58話 少女と兵器と
ある日の朝、ナツメはカティアと待ち合わせをしていた。
パシフィック校の正門前。カティアは、白いブラウスに淡いブルーのスカートという、シンプルな私服を着ていた。白い帽子を被り、少し緊張した面持ちでナツメを待っている。
「お待たせ」
ナツメが声をかけると、カティアは顔を上げた。
「いえ、わたしも今来たところです」
二人は、小型飛行機に乗って移動する。目的地は、有名な動物園だ。
「動物が好きなのか?」
ナツメが尋ねると、カティアは小さく頷いた。
「はい。無邪気で可愛くて、つい時間を忘れて動画を視てしまいます」
「そうか。かなりの人気コンテンツだと聞くが視たことがなかったな」
カティアは、少し驚いたような顔をした。
「それはもったいない。今日のデートで動物の可愛さをいっぱい教えてあげます」
「お手柔らかにな」
カティアとナツメは顔を見合わせて微笑みあった。
--------------------
動物園は、平日だからか、人はそれほど多くなかった。
入口を抜けると、最初に見えたのはフラミンゴの池だった。ピンク色の鳥たちが、優雅に水辺に立っている。
「綺麗……」
カティアが、小さく呟いた。
ナツメは、カティアの横顔を見た。彼女の瞳には、純粋な驚きと喜びが宿っている。
「こっちに行ってみよう」
二人は、ペンギンのエリアに向かった。
水槽の中で、ペンギンたちが泳いでいる。時折、水面から飛び出し、岩の上に飛び乗る。
「可愛い……」
カティアは、水槽に顔を近づけて、じっとペンギンを見つめていた。
「ああ、可愛いな」
ナツメも、隣でペンギンを眺める。
「こんな風に、ただ泳いでいるだけでいいんですね」
カティアの言葉に、ナツメは少し考え込んだ。
「……ああ」
カティアは、ペンギンを見つめながら、静かに呟いた。
「私は、ずっと戦うために生きてきました。でも、この子たちは、ただ泳いで、ただ生きている」
ナツメは、カティアを見た。
「君も、好きなように生きていい」
カティアは、ナツメを見上げた。瞳が、少し潤んでいる。
「……ありがとうございます」
次に向かったのは、象のエリアだった。
大きな象が、ゆっくりと歩いている。その隣には、小さな子象がいた。
「お母さんと、こども……」
カティアが、静かに呟いた。
「家族だな」
ナツメの言葉に、カティアは黙って頷いた。
子象が、母象の足元に寄り添っている。母象は、優しく鼻で子象に触れた。
「家族……」
カティアは、その光景を見つめながら、繰り返した。
ナツメは、カティアの横顔を見た。彼女は、家族を知らない。聖女協会で、兵器として育てられた。
二人は、ベンチに座って休憩していた。
カティアは、アイスクリームを舐めながら、静かに呟いた。
「外の世界って、楽しいことがいっぱいなんですね」
「楽しい?」
「はい。直に見る動物の愛くるしさ、アイスクリームの甘さ、楽しそうな人たちの声。ここは安全で幸せに満ちているんですね」
ナツメは、微笑んだ。
「そうだな」
カティアは、アイスクリームを舐めるのを止めて、ナツメを見た。
「ナツメさん、私はずっと兵器として生きてきました」
「……」
「戦うために生まれて、死ぬまで戦う。それから逃れられないんだと思ってました」
カティアは、象のエリアを遠くに見つめた。
「でも、今はこうして動物園に遊びに来ていて。ナツメさんは『普通の少女』として接してくれています」
「わがままですけど。ずっとこんな日が続いてくれたらいいのにって思っちゃいました」
「ナツメさん。わたしの全てを捧げます。だから、どうか傍に置いてくれませんか?」
「カティア。そんなに急いで生き方を決める必要はない」
ナツメが真剣な表情で語りかけると、カティアは困ったように笑った。
「ナツメさんって鈍いんですね。わたしが心からあなたのことを好きなことに気がついてないんですか?」
ナツメは、少し驚いた顔をした。
「私たちは戦場で出会って、命を取り合ったんだぞ?」
「では、ナツメさんが逆の立場で……命を救われて、日の当たるところまで連れていってくれた異性がいたらどんな感情を抱きますか?」
「あ……」
カティアに言われた通りに想像をしてみて初めて気がついた。鈍感な自分でもそんな相手にはきっと特別な感情を抱いてしまうだろう。ナツメ自身も、生き方を縛られてきたから、痛いほどわかってしまった。
「それに、現実問題としてあなたの傍以上に安全な場所はないかと」
「そうだろうか?むしろまだ火中にいる気がするが」
「貴方は人を守る力を持っていて、人を惹きつける魅力も持っています。だから。大丈夫です」
カティアは精一杯の強がりで笑ってみせた。ナツメはそんな彼女の心情を察して微笑む。
「わたしもあなたの力になります。助けてもらったときの約束を果たすために」
「気持ちは嬉しいが、正直コミュニティをコントロールできていないから、不便をかけるかもしれないぞ?」
「そこも含めて、わたしが力になります」
キラキラした生命力を取り戻した少女を見て、ナツメは眩しそうに目を細めた。
「なら、断る理由はないな。一緒に幸せになろう」
「はい!」
2人はぎこちなく抱擁を交わした。




