4◆見つめていたもの
温泉好きの学生が、ネットで探し当てた秘湯。渓谷沿いの高い崖の上に建つ、古びた温泉旅館で 彼が見たものは…。 情景をじっくり想像しながら読んでいただけたら幸いです。 ◆ブログから転載しました。
ある、
温泉好きの学生がいた。
バイトでお金を貯めながら
日本各地の温泉地を
訪ねるのが趣味だったが
有名な温泉は
ほぼ回り尽くしていたため
「どこかにまだ、隠れた
名湯が無いものか」…と
ネット上を探していた
彼の目に止まったのは
とある山奥の
渓谷沿いにあるという、
一軒のひなびた温泉宿。
料理や部屋は、お世辞にも
豪華とは言えないが
渓谷の崖の上に作られた
露天風呂からの眺めが
なかなか風光明媚だと
口コミで噂になっている
その宿に、早速予約を
入れてみることにした。
そして旅行当日。
時間にはかなり
余裕を持って
出発したものの、
山深い土地にある
その宿に行くためには
何度も乗り換えを
しなければならず
また、長い待ち時間など
乗り継ぎの悪さもあって
ようやく宿に着いた頃には
もう、日も落ちて
しまっていた。
受付をすませ
案内された部屋での
食事もそこそこに
早速、浴場に向かったが
長時間の移動と、
幾度も繰り返した
乗り継ぎや待ち時間で
疲れてしまったためか
屋内の大浴場に
少し浸かっただけで
すぐ眠気に
襲われてしまう。
噂の露天風呂は
屋内浴場のすぐ外に
隣接しているらしかったが
どうにも、そこまで行く
元気すら出ない。
仕方ない…。
どうせ外に出ても
もう真っ暗で
景色も見えないだろうし
今夜はサッと
汗を流すだけにして
露天風呂は明日の朝、
早起きしてゆっくり
楽しむことにしよう。
そう考え、
簡単に体を洗ったあと
すぐ部屋に戻り
その夜は早々に床についた。
。。。。。。。。
翌朝。
まだ早い時間だったが、
ゆっくり眠ったためか
疲れも取れ、スッキリと
目覚めることができたので
今度こそ露天を楽しむべく
再び浴場へ向かう学生。
大浴場に入ると
他の客はまだ誰も居らず
自分だけの貸し切り状態。
昨夜入った大浴場の
脇を通り抜け、
外の露天風呂に通じる
扉を開ける。
キィ…。
外は、思っていた通り
ちょうど朝焼けの時間帯。
朝日に照らされた
山深い緑の、美しい渓谷が
眼の前に広がる。
低い塀のすぐ向こうは
高い崖になっていて
はるか下には清い川が
さらさらと流れている。
露天風呂のほうはと言えば
あまり広くはなかったが
風情のある岩造りで、
雨除けのためのものか
背の高い、かやぶき風の
小さな屋根も付いている。
その場全体に
湯気なのか朝靄なのか
白く霞んだ空気が
立ちこめていて
より一層、
素晴らしい効果を
あげていた。
これは…
思っていた以上の、
素晴らしい露天じゃないか。
この美しい眺めは、
丸1日をかけて
苦労して電車やバスを
乗り継いで来ても
充分見る価値があるな…。
そう思いながら
露天風呂の一番奥、
少し飛び出た岩に
背中を預け
さわやかな朝の空気の中、
ゆっくり湯に浸かりながら
周りの美しい景色に
しばし魅入っていた。
…が…、
何か、どうも
落ち着かない。
こんなに綺麗な景色の中
気持ちの良い温泉に
浸かっているのに
この嫌な感じは一体何だ?
そう思って、
眼前の渓谷から視線を外し
辺りを確認してみると
見ていた景色の反対側、
先ほど通り抜けてきた
屋内浴場との境の壁。
屋内からも、美しい景色を
パノラマで見渡すためか
大きな一枚ガラスが
壁代わりの窓として
建っているのだが
湯気に霞んだ窓の
すぐ向こう側に
いつの間にか人らしき影が
立っているのが見える。
あれ…
さっきは誰も居なかったと
思ったけど、いつの間に?
その人物は
窓のすぐ内側で
真横を向いたまま
一心不乱に足元の何かを
見つめているらしい。
視線の先をたどっても
何があるのかは
わからなかったが
ただ、その見つめる目には
「怒り」が満ち満ちて
いるのが伝わってきた。
真っ赤に充血した、
今にも「何か」に
襲い掛からんばかりの
激しい怒りの目。
おかしいぞ…。
そう言えば、あの人は
何故あんな高い位置に
立っていられるんだ?
確か大浴場の床は
露天の床より
まだ少し低かったはず。
あの位置だと…まるで
…まるで、宙に浮いている
みたいじゃないか!?
まさか!
いや、それにあの表情!
生気のない、ただ激しい
怒りだけに満ちたような
あの目!
ヤバイ!!
あれは、
人 じ ゃ な い !!
そう気付いて、すぐさま
その場を離れようと
したのだが
足に力が入らず
動くことが出来ない!
まずいぞ!
横を向いているアイツが
もし、こっちに気付いたら!
あの怒りに満ちた目が
もし少しでも
自分に向けられたりしたら
…きっと自分は恐怖で
正気を失ってしまうだろう…。
早く逃げ出したいのだが
そう思って焦れば焦るほど
腰が抜け、力の入らない足。
恐怖と緊張のあまり、
気を失いかけた
その時。
「ガラガラッ」
大浴場のほうに
楽しげに会話しながら
二人連れの客が入ってきた。
フッ…。
瞬間、辺りの空気が変わり
宙に浮く男の姿も
途端にかき消えた。
よかった、
助かった…。
怒りに満ちた男の呪縛から
解放されたかのように
足も途端に
自由に動くようになり
慌てて浴場から逃げ出した。
急いで部屋に戻る途中、
青ざめた顔で
様子のおかしい学生を
心配した宿の者から
声をかけられる。
「お客さん、どうしました?」
『あぁいや、何でも…。
いや!ねぇ仲居さん、
ここの風呂、おかしく
ないですか!?
何か、出たりとかいう話、
今までありません!?』
「あぁ…、お客さんにも
見えちゃいましたか…」
そう言って仲居が
申し訳なさそうにしながら
話してくれた所によると
数年前の早朝、
この宿の浴場で
首を吊った死体が
発見された。
それからというもの、
たまに同じ早朝
こんな風に
その霊らしき姿を目撃して
騒ぐ客が出てくるらしい。
『やっぱり…、首吊り
なんですか…!
僕も見たんです!!
その人は大浴場の窓際で
首を吊ってたんですよね!』
「え…、いえ
発見されたのは
浴場内じゃないんです。
その方は、露天風呂の
雨除け屋根の梁に
紐をかけて、首を吊って
おられたんですよ…。」
・・・・!?
露天風呂…っ!?
じゃあ、
自分が見ていたのは
何故か、遠くのガラスにだけ
映って見えていた、
霊の姿だったのか?
しかも、雨除け屋根の梁、
と言ったら
自分が座っていた場所の
目の前にあったじゃないか!
じゃあ…
あの男の霊が
見つめていた視線の
先に居たのは…、
あの、怒りに満ちた目で
見下ろしていた相手は…!
†††