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 俺は学校で朝練がない日は自主トレとして家の近くの公園の周りを走っている。前にも言ったかもしれないが俺は陸上部だ。夏には大きな大会もあるため、ここ最近は走る距離を増やしていた。


 これはその時にあった話だ。




 六月下旬の朝。


「あっつ…………」


 さすが、初夏ということで結構、日差しが強くなってきていた。けれど、昼は暑いが朝はまだ涼しい風が吹いていて、時折吹く風が心地いい。それにこの辺りはキレイな花が咲いており、それを眺めて走るのも結構、楽しいもんだ。

 そこで俺が花を眺めていると、後ろから見たことのあるおばあさんが歩いてきた。見たといってもここを走るときに見かける程度だが、おばあさんも俺の顔を何となく知っているようで、声をかけてくれた。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」

「毎日、走るなんて偉いわねぇ」

「そんなことをないですよ。おばあさんも毎日、花の手入れしたり凄いですね」


 そう。たまに公園内を走るのだが、このおばあさんは毎回、公園の草木の手入れをしている。この公園がキレイなのはこのおばあさんのおかげなんだろう。


「ふふふ、暇だからよ。この年になると誰も相手にしてくれないからね」

「そんなこと……」

「いいのよ。今はこの花達の手入れで人生輝いてるんだから」


 おばあさんは公園内の道沿いにある花を見ながらそう答えた。


「ここの花、綺麗ですよね。俺は花とか詳しくないけど、やっぱりこんだけ綺麗に花が咲いてると走ってても気持ちいいし……」

「あら! そう言ってもらえると頑張ったかいがあるわ。貴方も練習頑張ってね」

「はい!」


 おばあさんは別れ際にも手を降ってくれた。それと同時に俺は自分のばあちゃんのことを思い出していた。俺のばあちゃんは幼いときに死んでしまった母と昔から単身赴任でいなかった父の変わりに俺を育ててくれたのだ。まあ、一年程前に亡くなってしまい今は一人暮らしだが。

 そしてその日は特に何もなく過ぎた。





 あれから二週間たった頃。

 梅雨も明けて、だいぶ照りつけるような暑さがやってきた。相変わらず、俺は朝のジョギングをしていたのだが、その辺りから体に異変が出始めた。



 いつも通りのランニングの後。俺は公園の入り口にあるベンチに腰かけた。


「はぁ……はぁ。喉乾いた……」


 ヤバイ。尋常じゃないほど喉が渇いてる。確かに公園と言ってもなかなか大きく一周、三キロ程あるので二週もすれば、だいぶ距離があったりするから喉が渇くのは何ら不思議ではないのだが、何度も言う。渇き具合が尋常じゃない。家から持ってきたペットボトルはすでに空になっていた。

 どうしようか。いつもそのまま家に帰るのだが、今日はあのボロアパート(我が家)にたどり着く前に死にそうだ。

 背に腹は代えられないと、仕方なく、公園の中にある自動販売機で飲み物を買うために、公園の中に入っていった。

 公園内には人があまりおらず、しんと静まり返っている。ふと、思う。いつもこの時間に公園に咲いている花の手入れをしているおばあさんがいないなと。それにいつも煩いくらいに鳴いているセミの声も聴こえてこない。

 何か、煩いのも嫌だけど、ここまで静かなのも考えものだな。そんなことを考えながら自動販売機へと進む。

 適当なスポーツ飲料水を選んで買う。ペットボトルの蓋を勢いよく開けて、流し込んだ。


「っ――――はぁ………………」 


 喉に水が伝うのが感じられる。なんとなくまだ喉に何か違和感を感じながらも一息ついた。その時。


『グ………ルゥ…………………イ……』


「ひぃ!?」


 何かの呻き声の様なものが聴こえて、情けない声が出る。辺りを見渡すが誰もいない。何なんだよ。

 何だかその場にいてはいけないと本能が叫んでいる。だから俺は急いで公園を出た。





 あれから更に一週間。

 俺の体の状態は良くなるどころか悪化する一方だった。四六時中喉が水を欲していて苦しい。だけど水の飲みすぎで、胃が荒れるわ、下痢になるわで体は完璧に水を拒絶していた。


「佐倉、大丈夫か?」

「おが……だ…………」


 五十分間、授業のせいで水が飲めなかった俺の喉は限界だった。心配そうに岡田が声をかけてくる。


「お前、一度病院に行った方がいいって」

「だ……い…………ゲボッ、ゲボッ…うぇ…………」


 大丈夫、と言おうとしたところで喉が引っ掛かり咳が出る。咄嗟に岡田が背中を擦ってくれる。俺は水の入ったペットボトルに手を伸ばす。だが、その腕を岡田に勢いよく掴まれた。


「これ以上駄目だ!! やっぱり、早退して病院行け!!」

「……」


 岡田はそう言ってくれるが、喉が渇きすぎで病院に行くのもアホらしい気がして、中々行く気になれない。たぶん、行ったところでそんなことで来たのか、という冷たい目をプレゼンされそうだ。





 その日の午後。

 部活に出ようにも、こんな状態じゃ参加させられないと顧問に止められ、素直に帰ることにした。


「はぁ゛……」


 溜め息もガラガラ声になり、どうしたらよいかわからない。このままじゃ、大会も出られるかわかんねぇな……。

 正直、どこもかしこもおかしくて何が辛いのかわからない。寝不足で頭は痛いし、喉は渇いてるし、胃は荒れてるし、腹は下してるし……。と、そこまで考えて空がぐるっと回り、何も見えなくなった。







 パサパサとしたひどく、不安定な感覚。目を開いても、強い光のせいで何も見えない。


「っ――――!?」


 声がでない。いや、それだけでなく身体中が焼けるように熱く、まるで水が全て抜けてしまったような感じがした。辛いのに涙も出てこない。その時、頭の中に直接何かが響く。


『ゴメ……ン…ナ…………サイ………………』


 泣いていた。いや、涙は向こうも流していない。ただ、啼いていた。それはカラカラに渇き地に横たわっている。

 小さく反芻する言葉に心の中で「大丈夫、俺もごめん」と答えた。本当は声を大きくして叫びたかったけど、俺に口なんて無かったから。








「おはよう」


 目を開いて、見えたのは見知らぬ天井……ではなく、俺ん家の古びた天井だ。顔を横にすると朝妻がいつも通りの無表情で俺を見ている。


「不法侵入罪?」

「倒れた貴方を連れてきた私に対してその態度?」


 そこで思い出した。俺、倒れたんだ。


「花、死んじまったんだな……」


 あの夢のような世界。あそこで啼きながら謝っていたのは、三週間前まで公園で美しく咲き誇っていた花達だった。けれど、あの夢では見る影もないほど、枯れて息絶えようとしていた。


「気づけなかった……」


 ずっと花達は俺に訴えてくれていたのに。助けてと、水がほしいと。


「あそこで花の手入れをしてくれていたお婆ちゃん、七月に入ってすぐに亡くなってしまったらしい」

「……朝妻もあのおばあさん知ってるのか?」

「うん。いい人だった。とても綺麗な人だった」

「……俺もそう思う」


 布団に顔を押しつけて泣く。喉の渇きもさっぱりなくなっていて、あの夢と違い今度は涙がたくさん出た。






「それじゃあ、帰る」

「おう。色々、ありがとな」


 あの後、家が色々と酷いことになっていることに気づき大掃除をした。よくよく考えると、この二週間、まともな生活をしていない。何を食べたかもよく覚えていないため、よく生きていたなと、今になって染々思う。


「あの公園の草木の手入れをしてくれる人を見つけたから。あの花達は死んでしまったけど、土はまた生き返るよ」

「……よかった」

「あと、助けが遅れてごめん」

「いや、確かに花は死んじゃったけど……」

「違う。貴方のこと」


 朝妻はまっすぐな目を俺に向ける。


「最初、花達は貴方も道連れにするつもりだった」

「それは……」

「殺そうとしてたってこと」


 それを聞いて俺は背筋がゾッとした。だってもし……もしも朝妻が助けてくれなかったら俺はそのまま死んでいただろう。今まで気にしないようにしていたけど現在、俺を取り巻くこの環境は客観的に見ても異常だ。前の黒い液体みたいなものも二人三脚の奴も、俺一人だったら……。


 朝妻はじゃあねとだけ言って出ていってしまう。もっと聞きたいことがあったが俺は朝妻を追いかけられなかった。だって部屋の中に女の不気味な笑い声が聴こえたから。




 誰の声かなんて考えたくもない。




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