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掃除



「みんな、文化祭お疲れー!!」

「お疲れー!!!!!!!!!!」

「終わったあああああああああああああああ!!!!」

「楽しかったねー!!!!!!!!」


 C組委員長の掛け声に皆がお疲れー!!、と叫んだ。文化祭前日のC組メンバーは精神的追い込まれ、現場も修羅場と化していたが、何とか当日を完成の状態で迎えることができ、二日間の文化祭は幕を閉じた。正直、文化祭準備期間と比べて文化祭本番はとても短かったような気がする。


「佐倉! お疲れ!」

「岡田」


 振り返ると血にまみれた……いや、絵の具の赤に染められた岡田が立っていた。


「お疲れ」

「あーあ、もっとお客さんの悲鳴聴きたかったのになあー」

「悲鳴凄かったよな」


 俺達、C組のお化け屋敷は大繁盛で行列が絶えないほどだった。驚かされるのは嫌だけど、驚かすのは結構楽しいな。装飾とか衣装もだいぶ凝ってたし、お客さんとして入ったら相当怖いだろう。俺なら絶対入らないね。


「ほらそこ!! 片付けが終わってないよ!!」

「うげ、春山……」

「げって何よ?」


 岡田の見る先にはC組委員長である春山優奈が仁王立ちしていた。彼女は柔道部所属で口も力も強い。西高バトルロワイヤルなんてやったら間違いなくこいつがチャンピオンだ。その証拠にほら、不穏なオーラが出てるぞ。オーラが。


「ある程度まで片付けないと後夜祭出れない決まりなんだから、協力してよ」

「ん!? ……そうだ! 後夜祭だよ! まだ文化祭は終わってねぇ!」


 急にテンションを上げる岡田。まあ、無理もないだろう。この西高は文化祭後の後夜祭の盛り上がり具合が半端じゃない。西高軽音部がロックでぶっぱなして観客もヘビメタ始めるぐらい盛り上がる。去年、最初はよくわからず若干引いたが、五分もすれば武道館という名の体育館の雰囲気に呑み込まれる。あれはヤバイ。


「よっしゃあ!! ちゃっちゃと片付けて後夜祭行こうぜ!!!!」


 そう宣言すると同時に岡田は片付けに取りかかる。釣られるように俺も近くの段ボールから順にまとめ始めた。






 それから二時間後――。

 準備には相当時間がかかったものの、後片付けは結構順調に進んだ。何故なら、壊さないようにとか気を使う必要がないからだ。それどころか皆、率先して壊してゴミ袋につっこんでいる。そして、岡田が最後の装飾を取り外した。


「やったー!! 本当に終わったあああ!!」

「これから後夜祭だあああ!!」

「早く体育館行って陣取りするぞ!!!!」


 歓喜を上げるC組の奴等は続々と教室を出ていってしまう。郷田先生の廊下を走るな、の怒号が聴こえるのは皆全速力で走っているからだろう。


「佐倉! 俺達も早く行こうぜ!!」

「おう!」


 ゴミ袋を端へ寄せていた俺は岡田達のいる方へ駆け寄る。しかし、その瞬間だった。


「え?」


 視界に黒いものが横切る。思わず俺は辺りを見渡してしまった。確かに黒い物体だか布だかの様な物が左側を通ったはずだった。だが、何もおかしなところはない。荷物などが積まれているが、いつもと変わらない教室だった。


「どうかしたか?」


 岡田が不思議そうな顔をして寄ってくる。


「いや、何でもない……。早く行こう」


 俺は強引に岡田を引っ張って教室を出た。





ワアアアアアアアアアアア!!!!!!!!


 俺達が着く頃には体育館は歓声に包まれていた。ステージでは西高No.1の人気を誇るダルバドが演奏している。


「あああ!! 出遅れた!!」


 岡田が悔しそうに頭を抱えた。そういやこいつダルバドのファンだったな。


「何曲目だ?」

「まだ、一曲目っぽいよ!!」

「よっしゃあ!! 佐倉! 前行こうぜ!!」


 岡田はズンズン前へと進んでいく。けど、俺はそれについていかなかった。いや、いけなかったのが正しい。だってそこらじゅうに黒い物が蠢いている。しかもただ黒いだけじゃない。それには無数の目や口、耳がついていた。ステージにも生徒達の足元にも。


「ん? どうした?」

「その……黒いのが……」

「黒いの? 黒いのって何だ?」


 見えてないのか、岡田はきょとんとした顔をしている。俺は黒いのが見えると言おうか一瞬迷った。今まで考えないようにしていたけど、もしかしたら自分がおかしいのかもしれない。あるはずのないものを自分で作り出してるだけじゃないか? そんな考えが俺の中でぐるぐると回った。


「わりぃ。俺、調子悪いからちょっと休むわ」

「え、大丈夫か?」

「おう。ちょっと静かなところに行ってくる」

「……わかった。無理するなよ?」

「ああ」





 結局俺はそのまま体育館にいるのもいたたまれない気分になって、教室に向かっていた。しかし、他の教室の電気は消えているのに俺達の教室だけ明かりがついている。誰か残っているのだろうか。俺は恐る恐るドアを開ける。


「あ、朝妻?」


 目の前には箒を持った朝妻がいた。


「佐倉君。どうしたの?」

「どうしたのって……。朝妻は何してんだよ?」

「掃除」

「いや、その、掃除ってことはわかるけど何で一人で掃除してるんだ?」


 朝妻は後夜祭出るタイプじゃないことはわかるが、こんなところを何故掃除しているのかはわからない。第一、後夜祭に出ない生徒は大体がさっさと帰ってしまう。わざわざ掃除する奴はそうそういないだろう。


「佐倉君は何でここにいるの?」

「え、そりゃ……。朝妻ならわかるだろ」

「うん。……なら佐倉君も私が何してるかわからない?」

「いや、そんなのわから……っ!?」


 否定しようとしたその時、朝妻の後ろに隠れて見えなかった黒い物がチラリと見えた。だけど、その一瞬で背筋がぞくっとした。何故なら、その黒い物は体育館で見たものと全く同じだったからだ。


「掃除って……そいつらの?」

「うん」


 朝妻の淡々とした態度は変わらない。まるで慣れきったことのようだ。


「そいつらが何なのか聞いてもいいか?」


 別に聞かなくてもよかったことだと思うが、やっぱり好奇心は押さえきれなかった。最近こんなのばかりじゃないかと思うし、うんざりしているのは事実だが、知りたいと思ってしまうのが人の性というものだろうか。

 朝妻は一度考えるような表情をするが、すぐに目線を上げ、口を開いた。


「あいつらは今日、ここに来ていたお客が捨てていったゴミ」

「……お客が捨てていった?」


 なんだそりゃ……。どう見てもあの黒いのがゴミには見えないし、あんなものどうやっておいてくんだ?


「人が見たもの、聞いたものその全てはその人の記憶をとして蓄積される。けれど、人は要領以上の記憶を記録することは出来ない。だから無意識に人はこうやって自分の記憶を捨てていく」

「その捨てられた記憶がゴミってことか?」

「そう」

「で、あんな黒い化け物になんのか?」

「あれは特にたくさんの人がいる所ではその捨てられた記憶、つまりゴミは他の人のゴミと集まって交わって大きくなったもの。ほっとけば何か他の悪いものになる可能性になる」

「今この状態は害とかないのか?」

「ない」

「けど何で朝妻が掃除するんだ?」

「悪いものになったら憑かれやすい誰かさんが煩いから」

「……」


 何だ? それは俺のことか? 俺のことなのか?

 文句を言ってやりたかったが、本当のことなので黙るしかなかった。ちくしょう。


「それ、俺らにしか見えてないのか?」

「ほとんどの人には見えてない」


 ゴミと呼ばれた記憶は今だ、黒く蠢いている。目を瞬きさせたり、口から呻き声を上げていて直視するのが躊躇われる程だった。


「そのゴミというか、記憶はどうするんだ?」

「こっちの袋に入れてゴミ捨て場に持っていく」

「お、おお……。なんか普通のゴミみたいな扱いだな……」

「記憶は生きてるから。焼いてしまえば消えてなくなる」

「え!?」


 記憶は生きてる。その言葉を聞いて何故か体がぞくっとした。さっきから目を逸らしていたが確かにあの記憶の塊は何かを見つめ、息をし、俺達の会話を聴いているように見える。だから、朝妻がそう言った時、まるで記憶が捨てられた子供のように見えた。正直、自分でもあんな黒い化け物の様な物に同情するなんておかしいと思う。だけど、心がざわざわとした。


「幸せな記憶も不幸せな記憶も、人は捨てていく。そうやって人は生きる」

「良くないことなのか? 確かに幸せなことを忘れちゃうのは嫌だけど、嫌だったことを忘れるのはいいことじゃないか?」

「そうなのかも……しれない」


 朝妻はそれっきりなにも言わなかった。そういえば朝妻がこんな様子なのは初めてかもしれない。いつもの朝妻はわざとはぐらかすか、断定したように物事を言い切る人だ。どこか、浮世離れしたような人。けど今は、悩んでいるような顔をしている普通の少女に見えた。

 朝妻の言う通り、俺も大切な記憶を無意識に捨てているんだろうか。


「朝妻」

「何?」

「行こう」

「え?」


 俺はがっと朝妻の手を掴み、引っ張るようにして教室を出た。


「どこ行くの?」

「体育館。たぶん後夜祭半分くらい終わっちまったかもしれないけどまだ間に合うだろ」

「けど掃除が……」

「後で俺も手伝うから行こう」

「……」

「幸せなことを忘れちゃうなら、捨ててしまったなら、また作ればいい」


 俺は一度立ち止まって振り返る。体育館にはたぶん、ゴミがあると思う。けど朝妻が害はないと言うのだから今のところは大丈夫なんだろう。一方の朝妻はいつも通りの淡々とした態度だ。


「……いいよ」


 廊下に小さくこだまする声。その中で赤い夕日と闇が混ざりあっていた。



 それはまるで、生きた記憶が焼却炉で焼かれるような光景だった。



 

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