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「あれ?」


 気付くと、真っ暗な闇の中だった。辺りを見渡してみるが、前も後ろも横も闇以外何もない。どうして俺はこんなところにいるんだ? 記憶を辿ろうにも、何も思い出せない。

 こういう時はあれだ、むやみに動き回っちゃいけないんだよな。救助来るまでじっとしておくべきなんだろう………………山の場合はな! こんな訳のわからんところに助けが来るわけないだろうが!!


 悩んでても仕方がないのでとりあえず移動することにした。一応出発地点に戻ってこられるように財布から小銭を取りだし目印に置いておく。そういえば今更だが、この闇の中でも自分自身と持っている物は普通に見ることができる。別に光ってるわけじゃないと思うんだけどなあ。その事に疑問を持ちつつも俺はゆっくりと歩き出した。




『っ――――クッ―――ヒッ―――――――』


 しばらく歩くと掠れた音が聴こえてきた。今まで無音だったからびびったが、じっと耳を澄ます。


『ヒック――ヒック――――』


「……泣き声?」


 暗闇の向こうから聴こえてくるのは泣き声だ。時折、喉に引っ掛かるような声も聴こえる。けれど闇は深く姿は見えない。


「だ、誰かいるのか?」


 呼び掛けてみるが応答はなかった。聞こえなかっただけか? ……けどあちらの小さな泣き声は聞こえるのにこちらの声に気づかないなんてことあるだろうか。不審に思いながらも泣き声のする方へ進む。


「あ」


 進んだ先には子供が小さく踞っていた。小学校に入っているかいないかぐらいの年だろう。顔は確認できないが、髪型や服装から見て男の子だ。


『ヒック――ヒック――うう゛ぅ――――』


「お、おい……大丈夫か?」


 子供と一定の距離を保ちながらも声をかける。その瞬間、子供の泣き声が消えた。数秒の間、自分自身の呼吸の音だけが鮮明に聞こえる。

 中々顔を上げない子供が気になり、恐る恐る距離を縮め、手を伸ばした瞬間――――。


ガッ――――――――――――――!!!!!!


「っ!?」


 後、数センチで子供の肩に手が触れるところで伸ばした手首をガッと何かに捕まれる。

 よく見ると白い女の手だった。それは子供の後ろの闇から伸びており、俺の手首をきつく握りつけている。


「っ! くそっ!! 離せよッ!!!!」


 白い手の爪が強く俺の皮膚に食い込み、血が流れた。咄嗟に捕まれている手とは反対の左手で剥がそうとするが、それに比例して捕まれる力は強くなる。


『ユルサナイ』


 女の不気味な声が響く。


「な、何がだよ!?」


『アノ人ヲ奪ッタ――――ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』


 女の嫉妬に狂ったような声に目眩がする。許さないって何だよ。俺はお前なんか知らない。そう言いたいのに口から出てくるのは掠れた呼吸だけだ。


 誰か助けてくれ。











「はぁはぁはぁッ――――――――!」


 いきなり光の世界に引き込まれる。


「ぬ? 起きたか」

「俺は知らないッ!! 知らないんだ!! 助けてくれ……知らない知らない……」

「大丈夫。夢じゃよ。悪い夢じゃ」

「うう゛…………ぐずっ…………」


 背中をゆっくりと暖かい手で擦られ、冷たく冷えた身体もじんわりと暖かくなる。過呼吸だった呼吸が段々治まっていった。



 こうして10分程経ち、俺は大分落ち着いた。けど落ち着くと色々と自分の状況が見えてくるもので。

 俺は和室の布団に寝かされていた。たぶん、あの気味が悪い部屋で気絶した俺はこちらの部屋に運ばれだようだ。

 だが、朝妻の姿は見当たらないし、第一…………このお爺さん誰だ? どうやら気絶している間面倒を見ていてくれたようだけど、初対面で泣きつく醜態を晒している上に先程から長い沈黙が続いている。完ぺきにタイミングを逃した。

 

「あ、あの~?」


 とにかく、勇気を出して話しかける。お爺さんは手元でずっと何かを結っていたが、俺の呼び掛けに顔をあげた。


「何じゃ? 喉でも乾いたか? お茶しかないが……」

「いや! お構い無く! そ、そうじゃなくてですね……えーと、名前をお伺いしたいのですが……」


 そう言うと、お爺さんは大きく笑い出す。俺の方は状況が分からずポカーンとしていた。お爺さんはひとしきり笑うと呼吸を整えてこう言った。


「名乗りもせず悪かったの。てっきり結子ちゃんから話は聞いてると思っていたんじゃ」

「ゆうこちゃん?」

「朝妻結子。彼女に連れてこられたんじゃろう?」

「……ああ、朝妻か」


 そういや朝妻の下の名前、結子だったな。ずっと名字呼びだったから忘れかけてた。


「儂の名前は武田正吉じゃ。ここは儂の家。結子ちゃんなら、あともうしばらくすれば戻ってくるじゃろう。儂もそういった変なものの存在は知っとるから気を使う必要はないぞ」


 変なものとは俺が今まで体験したようなもののことだろう。


「あの一つ聞いてもいいですか?」

「いいぞ」

「俺っておかしいですかね?」


 あの障子の向こうの声、訳のわからない闇とおぞましい手。普通ならこんなもの体験しないだろう。まるで自分だけが明るい普通の世界から弾き出されてしまったような恐怖がずっとあった。


「バイトの日に、黒いものを見るまで何にもなかったのに――」

 

 急にあんなのが俺の生活の中に入ってきて――だんだん自分が悪いのか、それとも世界が悪いのかわからなくなってきた。


「……俺が悪いんですか?」


 わからなかった。朝妻は聞いてもちゃんと答えてくれないし、他に相談できる人もいないし。わかならいことが凄く怖かった。


 武田さんは俺のうわ言のような言葉をじぃっと聞いてくれる。そしてニカッと笑ってこう言った。


「お前さん、考えすぎじゃ。この世界に見える奴、聴こえる奴、感じられる奴なんてたくさんおる。お前と同じ高校生である結子ちゃんだって、もちろん儂も見えとる。ただお前さんが他の見える奴よりちょっと憑かれやすくて、対処法がわかってないだけじゃ」

「……」

「大丈夫。お前さんは悪くないよ」


 そう言ってお爺さんは頭をグシャグシャと撫でる。その暖かい手と優しい言葉が暖かくて、涙が出そうになる。



 その時、閉まっていた障子がスッと開いた。いきなり光が入ってきて驚き顔を上げると、朝妻がいた。朝妻はこちらを静かに見つめている。そして気づいた。俺、武田さんに頭撫でられてる最中だった。この歳でなでなでされてるなんて恥ずかしすぎるだろ!!


「す、すみません、もう大丈夫です」

「なんじゃ。もういいのか?」

「やってもらえばいい。なでなでは効果ある」


 俺が恥ずかしいんで、と言おうとしたら朝妻が被せるように言い放つ。しかも笑いながら。


「だ、大体! 朝妻があんなとこ連れてくからこうなったんだぞ!!」

「それは悪いと思ってる。思ったより時間がかかった」

「くっ……」


 素直に謝られたら責められなくなるだろ……。


「そうじゃ!」


 俺がむすっとしている時、武田さんが急に声をあげた。


「お前さん、週一でここに通わないか?」

「へ? ……ここに?」

「そうじゃ。儂が悪いものを見たときの対処法とか教えてやる。知っとるのと知らんのではやっぱり違うからの」

「え、いいんですか?」

「おう。どうせ暇じゃし、若いもんと話せるのはジジィの楽しみじゃしな。孫ができたと思うよ」



 武田さんが孫と言ってくれたとき、俺は家族ができたみたいでとても嬉しかった。ばあちゃんが死んでからは一人暮らしだったし、父さんとも中々会えない。俺はたぶん、父さんに嫌われてんじゃないかと思う。父さんは俺と直接会うのも嫌がるし、電話もしたがらない。

 だから家族には凄い憧れがある。まあ、武田さんにそれを求めることなんてしないが……。それでも、例え表面上の言葉だけでも俺は嬉しかったのだ。


「よろしくお願いします」


 何とか絞り出した言葉に、武田さんがまた笑う。



 俺は幸福者だ。






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