55話 戦場のドレスコード
「ナツメさん、動かないでください!」
ナツメの耳に頼りになるチームメイトの声が届く。天を見上げると、光線の網がナツメを取り囲むように照射され、今まさに食らいつかんとしていた刃の嵐を悉く灼き尽くしていた。見たままの事を言えば、見慣れぬ装備をしたミラージュから放たれたビームが、中継機のようなものを経由して拡散され降り注いでいた。
ただ、ドレスという非常識な兵器が存在するこの世界でもビーム兵器という空想の産物が実用化されたという情報は寡聞にして聞いたことがない。だが、目の前で起こっていることが真実ということだろう、なにせ刃の嵐は溶け落ちてナツメは生きているのだから。
「エリ……」
頭の中で情報はぐちゃぐちゃになっていて、ただ、救い主の名前だけが唇からこぼれる。
「助けに来ました。そして……終わらせに来ました」
前者はいつものエリのように少女らしい声で発せられたが、やや間をおいて放たれた後者は審判を告げるように重く厳かに紡がれた。
「おいおい、キャスティングにはねぇぞ。お呼びじゃねぇんだよ」
ヴィーは苛立った様子で声を張り上げて羽根を差し向ける。対するエリは淡々と長銃を向けて引き金を引く。中継機を介したビームは光の奔流となって羽根ごとヴィーを灼き尽くさんとする。かろうじて回避したヴィーは、信じられないものを見て思わず乾いた声で呟いた。
「なんだぁ、そりゃ」
「あなたを裁く光です」
芝居がかった台詞の割に口調は鋭く硬い。「今からお前を殺すものだ」を情緒的に翻訳したらそうなるのだろうか。
「おかしいだろ、いつもいつもそいつだけ贔屓されて! そいつだって何人も殺してんだぞ!」
カティアはヴィーが戦闘ではなく舌戦にて正論を叩きつけたことに驚いた。相手が未知数だから様子を見るというのは自然だが、あのヴィーに限ってそんな弱腰なことはしない。なにより、彼女の言葉は自然と内から湧きだした本心のように思えた。
「知ってますよ、そんなこと」
エリはほんの一瞬息を飲んだが、諦観を漂わせながら静かに返す。ナツメはその言葉の重みを受け止めて拳を握りしめた。
「あなたが投降するなら命を奪うことは諦めます。なので、このまま言葉でぶつかり合う気なら応じます」
「勝てる気でいるのかよ」
「それを、望んでいます」
額面通りに受け取れば謙虚な言葉だった。だが、文脈を読み解けば、エリは一貫して力による解決を望んでいるという意味になり、それはかなり強硬な姿勢だった。
「なんだよ。一方的に言いやがって。そもそも最初にオレから奪っていったのはそいつじゃねぇか」
こどもが駄々をこねるように言い放つ。その姿からはどうしようもない憤りと悲しみが溢れていた。
「どういう意味ですか?」
カティアが問うと、ヴィーは一瞬言葉に詰まった。
「お前!! ……あぁ、お前は知らないから……そうか。リー・アルファという名前くらいは聞いたことあるよな。その人がオレの最愛の家族で、ナツメ・コードウェルが仇だ」
ヴィーが語る衝撃の内容に、カティアは言葉を失った。聖女協会の臨界者、その最初の一人が戦死していたことは知っていた。ヴィーがその人物と親しくしていて、なにより誰かにそんな人間らしい感情を向けていたなんて想像したこともなかった。一方で、臨界者を殺せる人物がいるとしたら、自分を打ち負かしたナツメ・コードウェルはその候補としてなんの矛盾もない存在だ。
「復讐ですか」
エリが静かに問う。
「そうだ。そいつから全てを奪わねぇと気が済まねぇんだよ。たとえ死んでも諦められるか!」
ヴィーがそう息を巻くと、エリはただため息をついた。
「あん? なんだ、文句ありげだな」
「当然ですよ。あなたの事情なんて知ったことではありません」
「てめぇ! 興味ねぇならすっこんでろよ!」
「そうはいきません。ここが、わたしのいるべき戦場です」
「お遊戯会しかしたことねぇひよっこが何を粋がってやがる」
エリは躊躇いなく引き金を引くと、光が中継機を通り屈折してヴァルキュリアの肩から翼を灼く。
「がぁ!? 撃ちやがったな!!」
「外してしまいましたか。確かにまだ未熟なのは事実ですね」
悲鳴を上げるヴィーに対して、エリは虫をつぶし損ねたかのように淡々と応じた。
そして言葉での応酬はそこで終わり、殺し合いが始まる。エリが引き金を引く度に羽根は数を減らし、ヴァルキュリアの装甲が焦げる。ヴィーは雄たけびをあげながら光の檻で区切られた空を駆け回って逃げた。一方的な蹂躙に見えたその戦いは、エリの動きが次第に精彩を欠いていくことで拮抗し始めた。
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「どうした、威勢がいいのは最初だけか!?」
ヴィーの挑発が響く。
「ほんと未熟ですね。わたしも、この子も」
襲い来る羽根を子機が展開したバリアフィールドで阻みながら、エリはナツメの元に辿り着く。
「ナツメさん、すみませんが力を貸していただけませんか? わたしが決着をつけたかったのですが力不足のようです」
「そうしたいが、私にはもう戦う力がない」
絞り出したその声に、エリは長銃を押し付けることで応じる。そして2機の子機が光を放ちながら、クルセイダーのジェットがあった部分に張り付いた。金属が軋む音とともに、子機がクルセイダーと一体化していく。
「子機であるアルマライカは私が操作します。コアのリンク調整と子機の制御だけであればなんとか耐えられる操作負担になる見込みです。ナツメさんの機体制御イメージはこちらで汲み取って、普段通り戦えるようにバックアップします。……あなたを死なせません。だから、一緒に戦ってください」
「わかった。背中を預ける」
「任せてください」
そしてナツメは再び飛び立つ。ジェットの比ではないほど機体は滑らかに、素早く動く。銃口を相手に向けて光を放つと、瞬く間に相手の装甲が灼き切れる。
「負けてたまるか! オレが負けたら、リーが浮かばれねぇ。お前だけは死んでも道連れに!」
そうしてヴィーはクルセイダーに肉薄するが、ナツメは容赦なく相手を蹴り上げる。理不尽なビームの雨に追いかけまわされて失念していたようだが、そもそもクルセイダーとナツメ相手に近接戦で勝負になるアクトレスなどこの世界に片手指ほどしか存在しない。
「頼む、降伏してくれ」
ナツメは一方的に追い詰めているにも関わらず、懇願するようにヴィーに告げる。
「できないな。こんな惨めな気持ちを抱えたまま、オレ自身を許せないまま生きるなんてまっぴらごめんだ」
ヴィーは震えた声で返す。
「お願いだ。償いは一生をかけてする。だから……」
「らしくないぜナツメ・コードウェル。オレとお前はコインの裏表だ。背中合わせにしか存在できねぇ。一度やりあった以上は残る結果は表か裏かだ」
ヴィーは最後の突撃をしかける。
「ヴィー・ガンマ!」
ナツメは銃口を向けて相手の名前を叫ぶ。引き金に添えられた指が震える中、不意に銃口から光が放たれる。ヴィーの腹が撃ち抜かれ、ナツメは言葉を失ったまま立ち尽くす。
「あなたは戦場に立つ条件を満たしていない。だから、その悲しみも罪もわたしが引き受けます」
エリは祈りを捧げるように呟いた。彼女が遠隔操作で長銃からビームを放ったのだ。
羽根が舞い落ちるようにヴァルキュリアが地面に降り立つと、ヴィーはドレスを脱いで地面に転がり落ちた。ナツメとカティアは急いで傍に行く。
「おい、最期くらい面みせろや」
ヴィーが力なく話す。ナツメもドレスを脱ぎ捨てて傍らに座った。もう、抵抗する力も残ってはいないだろう。
「はっ、むかつく面だ。もっと近くにこい、そうだ。ああ、それくらいでいい」
ヴィーは手が届くほど傍に来たナツメの頬に手を添えて爪をたてる。痕に残らぬほどに弱弱しいひっかきは痛みを与えることすら叶わず、ヴィーから流れる血を塗るに留まった。
「ざまあ見やがれ」
落ちていく手をナツメが掴むと、ヴィーはそう言って満足そうな顔で瞼を閉じた。
ナツメの目から一粒の涙が零れ落ちた。
「わたしがもっと、この子のことを知っていたら、人間らしく接していれば」
カティアは息を引き取ったヴィーの手を握って後悔を口にする。ナツメは口を噤むことしかできない。
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「ナツメさん。無事ですね?」
ドレスを脱いだエリはナツメの顔を覗き込むと、ようやくほっとしたように息を吐いた。
それを見たナツメは、エリを勢いよく抱き締める。震える肩と息遣いから、ナツメが声もあげず大泣きしていることを悟る。
「流石のナツメさんでも怖かったですか? それとも、あの少女のことを気に病んで?」
「違う。……私が、エリを殺した」
エリが尋ねるとナツメはその言葉に被せるように意味深なことを言った。
「えっと、それってどういう……あぁ、そういうことですか」
一瞬戸惑ったエリだが、ナツメが何のために涙を流しているか痛感した。
「私の選択が、君を日常から遠い場所に連れ去ってしまった。本当にすまない。いつかこんな日が来るとわかっていながら、こんなことを」
嗚咽しながら縋りつくナツメを、エリは優しく抱き締めた。
「ナツメさんやシェリーの隣にいることがわたしの望みの全てですよ。それに、最愛の人にこんなに泣いて悼んでもらえるなら、少女エリもきっと本望です」
エリの言葉を受けて、ナツメは一層強くエリを抱き締める。
「ねぇ、ナツメさん。ヴィー・ガンマは誰よりも強くなる可能性を持った装者でしたが、戦場に立つ資格は持っていませんでした」
「それはコア共振率でもドレスでもなければ、戦闘技術でも戦略の才能でもありません」
「戦場のドレスコード。それは殺す覚悟、そして殺される覚悟」
「付け加えるなら、奪う覚悟、そして奪われる覚悟だ」
ようやくナツメが口を開く。
「それは……。わたしはまだまだ半人前のようです。これからも支えていただけますか?」
乗り込んだ世界のあまりの残酷さにエリはたじろぐ。だが、だからこそ、一人では生きていけない世界で手を伸ばす。
「支えるのは吝かではないが、君のような半人前がいてたまるか」
2人はようやく身を放して、少しだけ口の端を釣り上げた。
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一人の少女が戦場のドレスコードを得て、一人の少女が戦場から叩き出された。
これはそんなやるせないくそったれな世界の、革命前夜の話。




