9 子羊はこうして騙される
私は足元の書類を端に退け、通路を作った。
このぐらいなら通れるよね。
よし。行くか。
ガシッと魔王が座っているイスの後ろを掴むと、そのまま扉へと向かう。
幸いこのイスにはローラーがついているため、私でも運ぶ事が出来る。
やっぱちょっと重いけど。
「美咲っ!?止めるのだ!!一体、何処へいく!?」
「も~、うるさい。食堂に行って何か消化の良い物食べさせてもらうの。それが済んだら寝室で睡眠」
「そんな暇はない。余は、まだ山ほど仕事があるのだ!!」
「だからうるさいって言ってるでしょ。ちょっと黙って。これ以外と体力使うのよ」
ほら、もう汗かいてきた。
大体、なんで城って無駄に広いのよ~。
絶対使ってない部屋とかあるでしょ。
「――!!」
何……?
執務室から出て十メートルぐらい進んだ地点で、急にイスが動かなくなってしまったのだ。
まさか、ローラー壊れたの?
しゃがみ込んでローラーを見て見るが壊れた様子がない。
「美咲、本当に時間が惜しいのだ。これは今までのツケが回ってきた結果なのだ。だから、余の事は少し放って置いてくれ」
立ち上がった魔王は、今来た道を戻り始めている。
まさか、魔法使ったの!?ずるい!!
「待ってよ、魔王」
「美咲、だから時間が――」
振り返った魔王の胸倉を掴み、引き寄せると口を塞いだ。
想像もつかなかったのだろう。魔王は放心状態で固まっている。
「魔王は私の婚約者なんでしょ?」
「……あ、あぁ」
「だから、魔王の健康管理は私がするの。ちゃんと食べて、ちゃんと休んで。それからいっぱい馬車馬のように働いて。魔王の代わりはいないんだよ?力不足だけど、私も魔王の事サポートするから。ねっ、少し休もう。ルルもみんなも心配してるんだよ」
そう言って魔王の胸にすがりつく。
たしかに魔王が引きこもって皆に迷惑かけたのは悪い。
でも、だからって体に無理して仕事をするなんて――
「もし執務室に戻ったとしても、さっきみたいにイスごとまた引きずりだしてやる。何度だってやってやるから」
「ドアを蹴り破られそうになった時も思ったが、美咲は本当に強引だな」
クックッと喉で笑う声が聞こえる。
「美咲は何が食べたい?」
「え?もしかして食堂行ってくれるの!?」
「ああ。軽食を取ったら美咲の膝枕で眠るぞ」
「はいっ!?」
「美咲は余の婚約者なんだろ?だったら、婚約者の可愛いワガママぐらい聞いて貰わねばなるまい。まさか、さっき自分で言ってた事を忘れたのか?」
「うっ」
言葉に詰まる。たしかに言ってしまった。
言ってしまったけど――
「膝枕なんて可愛いワガママの部類じゃない~~っ!!」
「……駄目なのか。それなら美咲を抱きしめて寝るから良い」
「はぁ!?なんでそうなるの!?」
「そんなに驚く事はないだろう。今夜から寝室も一緒だというのに」
「なんでっ!?」
「ここは魔界だぞ?魔界では婚約したら寝室は一緒と決まっている。美咲は余の婚約者ならそれが当たり前だ」
「そんな習わし魔王特権で無くしてよ!!」
「無理だ。美咲は余の事を婚約者と認めてしまった。そのため、契約が結ばれるのだ。契約を結んだ者たちはちゃんと習わし通りに過ごさねばならぬ。もし、それを破るなら恐ろしい災いが降りかかるぞ」
「……え」
「寝室一緒にして寝る他に、いろいろ決まりがある。まぁ、それは少しずつ教えていこう」
「恐ろしい災いって何!?」
落ちないために魔王の首にまわしている腕に少し力がこもる。
というか、怪我とかしてないから降ろしてくれても構わないんだけど。
「それは破ってみればわかるのではないか?」
「やだよ、災いなんて!!」
「安心してよい。余の言う事を聞いて、ちゃんと守れば大丈夫だ」
「……うん」
なんか魔界の災いって想像出来ないから余計怖い。
なんだろう。末代先まで呪われるとか?
でも、魔王の言う事聞いてれば安心だよね。
この時の私は、まさかそれが魔王のついた嘘なんて知る由もなかった。
だって、契約とか災いとか魔界の習わしとか言ってたし。
これからどうなるかわからないけど、私は魔王の傍にいると思う。
例の女神の問題もあるし、今後どうなるかわからないけど。
でも魔王がいるし、シリウス達もいる。
可能な限り傍にいたい。
それが恋のはじめなのかは、今はわかんない。
それはこれからゆっくり時間をかけて知っていけばいいことだ。
これにて完結です。
感想下さった方、お気に入りに入れて下さった方、そしてここまで読んで下さった方、ありがとうございました<(_ _)>