番外編 君は誰? 後編
「魔王、一旦落ち着こう!!怪我させちゃマズイって!!ねっ?」
「美咲。余は浮気は決して許さぬ。しかも余よりも先にこのどこの馬の骨とも知らぬ男が、美咲のやわ肌を味わったかと思うと気が狂いそうだ」
「味わうとか変な言い方しないで!!この人とは何にもしてないよ。ほら私、ちゃんと服着てるし」
たぶんという言葉は言わなかった。
自信なかったけど。
「それでは、夜這いの方か。良い度胸を持っておるな」
「少し落ち着いてってば!!」
魔王が剣を金髪の青年の首元へと向けると、氷が青年を囲むようにさらに浸食していく。
青年はその光景に声を上げて泣き出してしまった。
部屋中に響くぐらいの声量に、思わず胸を痛める。
そりゃあ、怖いよ。いきなり刃物突き付けられるんだもん。
「ねぇ、魔王。やめてよ。可哀想じゃん」
「美咲はこの男のかたを持つのか?」
「……だって泣いてるんだもん。それにちゃんと話聞いてあげてもいいじゃんか」
私がいくら頼もうが、魔王はそれでも剣を退けるつもりはないらしい。
魔王が嫉妬してくれてるのは嬉しいよ。
でも殺傷はまずい!!ちょっと誰か来てっ!!
「――夜更かしってお肌に悪いのよね」
「は?」
私の願いが通じたらしく、以外にも助け舟は早く来てくれたようだ。
急に聞こえてきたのはここにいるはずのないあの人の声。
その声に、私は後ろを振り向く。
するとそこには黒いショート丈のバスローブを羽織ったシリウスが立っていた。
やべぇ。色っぽい。
つい、胸と足に目が行ってしまう自分がおっさんに思える。
「魔王様。弱いものいじめは反対ですわ。ルルが脅えているではありませんか」
「はぁ!?ルル!?」
私も魔王の声が重なった。
ルル?この美少年が!?
たしかに、私は今日ルルと一緒に寝たけど……
魔王は剣を退けると、まじまじとルルを見る。
「まさか、レッドフールか?」
「おそらく」
なんだろう?レッドフールって。
魔王とシリウスの話に首を傾げる。
「ルル。あなた赤い星型の実食べなかった?」
「たべました……」
「あれは、レッドフールという果物なの。まだ人型になれない子供の魔族が食べると、人型になってしまうのよ」
「ルルはずっとこのままなんでしゅか?」
「安心しなさい。二・三日もすれば元にもどるわよ」
そう言うと、シリウスはルルの頭を撫でた。
「すまない、ルル」
眉を下げた魔王がふかぶかと頭を下げた。
「まおうちゃま……」
「冷静になれば、魔力でルルと判断出来るものを余は――」
「こわかったでしゅけど、もうへいきでしゅ。きにしないでくだしゃい」
偉いなぁ。ルルは大人だね。
というか、体はすでに大人。
「本当にすまない。詫びに人間界でルルの好きなおもちゃを買おう」
さて、これにて一見落着~。
あ~、やっとひと段落ついたからやっと眠れる。
なんか、ほっとしたら眠気も出てきたし。
「魔王様。謝罪を必要とする人物がもう一人おりますわよ?どうして私がここに来たと思ってますの?私の部屋、魔王様のちょうど下の階なんです」
「それがどうしたのだ?」
「眠ってたら、部屋が急に凍ってしまいましたの。それで寒くて起こされてしまいまして……元凶の氷の魔力をたどれば、魔王様のものでした」
凍るって、もしかしてこれ?
私は足元の氷を見る。
「それはすまない。シリウス」
「いいえ。お気になさらず。あぁ、でも魔王様。どうしてもお詫びがしたいというのなら、一週間ぐらいお休みが欲しいですわ。人間界のエステというものが気になってますの。もちろん、料金は魔王様が出してくださりますわよね」
「……わかった。考慮しよう」
「まぁ。ありがとうございます。では、私そろそろ戻りますわ。睡眠不足はお肌の大敵ですし。では、おやすみさないませ」
そう言って、シリウスは転移魔法を使って寝室に戻ってしまった。
あ、ルルも連れていっちゃったんだ。
さっきまでベットの上に居たルルの姿も無くなっている。
「美咲」
「あ~、うん。寝るよ」
でもどうやって寝よう?凍ってるんだけど……
あ。魔法でやったんなら、戻るか。
「これにサインしてくれ」
「は?」
寝るんじゃないんだ。
差し出されたのは、羽ペンと何が書かれているかわからない紙。
魔族の言葉なのか、読めない。
「サイン、書類の下の方でいいの?」
「あぁ」
言われるがままサインをして魔王に渡す。
すると魔王も何やら書きこんだようだった。
「ねぇ、これって何なの?」
「お守りだ。美咲のやわ肌には余以外触れる事のできないように」
「ちょっと!!また変な事を!!」
「余の体はもちろん、美咲以外には堪能させん」
「だから、そういう言い方やめてってば!!」
恥ずかしすぎるじゃん。
……でもまぁ、そういう事ならいっか。
だが、その書類が何なのか本当の意味を理解するのは、少し先――私と魔王の結婚式前日の事。
魔王にこの紙を差し出され、私と魔王はもう婚姻関係を結んであるという事を告げられた時だ。