表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Daydream Like a Strawberry

作者: おーじ

…ここはどこ?


裸足のままで彷徨う少女は、真っ白なワンピースを着ていた。白装束を連想させるほどに真っ白なワンピースだった。


まだ覚めない夢心地な気分を引きずりながら、広がる闇に包まれて歩いていた。 前も後ろも分からないけれど、微かに聞こえる楽しげな笑い声。


…誰かいるの?


少しだけ、深く暗い闇の中に光が差し込んだ。床は黒い大理石で出来た床だった。

少女は笑い声が聞こえる方へと歩き出す。床はひんやりと冷たかったが、構わずぺたぺたと歩く。すると、笑い声の中から、誰かが囁きながら語りかけてくる声が聞こえたので、立ち止まり、耳を傾けた。


ーようこそ、私の素晴らしき世界へ。


差し込んだ光の筋がじわじわと太くなるにつれて、闇に隠れてた笑い声の主たちの姿が現れる。皆ドレスやタキシードを着て、煌びやかにおめかししている。楽しそうにダンスをしたりしており、その近くにあるテーブルには見た事のないようなケーキやフルーツが並べられている。


…あなたは誰?


ー僕は君だよ。


…私は1人しかいないよ?


ー君は僕でもあるんだよ。


…何を言ってるの? あなたはどこにいるの?


少女はキョロキョロと、声の主を探した。しかし、この空間にいるどの人も、少女には見向きもせずに踊り狂い、何かを食べている。


…ねえ、ここはどこなの? あなたはどこにいるの?


ーここはね、僕の世界。つまり、君の世界。


…みんな楽しそうにしてるね。これはパーティー?


ーそうさ。君もどうだい?


ふと背後に気配を感じた少女は、振り返ってみた。そこには黒いタキシードをきた、幼い顔の少年がいた。


ー僕はレイ。君はレイカ。


…どうして私の名前を知っているの?


ー僕は君だもの。君は僕だもの。


少女は目の前の少年の言う事に不安感を抱いた。少年はまっすぐに少女を見つめた。


…私はひとりしかいないの。私は私。


ーまぁいいや。よかったら君もパーティーに参加するかい? ケーキも迷うほどたくさんあるよ。


少年の両の手の上には、いつの間にかカップケーキがひとつあった。クリームの上に赤く小さなイチゴがのっていてる。カップケーキの周りには小さな白い蝶が舞っていた。


ーさあ、光が消える前においで…


少女は、少年からカップケーキを受け取った。さっきまでそこにいた蝶は、ひらひらと少女の頭上を舞い、少女の肩にとまった。

ケーキを口にした少女は、いきなり涙が止まらなくなった。


口の中で、クリームが甘く温かさを帯びてとろけるたび、赤いイチゴの甘酸っぱい風味が広がるたび、ケーキのスポンジ生地の柔らかい食感を噛みしめるたび、涙が溢れ出した。


少女の脳裏に、あの温かい涙が、あの赤い頬が、あの頬の柔らかさが蘇った。それはいつだって私のそばにいた、私を愛してくれたあの人の顔。母親の顔。


ーあらら、君はこの世界が気に入らなかったんだね。


少年は寂しそうに言った。

少女はただ泣いていた。自分で終わらせようとした小さなモノの大きさに。


みるみるうちに、差し込んだ光が再び細くなってゆく。泣きじゃくる少女を照らす光が消える。笑い声も少しずつ遠のいていくように、静かになっていく。肩にとまっていた蝶が、向こうの方へ飛んで行く。


ーおや…光が消えるね…


ドレスを着て踊っていた婦人も、何か食べていたタキシードの男の人も、白い蝶も、みんな暗い闇の向こうに消えてゆく。


ー残念だけど、君を還してあげるよ。つまらない現実にね。


…ねえ、あなたはどこに行くの?


ー僕はいつでもここにいるよ。でも、できれば二度と逢わないことを祈ってるよ。


闇が深くなり、少女の目には少年の姿も捉えることができなくなった。


…私が嫌い?


ーいいや…僕は僕が嫌いだけど、君のことは愛してる。


…私もあなたは嫌いかも。


ー僕のことを好きになんてならなくていいよ。帰れなくなっちゃう。君には…


待ってる人がいるんでしょう?


光が僅かに照らした少年の顔。少女には笑っているように見えた。


…ええ。楽しい幻想をありがとう。またね。


光も笑い声も少年の気配も消えて、暗く深い闇の中で、少女は眠気に襲われた。

間も無く、眠りに落ちた。




















目が覚めたら、今度は真っ白な空間にいた。地味な服をきたたくさんの人たちが、悲しそうな顔をして座っていた。


ふと横を見たとき目に飛び込んできたのは、赤く柔らかな頬に涙を流しながら、少女の手を握るあの人の姿…待ってくれている人が、母親がそこにいた。


「麗香!」


少女はふと、あの時食べたカップケーキの味を思いだす。すると、その時と同じようにまた涙を流した。


周りにいた人も同じようにまた涙を流しながら、お見舞いだよと言いながらたくさんのケーキやフルーツを差し出してくれた。


「もう二度と……あんな真似しないでちょうだい! 私にとって、あなたを亡くすことがどれほど辛いかなんて……私にしか分からないでしょう?」


この人からもらった命だった。私は、そんな命ごとビルから、全部、投げ出したんだった。思いだした。


ーできれば二度と逢わないことを祈ってるよ


少年の声が聞こえた気がした。


…大丈夫よ、もう私の意志では二度と逢いに行きませんでしょうから。


差し出されたイチゴを食べながら、少女は彼を嗤う。彼は自分であると言っていたが、今はもう他人になれたと少女は思った。


真っ白な空間に、光が窓から差し込んできた。光は明るさを増した。少女の笑顔のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ