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「織物、届けてきたわ。今夜のうちにかぐや姫に献上されるそうよ」
夕刻、町から戻った松子がそう告げると、結鶴は安心したように微笑みました。しかしどこか落ち着かない風でもあります。
「ねぇ、一体どうしたっていうの?あの献上品を織り始めてから、あんたちょっと変よ」
不思議に思った松子がそう質すと、結鶴は姿勢を改め、こう切り出しました。
「松子さん。お話しなければならないことがあります。僕は……僕はかぐやを追って、月からここへ来たのです」
松子は、疲労のあまり結鶴がおかしくなってしまったのかも知れないと案じましたが、結鶴の目は真剣そのものです。
「かぐや姫を追って……月から来た……?あんたが?」
恐る恐る聞き返すと、結鶴はしっかり頷いて、静かに話し始めました。
月の世界には、代々続く機織りの一族がおりました。結鶴の家族たちです。特に結鶴の父が織り上げる見事な織物は、月の王をも夢中にさせ、父親は王朝御用達の機織りとして、度々、宮殿へ参上しました。物心つく頃から父に付いて宮殿を訪れていた結鶴はある日、王のひとり娘であるかぐや姫と出会います。歳の近かったふたりはすぐに仲良くなり、一緒に遊ぶようになりました。
「かぐやは活発な娘で……僕が参上しない日にもこっそり宮殿を抜け出して遊びに来てしまうような、困った姫さまでした」
その頃を懐かしむように、結鶴は小さく笑いました。
「まるで兄妹のように、僕たちはいつも一緒に居ました」
共に成長してきたふたりの間にいつしか恋心が芽生えたのも、実に自然なことでした。ただ問題なのは、ふたりの身分があまりにも違うということです。ふたりが恋仲であることを知った王は怒り、結鶴が宮殿へ出入りすることを禁じました。しかし、互いに互いを諦められないふたりは、月の世界から逃げ出して、一緒になろうと誓い合います。
「ですが、ただ逃げたのではすぐに見付かって連れ戻されてしまう。そこで僕たちは別々に月を出て、地球で落ち合う約束をしました。追手が来てもすぐにはわからないよう、僕はかぐやを竹のなかに隠し、次の満月の晩に迎えに来ると約束しました。月の世界と地球は、満月の夜にだけ繋がることが出来ます。僕は約束の夜、かぐやを隠したあの山へ下りました」
ところがどういうわけか、いくら探してもかぐや姫は見付かりません。何日も何日も山のなかを探し続け、村にまで下りて探しましたが、見付けることは出来ませんでした。
「そのうちに疲れきってしまったところを、貴女が助けてくれました。そのうえ、こうして家に置いてくださって、本当に感謝しています」
松子は結鶴を助けた日のことを思い返して、胸が痛みました。そんな事情であったなら、行き倒れていたのも無理はないでしょう。
「松子さんからかぐやの話を聞いたとき、本当に驚きました。まさか人間に保護されるなんて思いもしませんでしたから。でも、ひとまず無事がわかって安心しました」
けれど、一体どうしたら会うことが出来るだろうと考えあぐねた末、結鶴は機を織ることで、自分が地球に居ることを知らせようとしたのでした。
「彼女なら、僕の織物を見ればすぐに気付いてくれるはずですから」
そう信じ機を織り続け、先日ようやく自分の織物を、かぐや姫まで届けることが叶ったのです。
「僕はあの織物に、かぐやへの文を施しました」
「文を……施した?」
結鶴の言葉を繰り返しながら、松子はハッと思い至りました。
「松子さん。僕は次の満月の晩、町の屋敷までかぐやを迎えに行くつもりです」




