7話 現実を見つめて
「ニューオーダー」決勝の興奮冷めやらぬ講堂。表彰式が終わり、ナツメはいつもと変わらぬ穏やかな表情で、チームメイトであるエリとシェリーの健闘を労い、互いの戦いを称え合った。
「二人とも、よく戦ってくれた。いい試合だった」
ナツメの言葉に、シェリーは少し呆れたような視線を送った。あれだけの激戦を繰り広げたにもかかわらず、その表情は疲れを感じさせない。まるで最初から結果を知っていたかのように、涼やかな佇まいだった。
一方のエリは、ナツメの真っ直ぐな視線に合わせる顔がなく、俯いたままだった。自分にできることは全てやったつもりだったが、結局チームの敗北に繋がったのは、自分の判断ミスが大きかったと自責の念に駆られている。
ナツメが帰った後、シェリーは静かにエリに話しかけた。
「エリ、今回の戦いの分析を、私と一緒にして欲しい」
その言葉に、エリは顔を上げた。シェリーがそう頼んでくることは、確信していた。言葉を交わさずとも、互いの胸の内が通じ合うくらいには、二人の間には絆が育まれている。そして何より、ナツメの足を引っ張ってしまったという自責の念は、エリだけのものではなかったのだ。
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エリの自室で、二人は黙々とシミュレーションを繰り返した。幾度となく戦闘を再現し、様々なパターンを検証する。その結果は、残酷なほど明確だった。
ナツメの策を採用しない場合、勝率は0%。
「……私の分析が甘かった。アストラルは想像以上に隔絶した相手だった」
エリはディスプレイに表示されたデータを見て、深く息を吐いた。戦う前に想定していたよりも、彼らは遥かに強大な存在だった。特に、実戦であっさりと退場したアン・レヴィの「イフリート」は、調子が完全に上がった場合のパフォーマンスが凄まじく、そのアンをリリアとキャシーが徹底してフォローするフォーメーションには、手も足も出ない状態だった。
一方で、最後までナツメの提案したフォーメーションを維持した場合の勝率は40%弱。
「一見すると分が悪いが、0%からここまで勝負に持ち込まれたアストラルは、たまったものではないだろう」
シェリーが皮肉めいた口調で呟いた。何ら策を講じずに戦った場合との大きな違いは、相手に引き撃ちをさせないこと。押し込もうとすれば上空で安全な距離を取るアストラルだが、こちらが引けば必ず追ってくる。さらに言えば、エリがドレッドノートの背に乗ったパターンでは敵の食いつきが顕著で、敵機の位置を自在にコントロールすることさえ可能だった。たやすく取れそうな駒があれば取りたくなってしまう。それも、2機まとまっていて、空への対抗手段が乏しいと思わせれば、その誘惑はまさに悪魔的だ。手を伸ばすな、というのが無理というものだろう。ましてアストラルは、決勝に至るまでの相手を鎧袖一触で退けてきた。
しかしながら、ナツメの策の恐ろしいところは、この魅力的な毒まんじゅう(ドレッドノートの背に乗るミラージュ)に手を伸ばせば、クルセイダーから手痛い反撃を食らう部分にある。実際、決勝戦ではアンのイフリートは一撃で退場させられている。
また、敵が冷静にクルセイダーだけを狙った場合のシミュレーション結果も意外なほど酷いものだった。大概の場合、ナツメが大混戦に持ち込んだ上で、敵複数機の機動性を削ぎ落とし、その間にミラージュとドレッドノートが足を止めて射撃に専念することができる。回避はおろか移動までする必要がなくなると、射撃の命中精度はかなり高まる。シェリーは射撃が得意なわけではないが、ミラージュからの弾道予測データをリンクさせることで、面白いほどに敵に砲弾が命中した。直感的には、唯一の航空戦力であるクルセイダーを真っ先に対処するのが正解に思えるのに、そちらの方が酷い結果になるのは、味方ながら理不尽だと感じた。
すべてのシミュレーションを終え、導き出された結論。今回の敗因は、エリがドレッドノートの背から降りてしまったことだった。
「ごめんなさい、私が……私がシェリーの力を信じて、留まることができていれば、十分に勝機があったのに……」
エリは、悔しさに顔を歪ませた。足手まといになることを恐れて反射的にした行動だったが、どうあがいてもミラージュが単独の浮き駒になった瞬間、敵にとられてしまう。それは、シミュレーションが明確に示していた。
シェリーは、そんなエリの言葉を遮るように言った。
「こちらこそすまない。私がエリのそばを離れなければ、そう簡単に抜かれることはなかったはずだ」
あの追われる局面で、エリは耐えきれずにフォーメーションを崩してしまった。だが、近接戦の妙手であるシェリーの傍こそが、エリの最も生存確率の高い場所だったのだ。また、精神的には追われるのがきつい場面だったが、冷静に分析すれば、一方的に1機戦力を削られたアストラルこそが、追い詰められている場面だった。多少の被害を受けても、時間稼ぎをすることができていれば、あそこまで戦況を押し戻されることはなかったはずだ。
それでも、その後の両チームのパフォーマンスは、最高といっても過言ではなかった。強いて根本的な敗因を挙げるとすれば……。
「この戦いに参加するには、私はあまりに拙い。おまけに、戦場に立ち続けるのに耐えられる精神に至っていない」
エリの頬に、熱い涙が伝った。強力なチームメイトにおぶさっているだけの己が、あまりに情けなかった。
シェリーは、そんなエリの肩にそっと手を置いた。
「そんなことはない。これが新人戦であることを考えれば、今回の戦いのレベルの高さが異常なだけだ。特に最後に残った四人は、皆修羅場を潜り抜けてきた紛れもない猛者だ」
シェリーは、まっすぐな瞳でエリを見つめた。
「それに、我はエリのポテンシャルを信じている。ナツメだって同じだろう。大事なのはこれからだ。エリは今日初めて戦場に立った新兵に過ぎないのだから」
シェリーの温かい手が、うずくまっているエリの頭を撫でる。エリは幼子のように声を上げて泣いた。それでも、心の中では、次こそは負けないと固く決意するのだった。