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黒い液



「あーあ……。またかよ……」


 バイト先であるコンビニのレジに立っている最中。そこで小さく呟く俺の気分は最低最悪だ。……何故って? 理由は簡単。雑誌のコーナーの後ろのガラスに塗られた黒いモノ。まるでペンキを塗ったような光景に溜め息が出た。





 初めてこの黒いのを見たのは丁度一ヶ月前。


「なんだあれ……?」


 入り口のガラスにペンキのような黒がベタッと張り付いていた。イタズラだろうか。


「水嶋さん、俺、店の入り口拭いてきますね」

「え? ああ、そうですね。お願いします」


 どうせ、近所のガキ共の仕業だと思い、俺は雑巾と水を入れたバケツを持って店を出る。幸い、客は今居なかったから水嶋さん一人で大丈夫だろうと思ったんだよ。


「たくっ……誰だよ。こんなイタズラする奴」


 それで愚痴を溢しながらも、水で湿らせた雑巾をガラスに押しあて擦った。だけど、俺の体より一回り二回りも大きく黒で塗りつぶされているそれはなかなかとれない。何だこれ、まさか本当にペンキが使われているのか? と、俺が軽く絶望していると後ろから声がする。


「佐倉、お疲れー」

「店長!」


 俺の後ろにはこの、コンビニ店長が立っていた。


「窓掃除とは感心だな。給料は上げねぇぞ?」

「違いますよ。ていうか、この落書き見てわかるでしょう!」

「はあ? ……そんなもんないじゃないか」


 店長はイタズラされた窓をまじまじと見つめいった。


「え、だってここに……」


 確かにある黒い影のような模様。しかし、店長はなにも見えていないようだった。


「お前、疲れてんだよ。窓掃除はいいから前出しやってくれ」

「……わ、分かりました」


 店長は憐れみの目を俺に向ける。

 店長に見えてないのか? いや、でもこんなにくっきりとしたモノが見えないなんておかしいだろ。まさか、俺を騙してるとか……?

頭の中でぐるぐる回るが、考えても仕方ないと思い、その時は放っとくことにしたんだよ。





 ……うん。放っといた結果がこれだよ!

 この黒いの、消えるどころか日に日に巨大化してやがる!! 初めて見たときは店の表の十分の二だった大きさが十分の七に成長したぞ!! 外もう見えねぇよっ!!

 しかも何故か、俺以外の奴には見えてないようで、他の人は知らん顔している。何? 俺がおかしいの?


「はぁ……」

「つかれてるね」

「そうなんですよ。もう何が何だか……え?」


 いきなり声をかけられ、びっくりする。顔を上げた先には、見たことのある少女がいた。


「……朝妻? 何でここに?」

「買い物」

「そ、そうだよな!」


 当たり前のこと聞いてすんませんしたぁッ!! と、心の中で謝罪する。

 彼女は「朝妻結子」。俺のクラスメイトの女子なのだが、変わり者と有名でクラスでも女子特有のグループに属していない唯一の人物だ。実は、朝妻とは今日が初会話だったりする。まあ、元々俺が女子と話したりしないからってのもあるけど。


「そういえば! 朝妻、ここに来るの初めてだよな? 家、近くなの?」

「いや、正反対」

「あ、そう……」


 会話終了!

 冷たすぎる。……けど、よくよく考えれば無理に話す必要ないよな?

 もう黙ろうと決めた俺は一つ、気になることがあった。もう彼女と話す機会なんてないだろうし、最後と思って俺は口を開いた。


「なあ、何で傘持ってんの?」

「雨が降るからよ」

「こんなに晴れてるのに?」


 天気予報では一日中、晴れだと言っていた。何より、今の空は清々しい程に澄みわたった青だ。雨が降るとは考えにくい。だが、彼女は大きな赤い傘を手に持っていた。

 朝妻は小さく、「降るわよ」と答えると外を見た。俺は彼女の視線があの真っ黒な影に向いていることに驚く。しかし、すぐに彼女が影を見ているのではなく、空を見ていることに気付き、頭を降った。


「ねぇ」

「な、何?」


 朝妻はこちらに視線を戻し、いつもと変わらない無表情で言葉を紡いだ。


「雨が降っても傘をささない方がいい」

「……へ?」


 彼女はそれだけ言うと、さっさと出口にいってしまう。傘をささない方がいいってどう意味だ? ていうか、朝妻何も買ってないよな。何しに来たんだよ。




 で、そのあとは何も起こらず、ただ忙しく働いた。今日は四時から十一時、計七時間の仕事だっため、くたくただ。早く帰って寝たい。


「それじゃあ、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様です」


 疲れきった俺は、水嶋さんに挨拶をして店を出ようとした。その時だった。


ポツポツ――――――ザアア――――。


「あ、雨?」


 雲一つない青空は灰色に染まり、いきなり、土砂降りの雨となる。最悪だ、傘持ってないのに……。


「どうしよ……」

「あら、雨降ってきちゃいましたか。おかしいですね。天気予報では晴天マークだったのに……」


 中からごみ出しに出てきた水嶋さんが、不思議そうに呟いている。


「佐倉さん、傘持ってますか?」

「いや……」

「ちょっと待っててください」


 水嶋さんはにっこりと笑って、店の中に入って行く。そして、すぐに折り畳み傘を持って出てきた。


「これ、ずっと置きっぱなしだったんですけど使ってください」

「えっ! いいんですか?」

「ええ。もう一つ置き傘があるので構いませんよ」

「あざすっ!!」


 水嶋さん、マジ女神!! さすが二児の母!! 優しさで溢れてる!!

 俺は頭を下げて受け取った。いやー、助かったわ。この土砂降りの中、傘無しで帰るのはキツいもんな。


俺は水嶋さんに貸してもらった傘をさして、店を出た。

しっかし、スゲー雨だな。バケツをひっくり返したような雨で水溜まりがあちらこちらに出来ている。

 そういえば、昼に来た朝妻は何で雨が降ることを知ってたんだろう? 百歩譲って天気が読めるならわかるけど……。それに、彼女は傘をささない方がいいと言ってた。それって、どういう意味だ? 俺にぐしょ濡れになれと言っていたのだろうか。


「うーん。わかんねー」


 考えても答えは見つからない。考えるのを諦めかけたその時だった。


「うわぁ!!」


 いきなり、足に衝撃が加わった。ばっと下を見ると俺の足を黒い何かが絡み付いている。


「な、何だよ!?」


 払い落とそうと必死に足を動かそうとするが、黒いモノは強い力で俺の足を縛り付けていて動けない。そして、徐々に体を上ってきた。足から肩近くまで縛り付けられる。


「ぐっ――――!?」


 苦しい!

 とうとう喉にまでやってきた黒いモノは俺の首を絞める。助けを呼ぼうにも、息ができず、口から出るのは音のない掠れた声ばかりだった。第一、この道は人通りが少ない。これ、マジでまずいんじゃないか!?

 けど、どうしたらいい? 酸素が行き届かず焦ってばかりの頭では何も思い付かない。


「っ―――――」


 目の前が真っ白になり、意識が遠くなる。

 ああ、死ぬんだな。と、覚悟したそのときだった。


『傘はささない方がいい』


 朝妻の言葉を思い出す。何故、彼女があんなことを言ったのか分からないが、一か八かだ。

 俺は右手に持っていた傘を放り投げる。手から離れた傘は宙を舞って、離れたところに落ちる。大粒の雨が俺の顔に、首に、服に落ち、濡らしていく。


「あっ!!」


 その瞬間、締め付ける力がなくなり、体が自由になった。力の入らない俺はへたり、とその場に座りこむ。


「はあ……はあ、……っ……ペンキ?」


 自分の体を見ると黒いペンキのような液体で汚れていた。




「うわっ!! 佐倉、その首どうしたんだよ!?」

「あー、色々あってな。気にすんな」


 次の日の月曜。

 夢だったと思いたかった俺の首には紫色の締め付けられた痕がくっきり残っていた。その上、昨日着ていた服は黒く汚れ、染みになっている。

 友人たちは物珍しげに俺の首元を見ている。


「あ! 朝妻! ちょっと!」


 教室に入ってきた朝妻を見つけ、一目散に駆け寄る。昨日起こったことについて彼女が何か知ってるように思えたからだ。

 俺は朝妻の机に手を付いた。一方、朝妻は俺の首を見ても顔色一つ変えない。


「傘、さしたのね」

「やっぱり! 昨日の黒いやつが何なのか知ってるんだろ!?」

「知らない」

「嘘つけ!!」

「本当」


 朝妻は譲らず、知らないと言い張る。


「けど、一つ言えるのは……」


 朝妻は小さく、付け足すよう言葉を放った。



「乾く前に流せて良かったね」


 



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