料理
ジリジリと照りつける太陽の光。アスファルトがその光を反射して、上からも下からも暑さが襲ってくる。額から伝う汗を拭って畑の中の道を進む。
これから俺が向かうのは武田さん宅だ。だけど聞いてほしい。今日は部活のはずだったのだが、何故か急に中止になり暇になった。それでテレビ見ながら家でゴロゴロしていたら、いきなり空いてる窓から鳥がスタイリッシュに入室してきたんだ。びっくりだ。 どうしたもんかと見ると、鳥の姿はもうなく、「儂ん家に来るように PS.鍵は空いとるから自由に入ってきていいぞ」とだけ書かれた一枚の紙が落ちていた。鳥が手紙を運ぶなんてなんてファンタジー?
名前は書かれていなかったが、こんなことをやりそうなのは一人しかいない。俺は準備して家を出た。
そんなこんなで今俺は武田さん宅の前にいる。確か、勝手に入っていいんだっけか? そういえば朝妻も我が家顔で堂々と入っていってたよな。
「こんにちはー」
ガララッと引き戸を開けて挨拶をする。するとすぐに奥から武田さんが出てきた。
「いらっしゃい。急に悪かったの」
「いえいえ。ていうか俺が暇になるってわかってました?」
「ははは、まぁの。外は暑かったじゃろう、早く入りなさい」
「はい。あとこれ」
そう言いながら俺が差し出したのは、瑞々しい茄子だ。手ぶらで行くのもなんだかなぁ、と思い途中の商店街で買った。もっと他に買うものがあった気もするが、いきなりだったので仕方ない。
「おお! いい茄子買ってきたなぁ!」
「安売りされてたんで買ってきました」
「後ではさみ揚げ作ってやる」
武田さんは茄子を持って嬉しそうに入っていく。どうやら茄子で良かったようだ。
「冷たっ!!」
武田さん家の裏には湧水があって池になっている。武田さんの言う通り、手を浸けるとめちゃくちゃ冷たかった。ヒュッと手を出すと、武田さんが笑う。
「ここに野菜を浸けとくとキンキンに冷えていいんじゃ。茄子の他にトマトと胡瓜も浸けておくか」
籠から他の野菜を取り出すと網にポイポイと入れ水に浸ける。
「さて、昼御飯の準備するか。建一君も食っていけ。今日は食事の大切さを教えてやる」
「へ? 幽霊の対処法ではなく?」
「まあまあ、見とればわかる」
食事と幽霊に何の関係があるんだろうか? 首をかしげていると、武田さんは動き出す。俺は慌てて着いていった。
武田さんが向かったのは台所だ。台所は昭和の台所という感じがする。話によると武田さんが子供の頃は土釜だったそうだ。それを武田さんが大人になってから今のにリフォームしたらしい。
「今はIHとかいうのがあるらしいの。ちょっと興味があるんじゃがどう思う?」
「いや……俺ん家は台所小さいし、今時のとかよくわからないんですよ……」
「そうかの。まあ、料理は流しとコンロがあれば出来るし大丈夫じゃ」
そう言いながらもちょっと残念そうな顔だ。すみませんね。俺には流行のものとかわからんのですよ。
「時に、建一君!!」
「はい?」
「君は普段ちゃんと料理をするかね?」
「……料理……ですか」
あんまりしないな……。最悪、バイトの残り物を貰うとか、買い弁とかで済ましちゃうし。男の一人暮らしなんて大体そんなもんだろう。まあ最近は料理男子なんてのもあるらしいが。チンするやつとかカウントしていいなら……。
「チンするやつは駄目じゃぞ。」
料理なんてやってないな……。
俺が肩を竦めると、武田さんが大きく溜め息をつく。
「近頃の若いもんは……。食は人間にとって無くてはならないものじゃというのに……」
「はあ……確かにそうですけど時間もないですし」
「時間はあるんじゃない! 作るもんじゃぞ建一君」
なんか武田さん、うちのばあちゃんと同じこと言ってる気がする。ちなみにばあちゃんとは口喧嘩で勝ったことがない。あの人は一つ言い訳すると五つの正論を突きつけてくる人だったからなぁ。
「まあ、やっていけばわかる。まず下ごしらえじゃ」
挽き肉に下味を付け、先程冷やしておいた茄子を輪切りにし挟む。そして小麦粉と卵と水を混ぜた衣に浸けた。
「ほぉ、中々テキパキしとるのぉ」
「はは。一応、一年前まではやってましたから」
「なんでやらなくなったんじゃ?」
「うーん。やっぱり一人暮らしになったからですかね……。前までは祖母と二人暮らしだったんですけどうちの祖母は冷凍食品とか嫌がる人だったんで毎日ちゃんと作ってたんですよ」
よく二人で台所に立ったなぁ。つまみ食いしては怒られたのはいい思い出だ。
「建一君のおばあ様はしっかりとした人じゃったんじゃろうな」
「礼儀とかには人一倍厳しかったですね……」
俺が嫌そうに言うと武田さんは苦笑する。
そんなこんなで話していると、あとは揚げるだけになった。菜箸で茄子を掴み、油にいれる。
「さて、話は変わるがさっき、建一君は食事と幽霊に何の関係があるかとおもったじゃろう?」
「はい。あんまり関係性が思い付かないんですけど……」
「まあ、そうじゃろうな。じゃあ、料理に美味しくなーれとかおまじないかけるのは聞いたことあるじゃろう。建一君は本当にそのおまじないが効くと思うか?」
「ええ……効かないと思う……かなぁ……」
子供だましのような気がするしなぁ。その言葉を聞いた武田さんはニヤリと笑った。
「そう思うじゃろ? ……実は効くんじゃよ」
「え」
「食べ物ってのは体に入るものじゃ。確かに脅威的な失敗料理は不味いじゃろうが、心がこもった料理というのは相手の体に入り、直接心に伝わって美味しくなるものじゃ。相手のことを思う心の力が料理に宿り、その者の体を守る。病気や怪我とは「違うモノ」からの脅威も例外なくな。」
「……なんかわかったような……わからないような」
「まあ、要は冷凍食品とかもうすでに出来上がったものを食べるんじゃなく、たまには自分や相手のために手間隙かけて料理を作って食べることが大事ということじゃ」
そう言って武田さんはまた笑い出す。
次の瞬間、家がミシリと呻いた。よく古い家を歩くと軋んだ音が出るようなそんな感じだ。まあ、この家も古そうだし、こういったことは頻繁にあるんだろうと俺は勝手に納得していた。しかし、武田さんはすぐに真顔になり、何も言わず廊下に出ていってしまう。
「武田さん?」
呼び掛けても返事が返ってこない。俺は不安になり続いて台所を出る。
「どうしたんですか?」
武田さんは台所を出た廊下に立ったまま動かない。武田さんの目線の先にあるのは玄関だ。特に何もなく、来たときと変わらない玄関。だが、武田さんはじぃっとそちらを見ている。後ろ姿だからどんな顔をしているのかはわからないが。
「た、武田さん?」
「おお、悪かったの。お客さんが来たと思ったんじゃが、気のせいじゃった」
「そうっすか……」
反応を返してくれた武田さんはいつも通りの表情だ。それにほんの少し安堵する。
「それより、火から目を離しちゃいかんだろう!」
「あ」
「 ほれ! 戻るぞ!」
背中をグイグイ押され、台所に促された。
台所に入る前に一瞬だけチラリと玄関に目をやった。その時に見えた、引き戸の曇りガラスに写る人の影は俺の見間違いだったのだろうか。