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その輝く満月に向かって、山のほうから飛んでくるものがありました。空に直線を引くように、すぅっとこちらへ向かって来るそれは、白くしなやかな一羽の鶴です。鶴は月の使者たちの隣でピタリと止まると、ぼんやり光りながら、男の姿に変わりました。年の頃は初老と見えますが、背筋はピンと伸び、品の良さが窺えます。皆の注目が集まる中、男は月に向かって深く一礼しました。
「国王様、ご無沙汰しております。このたびはうちの息子が姫君にたいへんな無礼をはたらいたと聞き、急ぎ飛んで参りました」
その男を見た途端、結鶴の白い顔は、霜を下したようにさらに白くなりました。ひどく怯えているようです。
「ちょっと、どうしたの?」
気付いた松子が何事かと訊ねると、結鶴は擦れたような声で答えました。
「あの人は……僕の父です」
恋人が地上で震えあがっているとは知らず、かぐや姫の表情はぱっと明るくなりました。
「おじ様!」
かぐや姫が呼びかけると、男はニッコリ笑って彼女に近付きました。
「姫、お久しぶりでございます。随分と大きくなられましたな」
そう言いながら、視線はかぐや姫を押さえつけている使者の手に向いています。
「差し出がましいことを申しますが」
男は懐から扇を取り出すと、使者の手に軽く当てました。
「女子に対してこのような、手荒な真似は如何なものかと」
そう言われた使者は、なんと慌てて手を離し、かぐや姫を解放したのです。自由になったかぐや姫は、男に飛び付いて喜びました。そんな姫も男もにこやかに見ています。すると今度はその視線を、姫の着物に向けました。
「時に姫様、そのお召し物、それはもしや息子の織った織物ではありますまいか」
「ええ、そうよ!」
どさくさのなかで気付く者は居なかったのですが、かぐや姫が纏っていたのは結鶴が文を施した、あの月の織物だったのです。
「ふむ、そうか……」
男は姫の着物を注意深く眺めました。
「こんな機を織れるようになったか。そうか」
呟きながら頷くと、男は再び月へ向き、凛とした声で言いました。
「国王様。このたびは息子がたいへん失礼致しました。お怒りはごもっともですが、今回は私に免じて、どうか許してやっては頂けませんでしょうか」
そう言うと、男は深々と頭を下げました。
松子と結鶴も事の成り行きを、固唾を呑んで見守ります。
それからしばらく後、あの厳めしい声が「うむ」と答えたかと思うと、しゃん、しゃん、と鈴が鳴り出し、使者たちは月へ向かって引き返して行ったのです。
それを見た松子は、全身の力が抜けてしまいました。張りつめていた緊張の糸が、プツリと切れてしまったのです。そんな松子に、頭上から男が笑いかけました。
「松子さん、といいましたね。息子がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。結鶴、お前もはやく戻りなさい」
男が扇を一振りすると、結鶴の身体はフワリと浮き上がり、男の隣へ昇っていきます。
「それから、あなたも」
そう言いながらもう一度、男が扇を振ると、亀吉がフワリと地上へ下りて来ました。
「それでは、ごきげんよう」
男は地上に背を向け、月へ向かって歩き出しました。その後ろで、かぐや姫と結鶴がこちらに向かって手を振っています。ふたりに向かって、松子と亀吉も手を振りました。
後にはやさしく光る満月が残り、明るい月明かりが辺りを照らしています。松子と亀吉はその下で、再会を喜びあったのでした。
* * *
それからどれほどの月日が流れたでしょう。
松子と亀吉は以前と変わらぬ生活を送り、仲睦まじく暮らしていました。亀吉はもう何処にも消えたりしません。あの出来事は本当に夢だったのではないかと思えるほど、日々はつつがなく過ぎていきます。
それでも時折、松子はこんなことを言い出すのでした。
「結鶴は今頃、一人前の機織りになってるはずよ。そしてお父さんにも月の王にも認められて、かぐや姫と幸せに暮らしてるの」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
亀吉がそう訊ねると、松子はニッコリ笑って答えます。
「だってあれ以来、誰も月から下りて来ないじゃない」
【了】




