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婚約破棄されたので、辺境の神社で花と薬草を育てます

作者: 花守いろは
掲載日:2026/06/15





 「リリアーナ・エルフォード。君との婚約を破棄する」


 きらびやかな王宮の夜会で、私は婚約者である第二王子から、そう告げられてしまった。


「……理由を伺ってもよろしいでしょうか」

「君は陰気で地味だ。華やかな美しさが求められる王妃には向かない!」


 彼の腕には、豪華なドレスを着た男爵令嬢がぶら下がっている。


「それに、君は薬草ばかりいじっているだろう?」

「はい。薬草は役に立ちますし、好きですので」

「ほら見ろ!」


 何が「ほら見ろ」なんだろう。

 似た響きのハマメリスという薬草なら知っているが。化粧品や収れん作用のある薬として有効活用できる。薬草はとても素晴らしい。


 けれど、婚約がなくなったのなら好都合ではないだろうか。私は淑女教育より、薬草を愛でている方が大好きなのだから。

 これで、ゆっくり薬草園で過ごす事ができる。


***


「……というわけで、領地へ戻ってまいりました」


 私を出迎えてくれた老執事は、涙ぐんで出迎えてくれた。


「お疲れ様でございます。ゆっくりお過ごしください」


 婚約破棄された私は、そのままエルフォード侯爵家の領地へ引っ込んだのだ。あとは、優秀な父や兄が王家からの慰謝料を交渉するだろう。

 そして、家の片隅に作ってあった小さな薬草園を見に行った。子どもの頃から育てていた薬草園はあちこち枯れている。

 私は、枯れかけた薬草や花を摘み、根気強く育て直していった。


 ラベンダー、カモミール、ミント。

 ローズマリーにローズヒップ、バジルにタイム。

 爽やかなレモングラスも素敵。

 

 毎日、太陽の下で薬草やハーブと土に触れ、薬を調合していた。困っている村人を見かけたら、相談にのって調合した薬を渡してあげる。助かったよと声をかけてくれると、つま先から頭のてっぺんまで震えるように嬉しかった。

 なんて幸せなのだろう。


 薬草園を広げようと草を刈っていたら、奥に小さな祠が出てきた。本で読んだ東洋の小さな神殿に似ている。

 私は、誰も世話をしていなかった祠を綺麗に掃除して、花とローズマリークッキーをお供えしてみた。


 すると、白狐様が現れたのだ。白狐様はクッキーを美味しそうに食べ始めた。白銀の毛、モフモフ、柔らかそうな体。美しい姿だ。


「なんて可愛いのかしら。こちらもどうぞ」


 私は、薬草茶や果物も白狐様にお供えした。

 白狐様は嬉しそうに私を見つめる。

 

『お主の淹れる薬草茶はなかなかよい。ふむ。礼に、穏やかに過ごせるよう、運を上げてやろう』

「ええっ! ありがとうございます。白狐様は凄いのですね」

『ふふふ』


 私の薬草園は、豊かに回復していった。

 栽培が難しい品種も、うまく根付かせられたのだ。

 私は薬草園で白狐様と時折遊び、ますます薬草にのめり込んだ。





「……お前、本当にそれでいいのか?」


 ある日、日焼けした私の前に立ち塞がり、そう声をかけてきた者がいた。

 隣の領地の辺境伯アレクシス様だ。

 彼は、冷たい雪原のような銀色の髪に、鋭い眼差しが怖いと言われる方だ。

 そして戦場では『氷狼』と恐れられる英雄である。


「はい?」


 彼と私は幼馴染である。王子の婚約者に選ばれてからは、疎遠になってしまっていた。

 今も気さくに普通に話しかけてくれた。変わらない態度が嬉しい。


「婚約破棄されたのだろう?」

「されましたね」

「悔しくないのか」

「別に?」

「……そうか」


 アレクシス様は、なぜかニガヨモギを噛んでしまったような難しい顔をされた。





 それから、怒涛の日々が始まった。


「薬草を採りに行くのか。魔獣が出ると危ないから、護衛をしてやる」

「今日は市場へ出かけるのか。ゴロツキがいると危ないから付きあってやる。荷物を貸せ。持ってやる」

「雨が激しいからな。地面がぬかるんで危ない。迎えに来たぞ」

「……寒くないか? 俺のコートを貸してやる」

「頬がこけた気がする。食事はちゃんと取っているのか?」


 アレクシス様が毎日やって来ては、私を構うようになったのだ。

 子どもが泣くくらい怖い顔をしているのに、妙に世話焼きな人なのだ。


 白狐様は、アレクシス様を見て仰った。


『あやつ、お主のことが好きなのではないかの』

「まさか。私は陰気で地味な女ですよ」

『彼に確かめてみろ』


 それもそうかと思い、私は勇気を振り絞って彼に尋ねてみた。幼馴染でも、地味女が意見を言うのは勇気がいる。


「アレクシス様」

「なんだ」

「どうして、こんなに気にかけてくださるのです?」


 彼は、少し困ったように目を伏せる。


「……お前は、自分の価値を知らない」

「価値……ですか?」


 王子に婚約破棄された女に、この国で価値があるのだろうか。


「薬草を心をこめて育て、薬を作り、皆を笑顔にしている」

「当たり前のことでは? 私が人に喜んでいただける唯一の事です」

「それを当たり前にできる人間は少ない、と俺は思う


 レッドクローバーのように耳まで赤くなりながら、彼はそう言った。


「だから、放っておけないんだ。俺は……お前のことがずっと好きだった」


 私は手が震えた。私も彼の事が大好きだった。貴族なのに薬草園に入り浸る私に、優しくしてくれる人。手の届かない人だと思っていた。

 震える手を叱咤して、彼の手を取って微笑んだ。

 うまく言葉に出来なくて、彼の手を包み込むように握りしめた。


「王都へ行くお前を見送った日から、後悔していた」

「アレクシス様……」


 

 




 それから数か月。

 アレクシス様は、時間を作っては私の元を訪れる日々が続いていた。

 

 やがて、寒さで多くのハーブや薬草が足りなくなる雪の季節がきた。

 収穫したハーブを乾燥させたり、暖かい室内に鉢植えを移動しておかなければ、薬なしで冬を越すことになってしまう。




 吹雪の夜、元婚約者の第二王子が領地に現れた。

 病み上がりのようで、青白い顔をしている。


「戻ってきてくれ! リリアーナ! 君ほど優秀な薬師はいなかったんだ」


 彼は、私の顔を見るなり叫んだ。


「戻ってきてくれ!」

「……お断りします」

「なっ!?」


 王子は断られると思っていなかったのだろう。

 驚いて固まる彼の横に、アレクシス様が静かに立っていた。彼は口を開いて、王子の耳元でしっかりと告げる。


「彼女は忙しい。帰っていただきたい」

「辺境伯、貴様……!」


 王子は、アレクシス様を憎々しげに睨みつける。


「私の婚約者だからな」

「え?」


「え?」


 私と王子の声が重なった。

 彼は突然何を言い出すのか、と私は思った。

 まだそんな関係ではないと思っていた。

 アレクシス様は、真っ赤になりながら続ける。


「……嫌なら断ってくれて構わない」

「いいえ」


 私は、彼の不器用なプロポーズに思わず笑ってしまった。


「お受けしますわ」


 王子は、目が飛び出しそうな程、目を見開いた。

 そして風邪がぶり返したみたいに、ガタガタと震えだした。仕方がないので、後で風邪の特効薬を作って渡そうと思う。


「……そうか」

「はい!」


 私は、アップルミントのドライハーブで作ったポプリを彼に渡す。花言葉は「誠実な愛」

 すると彼は、ほんの少しだけ笑った。


「これからも毎日会いに来る」

「薬草園までですか?」

「ああ」

「ご近所で噂になりますよ?」

「構わない」


 困ったお方だ。辺境伯としての威厳を心配しないのだろうか。

 でも、そんな彼が愛おしい。

 私は薬草の香りが漂う庭で、辺境伯様の手を取る。

 これから先もずっと、この方となら歩いていける。

 穏やかな日々を、大切な人と共に歩いていきたい。

 心からそう思えた。



***



 婚約後、父がこの領地を私の財産としてとして与えてくれた。アレクシス様のお屋敷にも隣接した土地だ。結婚後もここを世話していいと、アレクシス様は仰ってくれた。本当にありがたい。


 春になると、アレクシス様は、私と一緒に花を植えたりする。ぎこちなく土を掘って、白狐様に、『おぬし、不器用じゃの』って言われていた。


 この薬草園には不思議な存在が、よく現れるようになった。白狐様だけでなく、花の精霊や薬草の精霊も現れた。薬草もよく生い茂ってくれている。

 私は『奇跡の緑の手を持つ者』として、評価されるようになっていった。



 今年も、薬草園には花が咲き乱れている。

 アレクシス様は、土だらけになりながら苗を運び、白狐様は昼寝をし、薬草の精霊達はせっせと水を撒く。村の子供達が集まってきて笑っている。

 かつて婚約破棄した王子は、今度は自分の領地で人々のために働いていると、王都の父達からの手紙で知った。


「平和ですね」

「……そうだな」


 アレクシス様が呟いた。


「私は、こういう日々を守っていきたい」

「私もです」


 春風が吹きわたり、花の香りが広がる。

 白狐様が大きな尻尾を揺らして、静かに言った。


『幸せとは、案外このようなものなのじゃ』


 私は深く頷いた。

 確かに王宮で過ごすよりも、今の暮らしの方が私に合っている。


 薬草の香りと、土の匂い。

 大切な人達の笑い声。

 それが何より愛おしい。



挿絵(By みてみん)

※本作の挿絵はAI生成画像を使用しています。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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