく焦っていただろ?なんで
正次郎 ああ、僕と勇がここを出た後、図書室へ行ったんだ。
真道 図書室?勉強熱心だな、こんな非常事態な時に
正次郎 昼間解いていた赤本でわからないところがあって、その時ある程度
片付けたんだけど終わらなくて。その追加の調べ物
真道 ふん
正次郎 三十分くらい図書室に居たかな、その後、勇が図書室前のトイレに寄ってね。
僕は外で待っていたんだけど、なかなか出てこなくて、中覗いたら、誰もいない
勇のちょっとしたイタズラかなと思って、その辺を適当に探したんだけど
見当たらなくて。変な予感がしてきたから、慌てて戻ってきたわけさ
真道 そうか
萌 あの、そろそろ何か食べませんか?
真道 そだな、腹が減っていると思考力が停止するっていうしよ
萌 如月さんと榊原さんもどうぞ
正次郎は窓の外を眺める。
正次郎 この感じだと、九時頃か。
正次郎は手首に嵌めた腕時計に視線を移す。
正次郎 まだ五時半になっている。
真道、萌、正次郎、楓、友恵は輪になって持ち込んだパンやジュースでご飯をとる。
正次郎 ここで一体何が起こったんだろう
楓 ねぇ、まるでカイダンじゃない
真道 カイダン?田中は確かに階段で死んでいたけど、それがどうした?
楓 そっちの階段じゃなく、「怪談」。例えば四谷怪談とか、お化けが出てくる話の方
真道 ああ、なるほど。確かに、今の状況はそんな感じがするな
友恵 ちょっと、楓、怖いこと言わないでよ
正次郎 学校に取り残された六人の高校生。一人また一人と消えてゆく。
王道展開だけど、その身になってみると辛いものだね
楓 一つ話していいですか
友恵 やめてぇー
正次郎 ちょうど考えに詰まっていたところだし、いいね
真道 うん、俺も問題無い
萌 私、怖い話、ちょっと好きなんで
友恵 萌ちゃんまでー。私ついさっき、目の前で恋人をなくしたんだよ
もうちょっと慰めてよ
正次郎 怪談聞けば慰めになるよ。勇もこういったもの好きだったし。
彼女になるんだったら、慣れといた方がいいんじゃない
友恵 黙れ!この変態読書野郎。もう私と勇の間にできてるんで
正次郎 できたものって、男の子それとも女の子?
友恵 ちがぁーう。そういう意味じゃなーい
場が和む。
楓 それでは初めます。
聞いた話なのですけど、これは長野県のある小学校の話。この日は五年生の
校外学習で、事はその帰り道に起こったことです。小学生を乗せたバスは
高速道路を走っていて、ルートの途中にいくつかのトンネルがあり、
その一つに入ったとたん
友恵 入ったとたん?
楓 ドーンと大きな音がした。バスの乗客は誰一人と気付かなかったのだけど、
これは山が崩れた音で、不運なことに土砂がトンネルの入口を塞いでしまった。
正次郎 間一髪ってことだね
楓 そう。入口に戻れないことを知らないまま、バスはトンネルの奥へ奥へと進んで行った。そして、
友恵 そして?
楓 小学生をはじめ、運転手も付き添いの先生も永遠に戻って来なかった
友恵 きゃー
楓 そのトンネルを通ると、今でも小学生たちがワイワイとバスの中での
レクリエーションを楽しんでいる樣子が聞けるそうです。
萌 ベタな怪談ですね。
真道 怖いか、この話?
正次郎 まさに僕達の状況を表したストーリーだね
友恵 え?どういうこと?
正次郎 その小学生も、僕達も時間は止まっていることは共通しているでしょ。
僕の予想だけど、土砂崩れが起こったトンネル内で落盤事故でも起こった。
そのニュースが、「流通の重要な高速道路での土砂崩れ」というニュースの
おかげで紙面に埋もれた。そして噂だけがひとり歩きして、こんなところでしょう。
その小学生たち早く成仏してほしいね。
友恵 なるほど、そう考えると怖くない。
じゃなくて、この怪談と私たちは同関係があるの!
正次郎 さぁね
友恵 おい!
萌 あの、これも私の予想なんですけど。
私たちがいるはずの「時間が進んでいる世界」で何かが起きて、そのせいで
私たちが「時間の進まない世界」に閉じ込められたのではないでしょうか
正次郎 パラレルワールドだね。僕達は時間の超越者だ
楓 つまり、怪談での小学生たちは私たちで、怪談では土砂崩れで別世界に飛んだけど、私たちは
友恵 五時半に起こった何かでこの世界に飛んだってこと?
萌 そう考えると筋が通ると思います。
真道 五時半じゃなくて、鐘の可能性もあるぞ
友恵 ?
正次郎 なるほど、「なぜ五時半なのか?」「その理由は下校のチャイムが五時半だから」ってことね。
友恵 全然わからない
真道 えっと・・・まあいい、ちょっと可能性の話だ。
正次郎 俺たちがここにいる原因が分かったところで
これからどうしようか?
友恵は席から立つ。
友恵 あの、ちょっとトイレ行ってくる
正次郎 どうぞ、行ってらっしゃい
友恵の言葉を聞いた楓も立ち上がろうとするが、友恵に制される。
友恵 一人で大丈夫だから
楓 そう
友恵は教室を後にする。
○ SE:引き戸が開く音、閉まる音。
正次郎 さて、これからどうしようか
○ 暗転。明転。
楓 友恵ちゃん、遅いなー
真道 確かに、あれから十五分も経っている。
楓 私見に行ってきます。
楓は教室から出る。
○ SE:引き戸が開く音、閉まる音。
楓 いない!友恵ちゃんがいない
楓は慌てて教室に入る。
○ SE:乱暴に引き戸が開く音。
楓 一番近い階段横のトイレを覗いたんだけど、友恵ちゃんがいなくて
他のところへ行ったとは思えないし
正次郎 またカイダンか
楓 ちょっと!
正次郎 あ、悪い。
正次郎は立ち上がる。彼は動揺しているものの落ち着きを見せている。
正次郎 みんなで手分けして、如月さんを探そう。
正次郎は真道に振り向く。
正次郎 徹底的に探すから、二人と一緒に職員室から特別室の鍵を全部持って捜索を初めてくれ
真道 了解した。ところでお前はどうするんだ
正次郎 ちょっと思いついたことがあってね。調べものをしてくるよ。
時間になったらみんなと合流するから
真道 また図書室か?
正次郎 行き先の一つではあるかもね
真道 ふん、わかった。じゃあ、一時間後またここに集合な。
途中で榊原さんを拾ってきてくれ
正次郎 了解。さぁ、行こうか
四人は教室を後にする。
次の場面は職員室。真道は戸棚を漁って、鍵を探している。萌と楓は室内をふらふらと動き回っている。
○ 暗転。SE:引き戸が閉まる音。明転。
萌 だれもいない職員室に入るのって、なんだか悪いことをしている気がする
真道 だれもいないからいいだろ
楓 そういえば、今日進路希望調査票の提出日だった
ちょっと直そうかな
右の楓のセリフは独り言。楓は担任のデスクへ歩もうとしたけど、立ちすくんでしまう。
萌 楓さん、どうしたんですか
萌は立ち止まっている楓に心配そうな声をかける。
楓 萌さんって私と同じクラスですよね。
萌 ええ、はい
楓 私たちの担任の先生、だれでしたっけ?
萌 えっと・・・だれでしょう
楓 誰だったか思い出せないよね
萌 うん、頭が痛いです
萌と楓は一生懸命思い出そうとする。
真道 鍵、見つかったぞ。
萌 ねぇ、私たちの・・・
真道 早く如月さんを探しに行こうぜ
楓 そうですね
真道、萌、楓は職員室を後にする。
次のシーンは正次郎が一人、教室にいる。
○ 暗転。明転。
正次郎 あいつはだれだかわからないけど、この子は確かにいた。
勇も同じことを思っていたようだし
教卓に出席簿が置かれていて、正次郎はそれを捲る。
正次郎 確かに記憶どおり、加藤萌は存在する。ということは
正次郎は特定の席を探すべく、教室を動き回る。
正次郎 この席かな
正次郎は萌の机の中をあさる。
正次郎 うーん、めぼしいものは無いか。じゃあ、
萌、楓、友恵、勇、正次郎の鞄が教室に置かれている。正次郎は萌の鞄を手にとり、中を開ける。
正次郎 こういう時はケータイの中に大切な情報が入っているのが物語の王道
いや、邪道かな
正次郎は鞄の中からケータイを見つける。パカっと液晶画面を開く。
正次郎 やっぱりね
とすると、次はあそこか。
正次郎は萌のケータイをポケットに仕舞う。
次のシーンは校舎内のある廊下。正次郎はある場所からの帰りである。楓は真道と萌に置いて行かれた状態である。二人は教室へと向かう。
○ 暗転。明転。
正次郎 あ、榊原さん。どうしたの?
楓 飯田くん、あの真道くんと萌さんに会いませんでしたか?
正次郎 いや、ずっと一人だったよ。
楓 そうですか。
正次郎 さすがだ。やっぱり物語の作者は最強だよ
右の正次郎のセリフは独り言。
楓 飯田くんどうしたの?
正次郎 いや、何でもない独り言
それより、教室に戻ろう。真道と加藤さんはもう教室に行っていると思うよ
楓 そう
正次郎と楓は肩を並べて歩き出す。
正次郎 如月さんは・・・
楓 いいよ、言って
正次郎 今は会えない。このままだとずっと会えない。
これから勇も含めて会えるようにするよ
楓 もうすぐエンディングってことね
正次郎 読書の習慣がある人はいいよ。話がしやすい。
楓 どういたしまして
正次郎 如月さんのこと心配じゃないの?
楓 心配じゃないというと嘘になるけど・・・飯田くんの顔を見ると・・・
正次郎 僕の顔に何か付いているの?
楓 いや、そういうんじゃなくて
もうすぐ終わるんだなーと思って
正次郎 そうだね。次がエンディングだから、もう安心していいよ。
次のシーンはいつもの教室。正次郎が教室の扉を開けるところから始まる。
○ 暗転。SE:引き戸が開く音、閉まる音。明転。
真道 もう、全部分かったんだね。いや思い出したと言った方がいいかな
正次郎 はじめから疑っていましたけど、証拠集めに時間がかかってしまって、霧島先生
真道 さすがだ、君の将来が有望だよ。
楓 え?・・・先生
正次郎 榊原さんさ、「霧島先生」って聞いて何か思い出さない。
楓 え?うーん
正次郎 クールで
楓 ・・・ミルティアデス
正次郎 勇が言ったね、古代ギリシャの将軍ミルティアデス
楓 どういうこと?
正次郎 話を始める前に、確認したいことがある
これ
正次郎はポケットから萌のケータイを取り出す。
萌 それ、私のケータイ
正次郎はパカっと開いて液晶画面を霧島に見せる。
正次郎 霧島先生、これを探すのに苦労しましたよ。
正次郎はポケットから一枚の写真を取り出す。
ケータイの液晶画面に移された画像と正次郎が掲げる写真は一緒だった。それは、萌と霧島がデートの時に撮ったものだった。
真道 一応聞いておくが、その写真どこにあった?
正次郎 職員室は生徒や先生の出入りが多いから万が一見られる可能性がある。
校内に先生だけが持つことのできるスペースはそう多くない。考えてゆくと、先生の担当教科用の
デスクが怪しくなる。数学科研究室の先生の机を見ると鍵のかかる抽斗がありましてね
事後承諾になりますけど、錠を壊したんで了承ください
真道 隠し場所には簡単すぎたか
正次郎 そうとも言えますね。ただ、変に凝ると疑われますよ。
真道 それもそうか
楓 ちょっと説明してよ
正次郎 もうちょっと待ってくれる
加藤さん、これをお返しします。貴重品は肌身離さず持つことをおすすめします
正次郎は萌にケータイを返す。
萌 あ、ありがとうございます
正次郎 さて、そろそろ答え合わせと行きますか
いいですか、先生?
真道 楽しみにしていたよ
正次郎 榊原さんが話してくれた怪談に則って話をしよう。
僕達も怪談に出てくる小学生と同じようにパラレルワールドへリープした。
萌 異世界へ移ったのね
正次郎 今回のことの発端にはきっかけと引き金の二つがある。
きっかけは昨日、君が霧島先生のような人を見かけたこと。
楓 え?
正次郎 昨日榊原さんが見かけたのは確かに霧島先生だった。そして、その隣にいたのは
君、加藤萌だった。昨日、二人で出かけていたんでしょ
萌 えっと?
真道 よくわかったな。根拠は?
正次郎 実は昨日、お二人を見たのは榊原さんだけなのです。僕は目撃していなくてね。
しかし、先生の抽斗からこれを見つけて
正次郎はポケットから付箋紙を取り出す。
正次郎 メモの内容と先生がお持ちだった写真、加藤さんも同じものを持っていることを
考えると、お二人は恋愛関係にある可能性が高いと思いまして、
ちゃんとした根拠がなかったので、一か八かでこの場で聞きました
真道 なるほど、俺がまんまと引っかかったってことか。
正次郎 すみません。
僕達が揃って帰ることは、先生はご存知のようでしたので、部活が終わった後の
チャイムがワープのポイントとしてちょうどいいんでしょう。
真道 なぜ、時間では無くチャイムなんだ?
正次郎 もういいでしょ、先生。自分から言いましたよ、チャイムのこと。
先生は知らず知らずにヒントをいくつか出してくださってるんですよ
真道 そうだったかな
楓 何?どういうこと?
正次郎 そもそもこのストーリー、いやゲームは出題者である先生の問題を正確に
解く必要はない。理屈が通って、それっぽいことを答えられればよかった。
なので、解答には先生の言ったことを使わさせていただきます
真道 なるほど
正次郎 学校で二人の関係がバレるわけには行かない。加藤さんを守る必要もある。その
思いが俺たちをこのパレラルワールドへワープさせた。
一番疑問だったのが、なんで「先生」って役が舞台に登場しないのか。ここから
は僕の予想ですけどいいですか?
真道 ぜひ聞かせてくれ。
正次郎 単純に言えば、生徒の俺たちと一緒にいたかった。後、加藤さんにちゃんと守れ
ていることを見せるため。ここらへんだと思いした。どうですか?
真道 まあ、そんなところかな
正次郎 あなたは俺たちに自分自身のこと、具体的には女子高校生の恋人がいることを、この仕組の
よくわからないパラレルワールドで俺たちに認識して欲しかったんです。
これを成し遂げるために高校生に化ける必要があった。
あなたの正体を破ると、
正次郎はここで一息つく。
正次郎 僕達の通う高校の数学教師にして、二年三組の担任教師
霧島真道先生となるのだ。
真道 君は本当に優秀だよ。現実世界でなくても君は頭脳明晰なんだな
正次郎 お褒めありがとうございます
しかしこれはほとんど勇の無意識にして野生的なセンスのおかげです
彼の方が僕より少し早く解答を導き出せたと思いますよ
真道 田中くんか・・・
正次郎 先生は勇を最初のターゲットにしたのは、進路希望調査票が原因ですか?
真道 まぁ、いろいろとあるがね。
正次郎 大丈夫です。あいつはなんとかなります。
真道 これは信じてもいいのか
正次郎 小学校からの腐れた縁なので、それなりと当てになると思いますよ
真道 わかった
楓 あの、いい雰囲気中にすみません。一つ分からないことがあるのですけど
正次郎 何だい?
楓 先生はなんで秘密にするべきことをわざわざ私たちに教えたんですか?
真道 飯田くんはどう思うかね?
正次郎 大した意味は無いでしょう。
先生の目的は加藤さんを守ることに重点が置かれているからね
強いて言うなら、秘匿性の高い情報を敢えて教えることで相手を操る、かな
楓 なにそれ。あと、どうやって現実世界に戻るのですか
正次郎 ああ、しまった。
そこまでは推理していないや。先生、どうやって戻るんですか
まさかですけど、先生を成仏すればいいとか言わないでくださいよ。
どんなに僕は頭脳明晰でもお祓いや陰陽術はできないので。
真道 一つ約束してくれ、このことは・・・
正次郎 現実世界に戻ってからゆっくり話しましょう
加藤さんもそれでいいですよね
萌 あ、はい
真道 わかった。そのまま眠れば元の世界に戻れるよ
正次郎 そうですか
萌 おやすみ、霧島真道くん
次のシーンは教室。萌、正次郎、楓、友恵、勇はそれぞれの席に着いている。霧島が教卓を前に立っている。
○ 暗転。明転。
霧島 この度、私の個人的な事情により、本校を離れたいと思います。
みんなと卒業式を迎えたかったのですが、どうしてもそれまで
待つことができませんでした。これでこの学校での最後の終礼を終わりにします。
仕事がまだ残っているので、職員室にいます。会いたい人は来てください
霧島は教室を後にする。彼を追いかけるように萌が教室を飛び出す。
○ SE:引き戸が開く音。
楓 先生どうなるのでしょう?
正次郎 どうもならないでしょうね
正次郎は持参した文庫本を捲っている。彼の目の前に座る勇がしきりにシャープペンを動かしている。
友恵 ねぇ、二人は付き合っているんでしょ?
楓 友恵ちゃん、声大きいよ
友恵 受験まで一年無いのよね。楓ちゃんは文学部行くんでしょ。
あそこの超難関って言われてるけど大丈夫?
楓 うーん、どうかな
正次郎 少しなら教えるよ
友恵 ふゅー。いいね学年トップの彼氏って
楓 友恵ちゃん!
友恵 勇なんて、急に勉強なんてしだして、
どうしたか知ってる?
正次郎 さぁ、心入れ替えたんじゃない?本人に聞いてみたら
友恵は勉強中の勇に話かける。
友恵 勇
正次郎 早速、聞いてる
右のセリフは正次郎の独り言。
勇 俺、勉強しているから邪魔すんな
友恵 ねぇ、あれがあってから急にどうしたの?
勇 俺やっぱり今年大学受験する。そして絶対、受かる
友恵 ちょっと、そんな話聞いていないよ。
勇 まだ言っていないからな
友恵 ちょっとこっち来て、説明して
友恵は勇の耳を引っ張りながらこの場から離れる。
楓 いろいろ変わるんだね、みんな
正次郎 楓はどうするんだ、卒業した後
楓 作家になろうかな、体験したことを本に書こうと思って
正次郎 じゃあ、そろそろカーテンコールに入ったほうがいいかな
楓 その前に、ストーリーを終える最後の言葉が必要よ
正次郎 好きにしな
正次郎はゆっくり立ち上がって、この場から離れる。
楓 これが進学する前の私たちのちょっとした物語・・・おしまい
○ 暗転。
〈終〉
お楽しみいただけましたでしょうか。
初めての投稿です。パラレルワールドで起こった少し恋愛の混じったミステリーを意識しました。
稚拙な文章ですみません。読んだ下さって本当にありがとうございます。