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52話 ユグドラシル杯

ユグドラシル杯の表彰式を終えた控室。本来なら優勝の喜びに沸いているはずの空間に、なんとも言えぬ気まずい空気が流れていた。


「ナツメさん、アマネさん、優勝おめでとうございます!」


エリが明るい声で二人の優勝を祝う。しかし、ナツメとアマネの表情は晴れない。シェリーも腕を組んだまま、複雑そうに視線を逸らしている。


「あ、ああ。ありがとう」


ナツメは上ずった声で答えた。

エリは首を傾げた。


「みなさんどうしたんですか? 久々にナツメさんがAクラスコンペのタイトルを獲得したんですよ!」


アマネは頬をかきながら言葉を選ぶ。


「いや、なんか思ってたのと違ったというか。不完全燃焼というか……流石のぼくもシェリーに申し訳ないというか……」



シェリーは深いため息をついた。


「いや、気にする必要はない。あれはクロエの不手際が悪い……」


そこまで言って、シェリーは首を横に振る。


「いや流石に無理筋か。我との戦いで強くなったナツメ。さらにそのナツメがつきっきりで鍛えたアマネ。そんな規格外二人に敵うペアがいるはずもなく……」



エリが小さく頷いた。


「ぶっちゃけ手合い違いでしたね」


「言うな!」


シェリーが声を荒げると、アマネはナツメに視線を向けた。


「ナツメくん。強くしてくれたことには感謝しているけど……いったい僕を誰と戦わせるつもりだったんだい?」


ナツメは目を泳がせた。


「わ、私はただ、久々のAクラスコンペで万全を期そうと……」


「加減しろ馬鹿者!」


シェリーの叱責が響く。

アマネは肩を揺らして笑った。


「あはは、やっぱりちょっと怒ってる」


ナツメは慌てていた。


「いや、しかし、せっかく復帰したのにコンペに出場禁止になったりしたらシャレにならないぞ」


「流石に強すぎるので参戦拒否はアクトレス業界の沽券に関わるのでは?」


エリが小首を傾げると、アマネが軽い調子で続ける。


「ペアコンペは出禁かもよ」


「タイトル保持者なのに防衛戦に出れないのか!?」


ナツメの顔が青ざめるが、すぐさまシェリーは呆れたように鼻を鳴らした。


「そのような妄言真に受けるな。それくらいでコンペが終わるなら、汝の手で早々に終わらせてしまえ」


「縁起でもないことを言うな」


ナツメが苦々しく答えると、控室に笑い声が漏れた。


最初はお通夜のような雰囲気だったものの、うら若き乙女が集まればそれなりに姦しくなってくる。とは言え、そのほとんどが現実逃避じみた冗談の応酬ではあったが。

ナツメが真顔で口を開いた。


「とは言え、アマネ。咄嗟に手加減して事なきを得たが、あと一歩間違えてたら模擬戦仕様なのに死人が出てたぞ」


「誰のせいかなぁー!?」


アマネは即座に抗議した。流石にバリアフィールドを一撃で貫通して死に至るレベルのダメージが発生することは通常想定されていなかった。通常は。

エリが端末を操作しながら声を上げた。


「あ、試合の動画が公式サイトにアップロードされたみたいですよ。せっかくなんで見返しましょうよ。正直決着が早すぎて何が何だか分からなくて」


アマネが端末を覗き込む。


「コメント欄凄いことになってるね。外国語だけど、何が書かれてるか想像がついちゃうな。みんなもぼくらの馬券買っておけば良かったのに」


「現役の競技アクトレスが馬券を買えるはずないだろう。ん? お母様からか。ああ、それは良かった。今後も大いに期待するといい。今後のオッズは渋いだろうがな」


シェリーの端末が震えた。画面を確認したシェリーは、かかってきた電話にでる。エリが驚きの声を上げた。


「シェリー!? 不正はしていませんよね!?」


シェリーは堂々と答える。


「当然だ。お母様は競技アクトレスではない。そしてお母様はナツメの戦う姿を見て、たまたま強さを知ってファンになっただけだ。問題ない」


ナツメが眉をひそめたが、シェリーは涼しい顔で続けた。


「シェリーが情報をリークしていなくてもグレーな気はするが」


「我々はまだ結婚していない。さすがに家族になってからは控えてもらうさ」


「全文聞き捨てなりませんよ!?」


エリの抗議を余所に、アマネが端末を操作する。「再生はこれかな?」

ナツメは緊張感の欠片もないチームメイトに嘆息した。


--------------------


画面に映し出されるのは、ユグドラシル杯の会場。半径10メートル、高さ50メートルの円柱状の陣地が、周囲200メートルの空域の中心に鎮座している。

相手はクロエ・リシャールの駆るデュランダルと、イングリッド・エリクソンの操るフレスヴェルグ。デュランダルの性能は言わずもがなだが、フレスヴェルグはハイドラを高火力化改修したドレスで、昨年は猛威を振るっていた。


開始の合図と共に、ナツメのクルセイダーとアマネの鳴神が爆発的な初速でデュランダルに突っ込む。クルセイダーの方が高い加速力を持つので、波状攻撃の形となる。

クロエは前衛担当として、相手の勢いに息を飲みつつも、後ろに通すまいと迎え撃った。

クルセイダーが近づいたかと思うと視界から消失する。咄嗟に剣を振るうと、鳴神の大刀と鍔迫り合いになった。


(クルセイダーがどこから来るのか分からない)


クロエの背に冷や汗が吹き出す。鳴神を押し返して振り返ろうと試みるも、肝心の鳴神は急に脱力してクロエの脇を抜けると、クロエの相方であるイングリッドの元へ向かう。


「なっ!?」


もはやどちらが狙われているのか分からず視線を相方に向けると、イングリッドはクルセイダーに回り込まれて、進路を抑えられる形となっていた。


(まずい、挟撃になる)


クロエは必死で合流しようと加速する。しかし、時すでに遅し。


一瞬でイングリッドに追いついた鳴神は容赦なく一刀を振るう。普段なら避けられたであろうその一撃は、背後から蹴りかかってくるクルセイダーの挟み撃ちによって不可避の一撃となった。


そして、信じがたいことに、イングリッドは合体攻撃を受け一撃で撃墜判定を受けた。


なにが起こっているか分からぬ間に味方が蹂躙され、クロエの思考は真っ白になる。己と相方の実力はタイトルを取るほどであり、このようなワンサイドゲームが起こるなんて理解が追いつかない。


いくら自信家なクロエでも、このレベルの相手と二対一で戦って勝てるビジョンは浮かばなかった。なにより、このような華のない戦いを良しとする二人が、今更正々堂々一騎打ちをしてくれるとも思えない。

気勢を削がれたクロエの剣は二人に届くことはなく、観客が落胆するあっけなさで幕引きとなった。


--------------------


動画が終わると、エリが率直な感想を口にした。


「アマネさん理不尽なくらい強いですね」


ナツメは淡々と答える。


「本人含めて皆が過小評価し過ぎだ。これくらいはやってのけるポテンシャルはある」


シェリーが悔しそうに呟いた。


「ナツメの全速力に反応できる者が隣に立つとこれほどの戦果が出るのか。少し悔しいな」


「なんだかこんなに褒められるのも久々で、くすぐったいね」


各々の素直な反応を受けて、アマネも年相応の照れた表情を浮かべる。

エリがふと心配そうに尋ねた。


「でも、イングリッドさん表彰式に出られないって今後の活動は大丈夫でしょうか?」


シェリーは厳しい表情で答えた。


「恐らく厳しいものになるだろうな。実戦経験のある装者アクトレスでさえあれほどの臨死体験をすればすぐには立ち上がれまい、競技者なら言わずもがなだ。あの高慢なクロエでさえ、尻尾を丸めた犬のようになっていたな」


エリが小さく頷く。


「そう思うと、ナツメさん相手に心の折れないリリアさんの異常性が良く分かりますね」


アマネが笑いながら突っ込んだ。


「君らも大概だぞ」


ナツメは苦笑いした。リリアの心は一度へし折ったから慌ててケアしたとは、口が裂けても言えない。


アマネがしみじみと言った。


「しかし、こうして見るとナツメくんの名伯楽ぶりが末恐ろしいね」


「どういうことですか?」


「いやいや、伝わってくれよ」


ナツメは首を傾げた。それに対してアマネは指を折りながら説明する。


「最初はリリアちゃんを指導したんだろう? 次にエリちゃんの才能を見つけて育てて、シェリーちゃんの才能の殻をぶち破り、そして僕を一段階上に引き上げた。まるで魔法みたいだね」


ナツメは謙遜して答えた。


「つきっきりで教えたリリアや貴女に関してはそうかもしれませんが、チームメイト二人に関しては彼女たちの才能ですよ」


しかし、当のエリとシェリーは呆れた顔で手を横に振っていた。「ないない」とでも言いたげだ。


アマネが明るい声で尋ねた。


「それで、これからの我々のチームはどんなコンペに出ていくんだい?」


ナツメは少し考えてから答える。


「そうですね、いくつかプランはありますが……」


皆明るい顔で未来を語り合っていた。

決戦の時が近づいているとも知らずに。

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