婚約破棄されたので、辺境の神社で花と薬草を育てます
「リリアーナ・エルフォード。君との婚約を破棄する」
きらびやかな王宮の夜会で、私は婚約者である第二王子から、そう告げられてしまった。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「君は陰気で地味だ。華やかな美しさが求められる王妃には向かない!」
彼の腕には、豪華なドレスを着た男爵令嬢がぶら下がっている。
「それに、君は薬草ばかりいじっているだろう?」
「はい。薬草は役に立ちますし、好きですので」
「ほら見ろ!」
何が「ほら見ろ」なんだろう。
似た響きのハマメリスという薬草なら知っているが。化粧品や収れん作用のある薬として有効活用できる。薬草はとても素晴らしい。
けれど、婚約がなくなったのなら好都合ではないだろうか。私は淑女教育より、薬草を愛でている方が大好きなのだから。
これで、ゆっくり薬草園で過ごす事ができる。
***
「……というわけで、領地へ戻ってまいりました」
私を出迎えてくれた老執事は、涙ぐんで出迎えてくれた。
「お疲れ様でございます。ゆっくりお過ごしください」
婚約破棄された私は、そのままエルフォード侯爵家の領地へ引っ込んだのだ。あとは、優秀な父や兄が王家からの慰謝料を交渉するだろう。
そして、家の片隅に作ってあった小さな薬草園を見に行った。子どもの頃から育てていた薬草園はあちこち枯れている。
私は、枯れかけた薬草や花を摘み、根気強く育て直していった。
ラベンダー、カモミール、ミント。
ローズマリーにローズヒップ、バジルにタイム。
爽やかなレモングラスも素敵。
毎日、太陽の下で薬草やハーブと土に触れ、薬を調合していた。困っている村人を見かけたら、相談にのって調合した薬を渡してあげる。助かったよと声をかけてくれると、つま先から頭のてっぺんまで震えるように嬉しかった。
なんて幸せなのだろう。
薬草園を広げようと草を刈っていたら、奥に小さな祠が出てきた。本で読んだ東洋の小さな神殿に似ている。
私は、誰も世話をしていなかった祠を綺麗に掃除して、花とローズマリークッキーをお供えしてみた。
すると、白狐様が現れたのだ。白狐様はクッキーを美味しそうに食べ始めた。白銀の毛、モフモフ、柔らかそうな体。美しい姿だ。
「なんて可愛いのかしら。こちらもどうぞ」
私は、薬草茶や果物も白狐様にお供えした。
白狐様は嬉しそうに私を見つめる。
『お主の淹れる薬草茶はなかなかよい。ふむ。礼に、穏やかに過ごせるよう、運を上げてやろう』
「ええっ! ありがとうございます。白狐様は凄いのですね」
『ふふふ』
私の薬草園は、豊かに回復していった。
栽培が難しい品種も、うまく根付かせられたのだ。
私は薬草園で白狐様と時折遊び、ますます薬草にのめり込んだ。
「……お前、本当にそれでいいのか?」
ある日、日焼けした私の前に立ち塞がり、そう声をかけてきた者がいた。
隣の領地の辺境伯アレクシス様だ。
彼は、冷たい雪原のような銀色の髪に、鋭い眼差しが怖いと言われる方だ。
そして戦場では『氷狼』と恐れられる英雄である。
「はい?」
彼と私は幼馴染である。王子の婚約者に選ばれてからは、疎遠になってしまっていた。
今も気さくに普通に話しかけてくれた。変わらない態度が嬉しい。
「婚約破棄されたのだろう?」
「されましたね」
「悔しくないのか」
「別に?」
「……そうか」
アレクシス様は、なぜかニガヨモギを噛んでしまったような難しい顔をされた。
それから、怒涛の日々が始まった。
「薬草を採りに行くのか。魔獣が出ると危ないから、護衛をしてやる」
「今日は市場へ出かけるのか。ゴロツキがいると危ないから付きあってやる。荷物を貸せ。持ってやる」
「雨が激しいからな。地面がぬかるんで危ない。迎えに来たぞ」
「……寒くないか? 俺のコートを貸してやる」
「頬がこけた気がする。食事はちゃんと取っているのか?」
アレクシス様が毎日やって来ては、私を構うようになったのだ。
子どもが泣くくらい怖い顔をしているのに、妙に世話焼きな人なのだ。
白狐様は、アレクシス様を見て仰った。
『あやつ、お主のことが好きなのではないかの』
「まさか。私は陰気で地味な女ですよ」
『彼に確かめてみろ』
それもそうかと思い、私は勇気を振り絞って彼に尋ねてみた。幼馴染でも、地味女が意見を言うのは勇気がいる。
「アレクシス様」
「なんだ」
「どうして、こんなに気にかけてくださるのです?」
彼は、少し困ったように目を伏せる。
「……お前は、自分の価値を知らない」
「価値……ですか?」
王子に婚約破棄された女に、この国で価値があるのだろうか。
「薬草を心をこめて育て、薬を作り、皆を笑顔にしている」
「当たり前のことでは? 私が人に喜んでいただける唯一の事です」
「それを当たり前にできる人間は少ない、と俺は思う
」
レッドクローバーのように耳まで赤くなりながら、彼はそう言った。
「だから、放っておけないんだ。俺は……お前のことがずっと好きだった」
私は手が震えた。私も彼の事が大好きだった。貴族なのに薬草園に入り浸る私に、優しくしてくれる人。手の届かない人だと思っていた。
震える手を叱咤して、彼の手を取って微笑んだ。
うまく言葉に出来なくて、彼の手を包み込むように握りしめた。
「王都へ行くお前を見送った日から、後悔していた」
「アレクシス様……」
それから数か月。
アレクシス様は、時間を作っては私の元を訪れる日々が続いていた。
やがて、寒さで多くのハーブや薬草が足りなくなる雪の季節がきた。
収穫したハーブを乾燥させたり、暖かい室内に鉢植えを移動しておかなければ、薬なしで冬を越すことになってしまう。
吹雪の夜、元婚約者の第二王子が領地に現れた。
病み上がりのようで、青白い顔をしている。
「戻ってきてくれ! リリアーナ! 君ほど優秀な薬師はいなかったんだ」
彼は、私の顔を見るなり叫んだ。
「戻ってきてくれ!」
「……お断りします」
「なっ!?」
王子は断られると思っていなかったのだろう。
驚いて固まる彼の横に、アレクシス様が静かに立っていた。彼は口を開いて、王子の耳元でしっかりと告げる。
「彼女は忙しい。帰っていただきたい」
「辺境伯、貴様……!」
王子は、アレクシス様を憎々しげに睨みつける。
「私の婚約者だからな」
「え?」
「え?」
私と王子の声が重なった。
彼は突然何を言い出すのか、と私は思った。
まだそんな関係ではないと思っていた。
アレクシス様は、真っ赤になりながら続ける。
「……嫌なら断ってくれて構わない」
「いいえ」
私は、彼の不器用なプロポーズに思わず笑ってしまった。
「お受けしますわ」
王子は、目が飛び出しそうな程、目を見開いた。
そして風邪がぶり返したみたいに、ガタガタと震えだした。仕方がないので、後で風邪の特効薬を作って渡そうと思う。
「……そうか」
「はい!」
私は、アップルミントのドライハーブで作ったポプリを彼に渡す。花言葉は「誠実な愛」
すると彼は、ほんの少しだけ笑った。
「これからも毎日会いに来る」
「薬草園までですか?」
「ああ」
「ご近所で噂になりますよ?」
「構わない」
困ったお方だ。辺境伯としての威厳を心配しないのだろうか。
でも、そんな彼が愛おしい。
私は薬草の香りが漂う庭で、辺境伯様の手を取る。
これから先もずっと、この方となら歩いていける。
穏やかな日々を、大切な人と共に歩いていきたい。
心からそう思えた。
***
婚約後、父がこの領地を私の財産としてとして与えてくれた。アレクシス様のお屋敷にも隣接した土地だ。結婚後もここを世話していいと、アレクシス様は仰ってくれた。本当にありがたい。
春になると、アレクシス様は、私と一緒に花を植えたりする。ぎこちなく土を掘って、白狐様に、『おぬし、不器用じゃの』って言われていた。
この薬草園には不思議な存在が、よく現れるようになった。白狐様だけでなく、花の精霊や薬草の精霊も現れた。薬草もよく生い茂ってくれている。
私は『奇跡の緑の手を持つ者』として、評価されるようになっていった。
今年も、薬草園には花が咲き乱れている。
アレクシス様は、土だらけになりながら苗を運び、白狐様は昼寝をし、薬草の精霊達はせっせと水を撒く。村の子供達が集まってきて笑っている。
かつて婚約破棄した王子は、今度は自分の領地で人々のために働いていると、王都の父達からの手紙で知った。
「平和ですね」
「……そうだな」
アレクシス様が呟いた。
「私は、こういう日々を守っていきたい」
「私もです」
春風が吹きわたり、花の香りが広がる。
白狐様が大きな尻尾を揺らして、静かに言った。
『幸せとは、案外このようなものなのじゃ』
私は深く頷いた。
確かに王宮で過ごすよりも、今の暮らしの方が私に合っている。
薬草の香りと、土の匂い。
大切な人達の笑い声。
それが何より愛おしい。




