54話 災禍は嵐の如く、狭霧の如く
格納庫で身を潜めているナツメとカティア。外では戦いの音が響き、無数の光点が空を舞っている。いつ来るかも分からぬ襲撃に、カティアは身を固くしていた。
その時、ナツメが鋭く顔を上げた。
「カティア、伏せろ!」
ナツメがその身でカティアを庇うと、轟音とともに天井を突き破ってヴァルキュリアが突入してきた。砕けたコンクリートの破片が降り注ぐ中、白い機体が着地する。
「会いたかったぜぇ!!」
興奮気味に喚き散らすヴィーを前に、カティアとナツメは険しい表情をする。ナツメは一瞬の躊躇もなく、全速でヴァルキュリアに突っ込んだ。
セオリーとしては護衛対象から離れるべきではないが、相手は臨界者。カティアを抱えて逃げ回っても勝ち目はない。そして、無数の刃の羽根という制圧兵器を相手どるには、超接近戦しか活路はなかった。
「そう何度も同じ手を食うかよ」
前回クルセイダーの予想外の装甲強度に土をつけられたヴィーは、まともにやりあう気はなく、羽根で格納庫の壁や屋根を引き裂くと、ナツメと距離をとることに終始した。金属の軋む音が響き、格納庫の構造材が次々と崩れ落ちる。
状況は膠着しているが、ナツメとしてはカティアへの接触を防げているだけでよしとした。
だが、そこに新手が現れる。格納庫の入口から、入り口を破壊してアストライアが侵入してきた。
「対象を確認」
レアの淡々とした声が響く。
「レアか。お前にしちゃあ気の利いたタイミングだな」
ヴィーが嘲るように言う。
「条件をクリア。作戦を次の段階へ移行させます」
レアは機械的に告げると、ナツメとカティアの間に立ち塞がった。
「どけぇ!!」
ナツメはいままで出したことがないほどの大声で吠えると、瞬きの間にアストライアが振り降ろす右手に正拳突きのカウンターを合わせた。
衝撃が走る。
長棍はにわかに吹き飛び、アストライアの右手が砕ける音が響いた。
「ぐぅ!」
あまりの痛みに、泰然自若とした態度を崩すことがないレアもうめき声をあげた。装甲越しに伝わる激痛に、レアの視界が一瞬歪む。
「確保した。お前も死なねぇうちに退避しろよ」
今の僅かな隙に、ヴィーはカティアを確保して逃走を始めた。カティアを抱いて、一気に上空へと舞い上がる。
「ナツメさん!!」
カティアの悲鳴が響く。
レアは傷ついた体に鞭を打って、今一度ナツメの足止めを図った。残った左手で長棍を拾い、ナツメの前に立ち塞がる。
「邪魔をするな!」
雷光のようにクルセイダーの直蹴りがアストライアの腹部にヒットし、数歩押し戻す。バリアフィールドを隔ててなお内臓を揺さぶる相手の攻撃に、レアは生まれて初めて恐怖を覚えた。
決死の覚悟を固めて踏み出したレアを阻んだのは、新たな闖入者だった。
「ナツメ、奴を追え! 生身の人間を抱えた状態ならば、いまからでも追いつけるはずだ」
シェリーのドレッドノートが、格納庫に滑り込むように現れた。
「助かる」
ナツメは短く礼を言うと、その場を飛び立ち、さらわれたカティアの後を追う。クルセイダーのジェットが轟音を上げ、夜空へと消えていく。
レアは尚もナツメの足止めをしようと前に出たが、シェリーに阻まれた。臨界者である自身に一歩も引けを取らない相手の身体能力と技量に、レアは戦慄する。
「それでも、主の意向は絶対です」
レアが低く告げる。
「ならば全てをうち砕いてみせろ!」
対するシェリーは裂帛の咆哮で迎え撃った。二つの機体が激突し、格納庫に火花が散る。
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ナツメ、ヴィー、カティアの三人は、最果ての島に辿り着いた。海上に浮かぶ小さな無人島。周囲には何もなく、ただ岩と草だけが広がっている。
ヴィーはそこでカティアを降ろした。思いのほか優しくカティアを地面に置く。
「もうわたしのことは放っておいてください」
カティアが懇願するように言う。
「つれないこと言うなよ。だいだい、そんな都合よくいくわけねぇだろうが、裏切者」
ヴィーの声には、普段の軽薄さはなく、どこか冷たいものがあった。
「最初から都合よく扱われていたのですよ? あなたみたいに組織に居続ける方がどうかしています」
「オレとしても居場所なんざどうでもいいが、抜け駆けってのはなんだか気に食わねぇんだよ」
「あなたの感傷なんて知ったことではありません」
「お前もドレスを着てりゃあ多少歯ごたえはあったんだろうがな」
ヴィーが嘲笑するように言った、その時。
「どうした? もう勝った気でいるのか?」
ナツメのクルセイダーが、島に降り立った。ジェットの噴射が砂埃を巻き上げる。
「そりゃそうだ。手前がいくら強かろうが、本質的にオレとお前の相性は最悪だ。だからこそ、あの時それを覆したお前が憎らしいが」
ヴィーは静かに言った。普段の挑発的な口調とは違う、静かな声だった。
ナツメは押し黙る。分が悪いというヴィーの指摘は間違っていない。それに、尊大な態度とは裏腹に、ヴィーは一切油断していない。久しく感じていなかった生命の危機を感じ、鼓動が僅かに早くなるのを感じた。
それでもナツメは落ち着いた動きで弾倉を切り替える。この局面を乗り越えるには、切り札であるケラウノスを当てる他ない。
「はっ」
ヴィーはその様子を見て鼻で笑った。狙っていることはお見通しだとでも言いたげだ。実際、奇襲ではなく手の内を知られている状況で当てるのは、格段に難易度が跳ね上がっている。
ナツメは呼吸を整えながら、相手の動きを静かに待った。
「お利巧なことだ。じっとしている分だけ寿命は伸びる」
ヴィーは静かに羽根を動かし始めた。無数の刃が、ゆっくりと宙を舞う。
「止めましょうよ! 血を分けた相手なんですよ!?」
カティアが叫んだ。
「オレとこいつの因縁の前に、血縁なんてちっぽけなもんはなんの足しにもなりゃしないな」
ヴィーは相手を挑発するようないつもの独特の調子はなく、ポツリと消え入るように吐き捨てた。カティアもナツメもそこに彼女の深淵を覗いたような心地になり、思わず唾を飲む。
ヴィーはゆっくりと羽根を漂わせる。普段の暴風雨のような操作とは打って変わって、霧雨のように纏わりつく動きをさせた。
ナツメは真綿で首を締められるような圧力を感じ、冷汗をかきながら逃げ惑う。
(尋常じゃない殺意だ。安易に対峙すれば一瞬で細切れにされる)
今まで抱いていた印象からはまるで別人のような戦いぶりをするヴィーに、ナツメは戦慄を覚える。どれだけポジションを変えて銃口を構えても、勝利へのイメージが一切湧かなかった。
ヴィーからの挑発はもうない。絶対に殺すと決めている以上、そんなものは必要ないのだと、彼女の態度が雄弁に語っている。
幾度も幾度も、クルセイダーと羽根の追いかけっこが繰り返される。ヴィーはクルセイダーの燃料が切れるまで、延々とこの作業を繰り返しても構わないといった様子だ。
「ナツメさん……」
カティアから見ても、普段の2人とはまるで様子が違うということがひしひしと感じられた。
戦いから悦楽を捨て去り、殺人マシーンのように相手を追い詰めるヴィー。一方で、カティアを追い詰めたときの苛烈なまでの気迫とは打って変わって、草食動物のように一方的に逃げ惑うナツメ。
カティアの目から見ても、全てをかけてナツメを殺すというヴィーの気迫は容易に見て取れた。だからこそ、この絶望的な状況に祈ることしかできない。
とうとうナツメが引き金を引いた。
甲高い音とともに、ヴァルキュリアの翼の一部をもぎ取る。しかし、それだけだった。
すぐさまクルセイダーの全てを覆い尽くす量の羽根が襲いかかる。ナツメはノータイムで相手に突進をしかけて近接戦に持ち込もうとする。
しかし、羽根に阻まれて失速し、ケラウノスを囮にした奇襲は失敗に終わる。
羽根は刃を立てて切り込んでくるのではなく、面でクルセイダーを受け止めて押し返すにとどめたのだ。一見穏当な対応に見えるそれが、ナツメにとっては致命的な回答になった。
多少の斬撃なら痛くも痒くもないが、徹底して機動力を殺されたのでは打開策がない。
何より、DPC《デュアルフェイズコンポジット》装甲に覆われたクルセイダー本体と違って、ジェットの噴出口やアサルトライフルはそれほど丈夫ではない。その弱点だけ見事に突かれて、クルセイダーは機動力と射撃能力を失った。
黒煙を上げて、クルセイダーが地上に墜ちる。
「存外あっけないな。これで万策尽きたか」
地上に墜ちたナツメは、歯を食いしばりながら相手を見上げる。ヴァルキュリアが、ゆっくりと降下してくる。
「聖女協会にとって彼は貴重な人物です。殺さないように指令を受けているのではないですか」
カティアが懸命に声をあげたが、ヴィーは淡々と答える。
「オレにとってそんなことはどうでもいいんだが。そうだ、地面に額を擦りつけて、泣いて詫びるなら半殺しで済ませてやってもいい」
「あまり信用できないな」
ナツメが低く答える。
「そう言うな。今のお前に選択肢はねぇよ」
「ナツメさん……」
カティアの声が震える。
ナツメは己が100を超える刃によって磨り潰されるのを想像した。今まで死を覚悟して戦ってきたが、流石にそこまで惨たらしい死に様を許容できるほど達観はしていない。
カラカラに乾いた喉は、悲鳴すら上げることがかなわない。
ヴァルキュリアの羽根が、ゆっくりと刃を立て始める。無数の刃が、ナツメを取り囲む。
絶体絶命の窮地。ナツメは、ただその時を待っていた。




