二人三脚
「なあ、二人三脚の子供って知ってるか?」
「は? 二人三脚の子供?」
昼休み、弁当を食べ終えてちょっと寝ようと思っていた俺をわざわざ叩き起こしたこの男、岡田竜二。それだけの理由があるのかと思えば、二人三脚の子供とか訳のわからないことを言い始めたことに若干、殺意が沸いたのは秘密として。
「知らねー。おやすみ」
「ちょっと! 寝るなよ! 真面目に言ってるんだぞ!」
「うるさい。俺は眠いんだよ」
「おまえの家の近くの話だから言ってんだよ!!」
「あー! 分かったから、話せ!」
そう言った岡田は、焦った様子だ。普段おちゃらけた雰囲気とは連想されない姿にちょっと驚く。まあ、この前の黒ペンキの一件もあったし、聞いてみて損はないだろう。
「実は、ここら辺でな、二人三脚して歩く子供が出るんだよ。けど、その子供たちの足がおかしいんだ」
「足がおかしい?」
「おう。なんつーのかな……、お互いが縛る足が一本しかないみたいな」
「どういうことだよ?」
「なんか、説明しにくいけどとりあえず、普通じゃないんだ」
いや、全然わかんねーよ? 岡田、説明下手くそ過ぎる。話聞いて欲しいならちゃんと言葉をまとめてから言え。
「見たら多分、わかるぜ。でな、そいつらに会うと足貸して下さいなって言われるんだ。そこで、手は貸せるけど上げられませんって答えなきゃいけないらしい。次は足の紐を外してって言われるから、いいよって答えて、一瞬、外してあげる。けど外したままじゃ駄目なんだよ。すぐにまた、結び直してその場から走って逃げるのが正解らしい」
「らしいって誰から聞いたんだ?」
「A組の深瀬。」
「じゃあ、信じられねーな」
あいつは適当野郎だ。十中八九、騙されやすい岡田をからかったんだろ。深瀬とは部活が一緒で、中々面白い奴だからよくつるむが、たまに悪ふざけで嘘をつくからな。まあ、騙される方がぶっちゃけアホだと思う。こんな騙されやすい岡田はこれで警官志望らしい。お年寄りを詐欺から守る前にお前が詐欺に遭うぞ……。まあ、正義感は強い方だから似合ってるっちゃ、似合ってるけど。
「気を付けろよ? なんか、お前最近めっちゃ、疲れてそうだし」
「ああ、大学資金ためるためにバイトを深夜に詰め込みすぎたからな。てか、岡田今日、委員会じゃね?」
「ああ゛!! 俺、行ってくる!!」
「行ってらー」
バタバタと走っていく岡田を確認して、俺は腕の中に頭を埋める。
けど、何故か俺は朝妻が気になってちらりと顔をあげた。朝妻は誰とも話さず、熱心に何かを縫っている。何を縫っているのか気になって、首を動かすと可愛らしい女の子と男の子の人形を縫っていた。朝妻、裁縫上手だな。
まあ、二人三脚何とかってやつも、気にすることないだろう。あんなの唯の偶然だろうし。この前の一件も偶々だろ。そう思い、俺はもう一度頭を伏せ、夢の世界に旅だった。
「おい! 佐倉! 起きろよ!」
「……う?」
起きると、岡田と数人の仲がよいクラスメイト数人しかいなかった。あれ、他のみんなはどこ行ったんだ?
「もうとっくに放課後だぞ?」
「……うへっ!? 授業とHRは!?」
「お前が寝てる間に終わったよ」
ニヤニヤしながら告げる岡田と後ろでギャハハと大爆笑する友人たち。くそ、こいつらわざと起こさなかったな。
「後でノート貸してやるから、許せって。早く帰ろうぜ」
みんなで外に出た。一緒に帰るといっても、俺はここから歩いて帰れる距離なので、こいつらとは途中で別れることになるんだが。
そこからしょーもないことを喋りながら歩く。まあ、男子高校生の話なんて下らないもんばかりだ。
「なあ、D組の梨本さんって可愛くねーか?」
「わかる! つーか、胸でけーよ!」
「あと、藤田さん! あの人、雑誌のモデルやってるらしいぞ!」
「マジで!?」
「なあ、佐倉はどう思うよ?」
「お、俺?」
いきなり、こっちに振られて驚く。いーもなにもなぁ。俺はあんまり女子と話さねーし。
「なあ、佐倉って朝妻さん、狙ってんの?」
「ん? ……はあ!? 何でだよ!?」
「だって、お前、朝妻さんと話してただろ? 朝妻さんと話すなんて付き合ってるか、狙ってんのかどっちかだと思うし」
「朝妻さんって性格変わってるけど顔は可愛いし、裏では結構人気高いよな。」
「バカ言うな。昨日、俺のバイト先に来たんだよ。で、ちょっと話して……だからだよ」
あの黒いモノのことを話そうか迷ったけど、まず信じてもらえないだろうし、変な奴だと思われるのは嫌だから黙っておこう。岡田達は納得いかないような顔してるが。そこで俺は話題を百八十度変える作戦にでる。
「そういえば、来週テストだな」
「っ!? ぐああああ!? お前、それ禁句だろうが!!」
「ちくしょう!! 佐倉のせいで思い出しちまった!!」
「じゃあ、俺こっちだから」
俺はさっと脇道に入って手を降る。あいつらは電車通学だからこの先の駅まで行かなきゃならない。普段はみんな部活をやっているので、ばらばらの帰宅なのだが、帰れるときはこうやって帰るのがお決まりになっている。ちなみに俺は陸上部だ。
帰り道は車一台通れるほどの広さ。朝や部活が終わる時間はたくさんの人が通るが、今日は部活なしの早めの時間なので全く人が見当たらない。
帰ったら勉強しないといけないな、とか考えていた時だった。
タッタッタ――――。
一定のリズムを刻んだ足音が背後からする。どうせ、よく走っている近所のおばさんだろうと思っていた俺は気にせず歩いていた。が、急に背筋がぞっとする寒気に襲われる。
何だこれ……。俺は思わず立ち止まってしまう。ああ、駄目だ。
タッタッタ――――。
後ろから近づいてきた足音は俺の背後で足踏みをするように止まっている。
「お兄さん」
可愛らしい子供の声。俺はゆっくりと振り返った。
「うあ……っ」
堪えられず出た声は俺のものだ。後ろの子供たちは肩を組んで、二人三脚をしている。けど、今まで見てきた二人三脚とは全然違う。だって、二人いるのに足が三本しか確認できない。まるで、二人の間の接している足の付け根から体がくっついているようで……。
「お兄さん。足を貸して下さいな」
ああ、昼間に岡田が言ってたやつだ。けど、何て言ってたっけ。冗談半分にしか聞いてなかったから記憶があやふやだ。
「て、手は貸せるけ…ど、あ、上げられま……せん」
これであってたっけ? くそ。わかんねぇ。
「ふーん。じゃあ、足の紐を外してよ」
「……い、いよ。」
震える手で足に手を伸ばす。確か、紐を外したらすぐにまた縛るんだよな? しかし、一本しかない足に縛られている紐はきっちりと縛られていた。焦る心を押さえ紐を外そうとするが中々取れない。つい、思いっきり紐に力をかけてしまった。
ブチッ――――。
「え?」
俺の手には切れた紐が握られている。ああ、しくった。これじゃあ、結び直せない!!
「ありがとう! お兄さん!」
「あれ? でも、紐がとれたのに足が離れないよ?」
「本当だ! どうしてだろ?」
「わかった!! 足が一本足りないからだ!!」
「足はどこにあるんだろう?」
子供たちは二人であーでもない、こーでもないと話している。そして子供は俺の足を指差してこう言った。
「足があった!」
その声と同時に俺は子供たちとは反対方向に走り出す。血の気が引いた。俺の足は多分あいつらにとられる。逃げ切れるとは思えない。だけど、逃げろ、と俺の本能が喚いていた。
「はぁっ……はぁっ!!」
逃げなきゃやばい! 後ろからは物凄いスピードで追いかけてきているのがわかる。足を止めたら確実にバットエンドだ。
けど、極度の恐怖に駆られている足でうまく走れるわけなく、転んでしまった。
「え?」
もう駄目だ、と諦めかけた時、いきなり目の前に一つ、人形の足が転がってきた。何も考えず、咄嗟にそれを取り後ろに投げつける。
…………。
すると今まで聞こえていた足音が消え、自分の上がった息づかいと心音だけが聞こえてくる。
どういうことだ? 俺は助かったのか?
「ひっ!!」
突然、視界に人の手が現れ、あいつらに捕まったのかと思った。けど、ちがった。俺の目の前にいたのは……。
「あ、朝妻?」
「さっきのは何だったんだよ?」
「さあ?」
「絶対、お前何か知ってるだろ!」
「そうだね。けどあの子等が何なのかは聞かない方がいいと思う。」
「……」
あのあと、腰が抜けて動けなくなった俺は朝妻の手を借りて近くの公園のベンチに腰かけていた。情けないとか言うなよ? マジで怖かったんだんだよ!!
「なあ、あの人形の足ってお前が寄越したんだろ?」
「うん」
淡々とした調子の朝妻。けど、この前の一件と今日のことも朝妻が無関係とはどうしても思えない。だから、今日こそ何か情報を聞き出そうと思う。
「佐倉君って面白いね」
「はあ?」
「佐倉君ってつかれやすいでしょ?」
「疲れやすい? そんな弱々しいつもりはないけど……。」
「字が違う。憑かれやすい。幽霊とかの」
……はい?
今何て言った? 幽霊? いや、そんなのもうとっくに卒業する年だろ?
俺がポカンとしていると、朝妻は立ち上がって歩いて行ってしまう。
「ちょっと、待ってくれ!! あれも幽霊なのか?」
「あの子達は幽霊ではない」
朝妻は公園の入り口で足を止めた。そして振り返り、フフッと笑っていった。
「あれが本当の二人三脚ってね」
いや、全然面白くないし、笑えないから。