5-4 カタール-Katar-
ファンがコボルドの巣に迷いこんでから1週間。
連日、ファンはため息をついていた。
黒尽くめの、自分を助けてくれた男。
思い出してはため息が出るのだ。
(せめて住んでいるところだけでも聞いておけばよかった)
感謝の念が絶えない。
しかも長身で自分好みの顔貌だったのも
ため息の原因であることは分かっていた。
恋心・・なのだろうか?
マールがぱたぱたと店内を掃除している姿を見る。
少し心が痛んだ。
自分はどちらが好きなのだろう?
マールなのか、それともレドリックなのか。
自分自身でも分からなくなっているファン。
いつもの午後だと思っていた。そのとき・・
「邪魔をする」
1人の客がやってくる。そして、ファンはあっと声をあげた。
黒尽くめの男―レドリックが現れたのである。
「いらっしゃいませ」
マールが明るい声で応対をする。
ファンはつい隠れてしまっていた。
「ここでは武器の買い取りはしてるのか?」
「はい」
「それはなにより。これを見て欲しいのだが・・」
そう言ってレドリックは後ろに背負った大きなカバンから
1つの短剣を取り出した。
見事な鞘に収められた、宝飾豊かな短剣。
柄はまっすぐ伸びておらず、通常の短剣や剣と異なり
握り柄のところが刃に対して垂直になっており、
斬るよりも突く仕様になっている。
「こ、これは・・・」
「ある冒険者から譲り受けたものなのだが・・どうだろう?」
「これほどのものは・・当店では買い取りできないかも
しれません」
「ほう・・どうしてだ?」
「この宝飾は明らかにこの短剣が特別な剣を表しています。
研究機関などで鑑定してもらわないと何とも言えませんが
ドラゴンキラー-Dragon Killer-の可能性もありますゆえ」
「なるほど」
「カタール-Katar-であっても、これだけ宝石で飾られていれば
かなり高名な貴族の持ちものだったと思われますし」
「そうか・・値打ち物か」
「はい。売るのは王都の学術研究機関を通してからでも遅くは
ないと思います」
・・なるほど。この店員は余程正直者と見える。
あのファンという女性の店だと言うから少し試すつもりで
やってきただけだが、なかなかどうして。
この小さい店員は正直にお客に相対している。
「わかった。ありがとう。ところで店主はいづれに?」
「あ、少々お待ちを・・ファン~~~~」
マールが大声で自分を呼んでいる。隠れているわけには
いかないだろう。
ファンは小さい咳払いをして、返事をする。
「お待たせしました・・この間はどうもありがとうございました」
2人の前に現れて、レドリックに深々と頭を下げるファン。
「いや。大したことではない。それよりなかなか良い店だな。
また立ち寄るがいいだろうか?」
ファンの胸がずきりと痛む。
「あああ、もちろんですとも。いつでもお寄りくださいませ」
ファンは痛む心と赤くなった顔をしながら再び頭を深く下げる。
マールが笑顔でレドリックを見送る。
そんな姿をファンは複雑な思いで眺めていた。