60話 勝利の王女に祝福を
この話でこの物語は完結です。
いままで読んでいただきありがとうございました。
パシフィックの屋外アリーナ。
巨大なスクリーンに映し出された戦闘が、決着を迎えた。
白銀の戦乙女が、最後の一撃を放つ。
光が弾け、敵機が沈黙する。
会場全体が、一瞬静まり返った。
そして――
「曙杯の勝者は、ヴィクトリア・N・ブロウニング!!」
アナウンサーの声が、アリーナ全体に響き渡る。
「我らの姫がデビュー最短でAクラス3冠の偉業を達成しました!これは、彼女の母であるシェリー・ブロウニングが持っている9ヵ月21日から7日早い記録となりました!この偉業が更新されたことに驚きを隠せません!」
会場は、割れんばかりの歓声に包まれた。
観客が立ち上がり、拳を突き上げる。
「トーリ!トーリ!トーリ!」
コールが響く。
その熱狂は、Aクラスコンペで決着がついたことでも、偉業が更新されたことでもなく、誰が為したかが重要視されていた。
数々の戦乱を経て行政特区となったパシフィック。
その小さな国で姫として生まれたヴィクトリアは、天性の戦闘センスとアイドル性を持って、周りの全てを熱狂させるカリスマを発揮していた。
アリーナの中央。
白銀の戦乙女から、一人の少女が飛び出した。
ヴィクトリア・N《ナツメ》・ブロウニング。
通称、トーリ姫。
金色の長い髪が、風になびく。
彼女は、ドレスを脱ぎ去り、観客の前に姿を現すと、笑顔で手を振った。
それだけで、歓声が一層強くなる。
「トーリ!!」
「姫!!」
トーリは、着替えることもなく、そのままインタビュー会場へと向かった。
軽やかな足取り。
自信に満ちた笑顔。
インタビュー会場には、多くのカメラマンと記者が待ち構えていた。
フラッシュが一斉に焚かれる。
トーリは、カメラに向かって笑顔を向けた。
インタビューアーが、マイクを差し出す。
「優勝おめでとうございます!今の率直な気持ちと次の目標を教えてください」
トーリは、少し考えるように首を傾げ、そして笑顔で答えた。
「ありがとうございます。ママよりも少しデビューの時期が遅くなったことで塗り替えることができた記録だと思っています。でも、せっかくのラッキーなのでみんなと一緒に喜びたいと思います」
トーリは、カメラに向かってウインクした。
「次の目標はパパが持っている全ジャンル重賞制覇を目指します。きっと見てくれている人もその光景を望んでいると思うので」
会場が、再び歓声に包まれる。
インタビューアーは、満足そうに頷いた。
「ありがとうございました。国民一同、トーリ姫が一層活躍するのを心待ちにしています」
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場面は変わる。
タチバナ邸のリビング。
モニターには、トーリのインタビューが映し出されていた。
長い黒髪を大きな三つ編みにして背に垂らした少女が、モニターを複雑な表情で見つめている。
サクラ・N《ナツメ》・タチバナ。
彼女の隣には、金髪の女性が立っていた。
シェリー・ブロウニング。
トーリの母であり、サクラの師匠。
サクラは、少しむくれたような表情で呟いた。
「おめでとうございます、師匠。私が揺籃をとった時より嬉しいんじゃないですか?」
シェリーは、腕を組んだまま、モニターを見つめていた。
「なんだ、サクラ。こどもみたいにむくれて」
シェリーは、少し苦笑した。
「まあ、正直なところ嬉しくないわけではないが、自分の記録を破られた悔しさが勝るな」
サクラは、少し笑った。
「師匠らしいや」
シェリーは、サクラの方を向いた。
「それに、あやつを我が子として愛しているが、技を継いでくれたサクラが初Aクラスを制した時の方がこみ上げるものがあったな」
サクラは、思わず顔を赤らめた。
「ちょっと、不意打ち禁止ですよ」
サクラは、視線を逸らす。
シェリーは、優しく微笑んだ。
「競う必要はあるまい。あやつとサクラの持ち味は別のものだ。そして2人は姉妹でありチームメイトなのだから」
サクラは、小さくため息をついた。
「わかってはいますけど、どうしようもなく意識してしまうんですよね」
シェリーは、まだまだこどもらしさが残る愛弟子を見て、目を細めた。
「最初はお互いの母に戦闘の指導を頼むなんて、回りくどいことを考えたものだと思っていたのだがな、こうしてみると存外悪くない」
サクラは、真剣な顔で答えた。
「それは仕方ないじゃないですか。トーリも私も、実の母に教わっているだけじゃ親を越えられないって思ったんですから」
シェリーは、静かに頷いた。
「使えるものは全て使えばいい。汝らに課せられた使命は重い」
シェリーは、口から放った言葉に少しだけ苦みを感じた。
しかし、自分の愛娘と愛弟子は、それに耐えることができると信じていた。
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パシフィック校、アドヴェントプリンセスのチームルーム。
扉が開く。
トーリが入ってきた瞬間――
パン!
クラッカーが派手に鳴った。
「おめでとう、トーリ!」
チームメイト2人が、笑顔で出迎える。
1人は、長い黒髪をおさげにした姉、サクラ・N・タチバナ。
もう一人は、父親譲りの艶やかなブラウンの髪をセミロングにして、母親と同じウェアラブルデバイスを身につけた妹、アヤ・N《ナツメ》・ホシノ。
3人は、この国の姫であり、チーム名にもなった「アドヴェントプリンセス」と呼ばれる存在だ。
トーリは、満面の笑みで答えた。
「ありがとう、2人とも」
「師匠が例のもの、問題なく手に入ったってさ」
サクラが伝言を伝えると、トーリの目が、キラキラと輝いた。
「やった!ママ大好き!」
アヤは、少し首を傾げた。
「なんのことですか?」
「本国先行販売の春の新作化粧品だよ。事前にお祝いの品をおねだりしてたんだ」
トーリが嬉しそうに答えると、サクラは呆れたように言った。
「戦う前から勝つ気だったなんて、まったく」
アヤは、冷静に付け加えた。
「トーリらしい」
「えへへ」
「「褒めてない」」
サクラとアヤは、同時にツッコミを入れた。
ひとしきり談笑したあとに、トーリは力のこもった声音で2人に話しかける。
「これから海外のコンペもどんどん制覇していくんだから、2人もしっかりついてきてよ」
トーリのあふれ出る自信を受けて、サクラとアヤは真剣な眼差しを返した。
どちらもトーリ1人だけに活躍を譲る気なんて、毛頭なかった。
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その日の夕方。
トーリは、官邸に呼び出された。
執務室の扉を開けると、そこには大好きな父親が座っていた。
ナツメ・コードウェル。
パシフィック行政特区の首長。
かつての写真とは異なり、少女そのものだった容姿は、すっかり成人男性のものに変わっていた。
それでも、成人近い娘がいるようには見えぬほど若く見え、かつての美貌は以前とはまた違った輝きを放っていた。
彼はスーツではなく軍服の着用を好み、今日も深緑の軍服を身に纏っていた。
トーリが入ってくるのを見とめると、ナツメは立ち上がって出迎えた。
「待ってたよトーリ。優勝おめでとう」
トーリは、満面の笑みで走り出した。
「ありがとうパパ!」
トーリは、父のもとまで駆けていき、その胸に飛び込んだ。
会う機会はそれほど多くはないので、トーリはここぞとばかりにスキンシップをはかる。
ナツメは、年頃の娘が大型犬のようなじゃれ方をするのに若干困惑はあったが、溺愛しているが故に窘めることができなかった。
一通り落ち着くと、二人は向かい合ってソファに座った。
ナツメは、静かに言った。
「輝かしい功績だ。親としてはずっとそんな表舞台にいられるようにしてやりたいのだが」
ナツメの表情が、少し曇る。
トーリは、その変化を見逃さなかった。
「戦の気配があるってことだね?」
父の物憂げな表情を見て、トーリは表情を引き締めた。
ナツメは、窓の外を見つめながら答えた。
「本島ではないが、どうにも採掘ポイント付近が狙われているらしい。こうして伝えるのは無断出撃されるのを嫌っているのであって、未成年の君たちを戦場に行かせたいわけではないからな」
トーリは、真剣な眼差しで父を見つめた。
「わかってるつもりだよ。でも、大人だからって戦場に出て耐えられるとは限らない」
トーリは、拳を握りしめた。
「私は、パパたちにも傷ついて欲しくない。ひとりでなにもかもできるとは思ってないけど、私が持つ力のぶんくらいの重荷は引き受けたいんだ」
娘の言葉を聞いて、ナツメは胸の痛みを覚えて顔をしかめた。
ナツメは、苦しそうに呟いた。
「こんなことにならないように頑張ってきたつもりなんだがな」
トーリは、優しく微笑んだ。
「偉そうに口を挟むことになるけど、上手くやってこれたんだと思うよ。ただ、世界はパパが思うよりも意地悪で、きっと問題の解決には時間がかかるんだ」
ナツメは、目を逸らして遠くを見つめた。
「そうだね」
「だから、いつか私がこの国を平和にしてみせるよ。家族みんなが戦わないでもすむように」
「ありがとう。親としては君を戦地に送りたくはないが、これが一首長となると別だ。君という戦力とその活躍は他に代わりがきかないものになっている」
トーリは、自信に満ちた笑顔で答えた。
「そうなるように頑張ってるからね。私が注目を浴びれば浴びるほどに他勢力の工作は空回りする」
息を巻くトーリに対して、ナツメは痛みを堪えるように言った。
「それがどんな事態を招くかは伝えたことがあったよね」
トーリは、真剣な顔で頷いた。
「もちろん忘れてないよ。パパがやむにやまれず旗頭になったあと、ずっと狙われ続けて穏やかな時間なんてろくになかったこと」
「でも、私たちにとれる手段は多くないんだ。私が矢面に立って、パパたちに背中を任せるしかない」
「平和になって、君たちが早く普通の人になれたらいいのだが」
ナツメは思わず呟き、それを聞いたトーリは不意に笑った。
「それは無理だよ」
ナツメは、意表を突かれ理由を尋ねる。
「だって、私たちは生まれながらにお姫様なんだよ。元々普通じゃないでしょ?」
ウインクしてみせる娘を見て、ナツメは思い知った。
彼女たちもまた、自身とは違った意味で普通の生まれではないということに。
そうであるなら、せめてそれが呪いではなく祝福であるように、と祈った。
そして少女は立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるねパパ!」
「必ず帰ってこい」
トーリは、振り返り、満面の笑みで答えた。
「もちろん!だって私はヴィクトリア・N・ブロウニングだよ!」
自信に満ち溢れた娘の笑顔に、妻の面影を感じ、ナツメは目を細めた。
そして、戦うお姫様は戦場へと向かう。
家族の平和を勝ち取るために。




