1-3 曲刀・湾刀-Scimitar-
あくる日、ファンとマールは市場へ食材を買い物に出ていた。
穏やかな陽射しの中、うららかな時が流れている。
「平和よねぇ・・・」
ファンがのんびりとマールに問いかける。武器屋として平和なのは
どうなのか、と思ったが平和なのは悪いことではない。
ふとマールが市場の奥を見るとそこだけ人だかりが出来ていた。
「あれ、何かやってるみたいですよ」
「行ってみようか!」
言うが早いかファンが走り出す。元来、好奇心が旺盛なのだろう。
そこには3人の海賊の風体をした、いかにも悪そうな人相の
男たちと1人の甲冑騎士が対峙していた。
「このヤロォ、なめた口ききやがって。命が惜しくねぇのか!」
海賊らしき男が大声で怒鳴る。手にはカトラス-Cutlass-と
思わしき曲刀が握られている。
「ふ。そんなナマクラ刀で私が切れるのかね?」
騎士は剣も抜かずに挑発する。
「なんだとォ!野郎ども、やってしまえ!」
海賊のリーダーらしきが手下に命令する。
たちまちその場は喧騒に包まれた。
海賊の1人が甲冑騎士に向かって刀を振りかざす。
しかし騎士は微動だにしない。
海賊は騎士の甲冑ごと、騎士を一刀両断にしようと
胴を狙って薙ぎ払いにきた。
それでも騎士は微動だにしない。
「バカね・・・」
呟くファン。
「どうして?」
「まぁ見ていなさい」
騎士の胴に海賊の曲刀が命中する。思わずマールは
目をつぶってしまった。
しかし大きな音とともに曲刀は弾き返され、次の瞬間、
海賊は騎士の放った鉄拳によってその場に崩れ落ちてしまった。
「ど、どうして??」
「見てごらんなさい、あの甲冑。あれは鉄じゃなくて上質鋼よ。
あの上質鋼に海賊風情の鋳鉄製の曲刀なんか通用するわけないわ」
なおも不思議そうな顔をするマール。
「海賊の刀ってのは接近戦、洋上で敵味方入り混じって戦うような
混戦向きの武器で、決して甲冑騎士相手で使うような武器じゃない。
そもそも潮風で鉄は錆びやすいからすぐ錆びても交換できるように
安い鋳鉄を使うのが普通だし、あの3人のもそれ。
あの上質鋼相手じゃ、刃こぼればかりで切ることはできないってわけね」
なるほど・・・
「砂漠の民が使う円月刀-Shamshīr-も似たような感じかな。
日本刀の一種である野太刀-BroadSword-もそうね。野太刀の上物は
鋳鉄ではなく鋼を使う物があるからあの海賊たちのよりはもっと
切れ味が鋭いけどね」
「いずれにせよ、あの海賊たちに勝ち目はないわよ。せいぜい自分の
武器を使い物にならなくして、尻尾を巻いて逃げるのがオチね」
マールはその話を聞いてピンとくる。ファンの手を引っ張って、
店に戻ろうとした。
「ちょっとちょっと。これから面白くなるところだってのに・・・」
ファンは口を尖らせてマールに文句を言う。
マールが店の曲刀を慌てて手入れをする。曲刀を置いている武器屋
なんてこの王都ではうちくらいだ。
「ちょっと!いきなり何してるの?」
ファンはまだ要領を得ない。マールが光沢艶出し用の油を曲刀
ごときに使うのを見て文句を言う。そんなもったいない油を使う
ような武器じゃない。
マールは構わず手入れを終えて、陳列棚の1つと何本かの曲刀を
持って外に出る。
そうしてやって来るだろう3人の客を待ちわびていた。
30分後、案の定あの海賊たちが店にやってきた。
「・・・頭いいわね」
支払いを終えて仕入れの十倍以上の利益を手にしているマールに
呆れたように言う。
「だって、さっきファンが言ったじゃない。
使い物にならなくなるって」
可愛らしい顔で笑顔になる。
この子はもしかしたら大商人になるのかも知れない。
ふとその笑顔を見ながらファンは思う。その微笑を見つめながら。