予定
夏休み。
それを聞いただけで昔を懐かしく感じる者、わくわくする者もいるんじゃないだろうか。俺はこんだけ長い休みは俺達のような学生に神から贈られた宝だと思う。部活の予定が容赦なく入ってることは好ましくない上に夜はバイトがこんにちはだが、やっぱり学校で勉強しなくてもいいというのは大きな幸福だ。
「うーん。水嶋さんが金曜で……」
「佐倉、何してんだ?」
終業式とHRが終わった教室で一枚の紙と睨めっこしていると向こうからたくさんの課題を抱えた岡田が職員室から帰ってきた。岡田は課題を机にバンと置くとこちらに歩いてくる。
「夏休みのバイト振り替え。水嶋さんっていう人がいるんだけど、夏休み中に子供つれて実家に帰省するから曜日代わってほしいって頼まれたんだよ」
「へー。お前、部活有りで週2で働いてんだろ? この前、体調壊したばっかなのに大丈夫か?」
「あー、大丈夫大丈夫。もうピンピンしてるし」
岡田はそうか、と安心した顔をする。こいつには結構心配かけたからな。今度何か奢ってやろう。俺がもう一度紙に目を戻すと、岡田が机に手をあてて口を開いた。
「なあ、今年は海行こうぜ」
「おお! いいな、海!!」
「だろ! 春山達も誘おうぜ!」
「おう。男だけじゃむさいしな」
俺達は意気投合して夏休みの予定を決めた。部活とバイトがあるといっても暇な日はあるし、課題もそんなに多くはない(赤点野郎の岡田はたくさんあるようだが)ので結構すんなりと決まる。
学校最終日だが、俺も岡田も部活があるので教室で別れた。
「おせーぞ、佐倉」
「わりぃ。岡田と駄弁ってたら遅くなった。……つーかまだ開始時間まで全然余裕じゃねぇか」
部室につくと凄い不機嫌そうな面をした松野孝四郎がいた。こいつは俺と同じ陸上部の友人だ。所謂エースというやつで去年はインターハイにも出ている。運動も勉強も顔もよしでびっくりするぐらい女にモテるが、もうすでに彼女持ちだ。たしかB組の山崎さんという子でめちゃくちゃ可愛い子だった気がする。……何故無愛想の塊のこいつがモテるんだ?
「今、失礼なこと考えなかったか?」
「え? あはは、んなわけないだろ。……そうだ! 松野も夏休み中、一緒に海行かねぇか?」
俺は誤魔化すように話題を変える。
「海?」
「おう。岡田と話してたんだよ」
「……考えとく」
海と聞いて行くと即答しないのは、性格ジジィなのか彼女持ちという余裕のせいなのか……、男で海というワードにがっつかないとか終わってるぞ! 男として!
また松野の目付きが痛くなってきたところでプルルルル、と松野の携帯の音が鳴った。松野は自分の制服のポケットから携帯を取り出す。ちなみに松野はまだガラゲーを使っている。本人曰くスマホは使いにくいらしい。ジジィか。
「もしもし、あ? 何でだよ」
電話の邪魔にならないように静かに練習の準備をするが気になってチラリと松野を見る。その声と様子から少し苛立っているようだ。
するといきなり視界にズイッと携帯が現れた。その携帯の持ち主である松野を見ると目で「出ろ」と言われた。しかも相手の名前も言わねぇし。お前の口は飾りかよ?
「もしもし」
「佐倉君? 朝妻だけど」
――ん!? 何で!?
まあどうせ深瀬という陸上部一のアホ野郎からだろうと高を括っていた俺は携帯から出てきた声を聞いて顎が外れるかと思った。
「あああ朝妻!?」
「うん。単刀直入言うけど七月中空いてる日ある?」
「七月中? あるけど何で?」
「付き合ってほしいところがある」
「……」
付き合ってほしいところ……。うん。ちょっと一瞬だけリア充的な想像したけどそんなことはないだろ。何たって朝妻だ。そりゃ、朝妻みたいな可愛い子と付き合えたら男は十中八九喜びそうだが……。いや、でもちょっとなら期待しても……。
「佐倉君?」
「は、はい!?」
「空いてる日ある?」
「おう! あの24日か29日なら空いてる!」
「じゃあ、24日で。朝9時に校門で待ち合わせでいい?」
「大丈夫!」
「そう。じゃあそういうことで」
その瞬間プッと電話が切れる。俺は無言で松野に携帯を返す。結局行くって返したけどこれで良かったのか?
「朝妻何だって?」
「七月中の空いてる日に付き合ってほしいところがあるって」
「了承したのか」
「……した」
「そうか」
松野はもう何も言わず練習メニューの確認をしている。……あれ、何で朝妻は松野の携帯番号を知ってるんだ?
ふと浮かんだ疑問に頭を捻る。朝妻はあまりクラスの奴等と話したり絡んだりしている姿を見たことがない。それに朝妻と松野が話しているところだって見たことないし。
「なあ、松野って朝妻と仲良いのか?」
「……はあ!? ふざけんな」
「お、怒んなよ」
仲良いのかと聞いただけで怒る松野の様子からあまり松野の方は朝妻にいいイメージを持っていないようだ。
松野は溜め息をついて嫌そうに口を開いた。
「あいつには弱味握られてんだよ……」
「弱味? 弱味って何だ?」
「言うわけないだろ」
「ええ!? 何でだよ!教えろよ」
「断る」
何度聞いても言おうとしない松野。こうなったらテコでも動かないからな。俺が諦めて違う質問をした。
「じゃあさ、その弱味を朝妻が周りに言いふらしたら本当に困るのか?」
「……困る」
小さく呟く松野は本当に困った表情だ。鉄面皮のこいつがこんな顔を見せるのは初めてかもしれない。
「け、けど朝妻だって人間だし本当に嫌がったらそんなことしないと思うぞ」
「……お前はわかってないな」
松野は静かにメニュー標を閉じた。
「朝妻は佐倉が思ってるほど人間臭くないし、あいつは俺等に対した興味も持ってない。俺にはあいつが味方なのか敵なのかわからない……いやどっちでもないだろう」
「味方とか敵とか――」
考えすぎじゃないかと言おうとしたところを遮るように松野は立ち上がる。
「俺にとってあいつの存在は1割のメリットと9割のデメリットだ」
「1割のメリットは何だよ?」
「……山崎に隠してたこととか言えて全部受け止めてもらえた」
「リア充アピールかよクソが」
「けど……それを差し引いてもあいつの存在はデメリットのが大きい。だから朝妻の存在がお前にとってメリットになるかデメリットとなりうるのか、しっかりと見定めた方がいいぞ」
それだけ言うと松野は部室を出ていってしまった。あいつ、言うだけ言いやがって……。一人取り残された俺は部室にあるベンチに寝転んで目を瞑った。
俺が松野の言っていた言葉の意味をなんとなく理解し後悔したのは4日後の24日だ。約束なんてしなきゃよかったよちくしょう。