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葬儀

 これから娘の葬儀が始まる。


 何となく、胸がざわついていた。

 娘が死んでから三日後、担任の先生に葬儀は娘の小学校来の友人と妻と私で執り行い、告別式はクラスのみんなに参列を依頼すると話した。

 そして、四日後の葬儀には小学校来の友人三人が来てくれた。


「娘と仲良くしてくれて、ありがとう。」


 葬儀が終わり、三人を各自宅まで送り、保護者には挨拶と一緒に会葬御礼を渡す。

 そうして式場で待っていた妻と一緒に自宅に帰った。葬儀を行っている最中に特殊清掃業者の方に入ってもらった。

 それまで浴室の浴槽の方には特に娘の血液があたりに広がっていたが、帰ってきてから浴室の扉を開けてみると、消毒液の匂いが広がり、なにもなかったかのように元通りになっていた。


「綺麗になってる。」


 妻が私の後ろから見た時、こう言った。娘が亡くなったことが嘘のように感じられる。

 私はしばらく浴槽を見た後、収納から妻が以前使っていた布団を取り出した。


「今日はここに泊まって行くだろう。定期的に布団を干しておいてたから、汚くはないはずだよ。」




♢♢♢




 布団を床に広げていく音がする。リビングの方をみると、旦那が布団を敷いていてくれていた。


「今日はご飯を食べに行って、その後に銭湯に行こうか。」


 流石に娘が死んでいたお風呂を使うのは憚られるだろう。この家にもあまり居たくないはずだ。


「そうね。そうしましょう。車は私が運転するわ。」


 私は旦那と娘と三人で一度だけ訪れたことのあるレストランを選んだ。

 自宅周辺のお店開発をしていた時、娘がこのお店のナポリタンが美味しいと大絶賛していたのを覚えている。

 私はそのナポリタンを注文し、旦那は明太子パスタを注文していた。

 明太子パスタの方が早くきたため、旦那は先に食べ始めるかと思いきや、私のナポリタンが来るのを待っていてくれた。


『いただきます。』


 私たちは一言も話さずに食事を終えると思ったが、旦那があることを聞いてきた。


「なぜ、私が娘は他殺だと言ってもそれを否定しなかったんだ?」


 私は答えが分かりきっていることを聞いてきたため驚いた。旦那も少しの自信があったらちょっと考えただけでわかるだろうに。


「なぜって、あなたがあの子を自殺するような子に育てるわけはないでしょう?そういう点では、私は娘が自殺したとは思っていないわ。」


 私は本当のことを言った。


 旦那はすごく驚いていたが、そのままなにも言わずに食事が再開された。




 銭湯に行き、ゆっくりお風呂に浸かる。お風呂から出ると、旦那はロビーのベンチにじっと座って待っていた。

 私はそんな旦那におそるおそる声をかける。


「お待たせ。」


「ああ。行こうか。帰りは私が運転するよ。」


 旦那はいつまで経っても私が夜逃げをした理由を尋ねてこなかった。

 それが、私が愛した旦那の姿なのだろう。




♢♢♢




「私、これからはあなたとずっと一緒に暮らしていくわ。」


 交差点の信号待ちの時間、そんな言葉を妻が言った。

 私は驚いて妻の方をみる。妻と再会してから妻に驚かされっぱなしだ。


「まえ。」


 私は妻に言われて視線を前に向き直し、発進する。


「そうか。娘の部屋だったところを使ってもいいよ。」


「いいえ。引っ越しする気はないの?あなたの職場の近くに引っ越してもいいのよ。」


 私は妻からそんな提案をされるとは思っても見なかった。今まで家族で暮らしていた家を、娘が亡くなった場所になって、妻はそんなところに住みたくないと言われているようだった。

 それでも、私1人になった時は引っ越しをするという選択肢はあったため、なにも言えなくなる。


「あそこに暮らしてもいいけど、大家さんには迷惑をかけすぎてしまったわ。それに、あの家は2人で住むには広すぎるんじゃなかった?」


 私は痛いところを突かれて息が詰まる。

 妻がいなくなり、あの家がやけに広く寂しく感じられたのは事実だった。きっと、娘がいなくなってしまった家も、寂しく感じられてしまうだろう。


「引越しの選択肢は考えてはいたが、まだ。」


 私は素直にまだあの家にいたいと言った。


「そう。いずれあの家を出てくれるんだったらしばらくあの家に住みましょう。私も成長した娘の面影を感じていたいわ。」


 「ありがとう。引越し先はこれからゆっくり決めていこうか。」


 そう言って、私たちは家路についた。




♢♢♢




 翌日、午後12時に告別式を行いに式場に向かった。

 お昼は9年ぶりに妻の手料理を食べ、九年前と変わらぬ味付けで泣きそうになった。


 告別式には、担任の先生と学年主任、女子生徒八名に男子生徒三名が参列してくれた。

 話を聞いてみると、遠足の時に同じ班になり仲良くなっただとか、グループ学習の時によく助けてもらっただとか、勉強のわからないところを教えてもらっただとか、娘は必要な時以外は人と喋らなかったようだ。でも、人が困っているところを助けてた、と娘のことを聞くのは、とても嬉しかった。


 告別式が終わり、娘のクラスメイトたちが帰っていく中、1人だけ娘の遺影をずっと眺めている少年がいた。

 その少年は根暗そうにも見えたが、ただ俯いていただけで、髪の長さがそうさせているのだと分かり、私はその少年に話しかけようと近づいた。


 近づきながら少年の顔をずっと見ていると、少年は変に顔を歪めている。


 私は会って間もない自分の娘のクラスメイトにこんなことを聞くのは非常識だとは知っていたが、どうにもこれは私の確信に近く、確かめなければいけないと感じた。


「君、娘を殺しただろう。」


 私が突然そんなことを聞くもんだから、少年はこちらを見、驚いたような顔をしたが、ふ、と男の子は猛々しく笑い、その笑い声は式場中に響いた。


「そうだね。」


 少年はそう言うと、離れて私の様子を見ていた妻がこちらに近づいてきて、私の横を通り過ぎると、妻は少年にビンタした。


「あなたね!!!」


 妻は私も一度も見たことがない剣幕で、少年の胸ぐらを掴んだ。

 無理はない。娘を殺したと言った本人が、のこのこ殺した人の葬式に参列しているんだ。さっきの私がとった行動よりかは非常識だろう。


「やめなさい。汚いものに触るんじゃないよ。」


 妻の少年の胸ぐらを掴んでいる腕に触れる。

 私は娘を殺した犯人が目の前にいると言うのに、私にもなぜだか分からないくらい、ものすごく落ち着いている。

 妻も私の落ち着きように冷静を取り戻したようで、胸ぐらを掴むのをやめた。


「ありがとうございます。」


 少年は私に礼を言った。


「ここで話すのはよくないだろう。うちに来なさい。」


 そう言って私は少年の腕をつかみ、式場を出て、駐車場の妻の車の後部座席に押し込み、ドアを閉める。


「すまない。後でこの車は買い換えようか?」


 私は妻に向き直って、聞く。


「いや、いいわ。その前に落ち着きなさい。すごく怖いわ。多分、さっきの私よりもだいぶね。」


 妻は私の手を握ってくれた。


「警察にはこのことを話すわけ?」


「いや、いいんだ。娘は自ら手首を切ったと警察は言っていた。それは本当だろう。だから、いいんだ。」


 私は理由をうまく伝えられないが、妻は納得してくれた。


「いいのよ、あなたのしたいようにすれば。」




 そう言って、夫婦は娘のクラスメイトの男子高校生を誘拐した。

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