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 青年は名を結鶴(ゆづる)といい、やはりこの辺りの人間ではないようでした。村のことはもちろん町の地理にも疎いというので、結鶴の仕事は主に家のことになりました。松子が町から戻ると、家は綺麗に片付いて、食事の用意も整っています。松子は感心しました。

「たいしたものね。料理なんて私より上手いんじゃないの」

「いえ、そんなことは……うちはみんな忙しい家でしたので、やり慣れているだけですよ」

「へぇ。家族は何をしているの?」

「我が家は代々続く職人の家系なのです。僕も一応その端くれではあるのですが、なかなか認めてもらえなくて」

「家事雑用は下っ端の仕事ってことね」

 遠慮の無い松子の言葉に、結鶴は苦笑しながら「そうですね」と頷きました。少し痛いところを突いてしまったようです。松子は慌てて、なにか彼を励ませるような、面白い話はないかと考えました。

「ねぇ、知ってる?いま町では老いも若きも身分も問わず、男という男が皆、かぐや姫さまに求婚しているのよ」

 町で聞いたそんな噂を切り出すと、結鶴の肩が小さく跳ねました。

「かぐや姫?」

 しかしそれには気付かずに、松子は可笑しそうに話を続けます。

「そう、それはもう大層きれいなお姫様らしいわ。姫の屋敷には連日、求婚者が押し寄せて大変なんですって。中には会うことすら許されないような者も大勢いるらしいのだけど、みんな我を忘れて訪ねて行くって話よ。あんたも家族に認めて欲しいなら、それくらい情熱的にいったほうが良いんじゃないの?」

「その、かぐや姫の屋敷というのは、町の何処にあるのですか」

「え?さぁ、私もよくは知らないけど……知っていたって、ただの村人なんか入れてもらえるわけないわよ。なぁに?まさかあんたも求婚しに行くつもり?」

 そう茶化す松子に、結鶴は誤魔化すように笑い返しました。


 その後日、結鶴は「糸を買ってきて欲しい」と言い出しました。糸なら町で調達できます。松子が言われた通りに糸を揃えて戻ると、結鶴はそれを大切そうに抱えて言いました。

「僕はこれから機を織ります。機を織っている間は決して、この部屋の中を見ないでください」

 それから三日ほど経った頃でしょうか。奥の部屋から出てきた結鶴の手には、この世のものとは思えないほど美しい織物がありました。

「これを町で売って来てもらえませんか。そしてまた糸を買って来て欲しいのです」

 結鶴の織物はとても高く売れ、松子はまた、糸をたくさん買って帰りました。数日もするとその糸はすべて、あの素晴らしい織物に変わり、そのどれもが高い値段で売れました。見事な織物はたちまち評判になり、町の富豪たちから注文も入るようになりました。そうして松子たちはあっという間にお金持ちになっていったのです。


 結鶴の織物はどんどん売れていきましたが、お金が入ったからといって松子の生活が変わることはありませんでした。結鶴の織物が美しいことや素晴らしいことはわかっても、華やかな衣装や裕福な暮らしには、あまり興味が無かったのです。そんな調子でしたので、彼女は相変わらず畑仕事に汗を流していました。

「松子さん。僕の織物を売ったお金、どうして使わないんですか?」

 畑の手入れを手伝いながら結鶴がそう訊ねると、松子は笑って答えました。

「だってあれ、あんたの稼ぎじゃない」

「でも、僕は家に置いてもらっているわけですし、あれは松子さんの好きに使ってください」

「仕事を手伝ってもらうっていう条件で家に置いたのよ。現に手伝ってくれてるじゃない。お金をもらう理由なんて無いわ」

「でも……」

「あのね、私には旦那が居るの。あの人と続けてきた生活がちゃんとあるの。だからあんたに養ってもらわなくたって大丈夫なの」

納得しかねる様子の結鶴に、松子はきっぱりと言いました。

「それに、旦那が帰って来たとき、いきなり家や私が変わってたらびっくりしちゃうでしょ?」

 そう言いながら、松子は山へ目を向けました。亀吉の戻る気配は未だ無く、村人たちの口から亀吉の名前が出ることも少なくなってきています。それでも松子だけは、夫の生還を祈りながら平素通りの生活を続けていました。ほかに、出来ることも無かったのです。

「それより!あんたの探し人はどうなってるのよ」

 気分を切り替えるようにそう言うと、結鶴は下を向いてしまいました。

「ま、まぁ、そのうち見付かるわよ!ね!」

 松子は慌ててそう言いましたが、俯く彼を励ますことが出来る言葉など、本当は彼女にもわかりませんでした。


 そんなある日、町から戻った松子は息を弾ませながら結鶴を呼びました。

「結鶴!すごい注文が入ったわよ。かぐや姫さまに献上する織物を頼みたいって」

「かぐや……姫……!」

 その名を聞いた途端、結鶴の大きな瞳はさらに大きくなりました。しかし、噂で聞くばかりだったかぐや姫と、間接的にも繋がりを持ったことに気が高揚している松子はそんなことに気付きません。

「そうよ、あのかぐや姫よ。お金に糸目は付けないから、とびきり豪華で上等なのを織ってくれってさ」

「……わかりました」


 結鶴が注文の献上品を織り上げたのは、それから六日目の朝のことです。カタン、と久しぶりに戸の開く音を聞き、振り向いた松子はぎょっとしました。よろよろと部屋から出てくる結鶴は、今にも倒れそうなほど疲れきっていたのです。

「ちょっと!大丈夫?」

 驚いて駆け寄る松子に、結鶴は力無く頷いて、両手を差し出しました。その手にある織物を見て、松子は息を呑みました。

「すごい……」

 それは、これまでのものとは比べようも無いほどに美しい織物でした。夜空を思わせるような濃い青色をした織物はとてもなめらかで、星のような煌めきを放っています。そこへ銀の糸で雲の刺繍が施され、さらに金色に輝く見事な満月があしらわれたそれからは、神々しささえ感じられました。まさしく注文通り、とびきり豪華で上等な織物です。

 すっかり織物に見とれていると、結鶴がか細い声で松子を呼びました。

「松子さん……早くこの織物を町へ届けてくれませんか、一刻も早く……」

「それよりあんたの世話が先よ!何もこんなになるまで根詰めること無かったのに……」

「良いから早く!」

 普段おとなしい結鶴が、それほど強くものを言うのは初めてのことです。その鋭い声に松子は驚き、彼の介抱もそこそこに、急いで町へ向かいました。

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