6-2 長弓-Long Bow-
マールのいないファンの店。
店主であるファンは退屈そうに店の中を見回している。
…いつも見慣れているファンの姿がない。
彼が来てからというもの、驚くほど店はきれいになり
驚くほど店は軌道に乗っている。
自分にとってかけがえのない人‥‥なのだろうか?
助けてくれた黒尽くめの男レドリックが現れて、
さらに自分の心がどうあるべきか考えてしまっている。
‥‥わたしはマールを愛しているのだろうか?
愛、という言葉を思い浮かべて、真剣に考えてみる。
頼りになる相棒で、いつまでもこの店にいて欲しい
と思う。しかしいつかは冒険者になりたいという
希望が彼にはあるだろう。
‥‥わたしには彼を引き止めることが出来るだろうか?
心の中で何回も考える。
何度考えても結論は出なかった。
ファンは何気なく店の壁を見る。
店の壁にはマールが手入れをしているいくつかの武器が
飾ってあり、その中に2つの大きな長弓がある。
1つは単弓の1種。いわゆるロングボウであり、
1つは東洋の島国の弓独特の握りの部分が下寄りに
なっている和弓であった。
どちらも長弓であり、弓を引くバランスを考えると
普通のロングボウの方が矢を射出しやすく、値段も
安い。
ただ、握り部分が下に偏っている和弓の最大のメリット
である地面を引きずらない、馬上で射出しても射易い
などは握り部分が中央になっているロングボウには
ないものだ。
マールはその和弓をとても気に入っていて、
入念な手入れを欠かしていない。
どちらも冒険者が持つような弓ではないが
いつかこの和弓を射ってみたいとマールは
よく言っていた。
ファンはその和弓を見つめていた。
―少しだけ嫌の予感がする。
その瞬間。
和弓の弦糸が弾け切れ、和弓は大きな音を立てて
飾ってある壁から落ちてしまった。
「え‥‥‥」
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
慌てて落ちてしまった和弓に駆け寄る。
「弦糸が切れたのか‥」
ファンは落ちている和弓を拾って胸に抱く。
「マール‥‥」
マールの身に何か起きたのだろうか?
ファンは嫌な胸騒ぎをしながら
和弓をじっと胸で抱き締めるだけだった。