51話 嵐を呼ぶモノ
パシフィック校の喧騒から少し離れた武道場。カティアがパシフィック校に編入したタイミングでのことだ。
ナツメは武道場の入り口でアマネを待っていた。約束の時間ぴったりに、アマネが軽やかな足取りで現れる。
「チームを組むにあたって、少しハードな調整をしたいのだが」
ナツメの言葉に、アマネは意外そうに眉を上げた。ナツメのことをややドライなプロフェッショナルだと捉えていたアマネにとって、この申し出は予想外だった。
「それは願ってもない申し出だが、どういう風の吹き回しだい?」
アマネはいつもの飄々とした調子で尋ねる。
「チームに入ってもらった以上、これから厳しい戦いに巻き込んでしまうかもしれないからな。それと、私自身、最近錆落としをしてもらったから、今なら貴女の力になれると思って」
「僕の腕が錆びついてると?」
「私からはそう見える。貴女の全力はこんなものじゃないはずだ」
アマネはわずかに目を細めた。ナツメの視線は真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「『鳴神』はいいドレスだが、武装が大振りだ。貴女本来の戦闘スタイルとはいささかズレがあるだろう? これを機にそのギャップを埋めてもらう」
「君の言葉を信じるなら、そのギャップとやらを埋める方法も準備してあると?」
「スマートなやり方ではないが、方法自体に心当たりはある」
「あまり聞きたくはないけど、その試練を越えないと君の期待には応えられないんだろうなぁ」
アマネは苦難が待ち受けているのを察し、天を仰いだ。それでも、内心は己の殻を破るチャンスが降って湧いたことを喜んでいた。
数日後。二人きりの武道場で、ナツメとアマネは組手を繰り返していた。
畳を打つ音が規則的に響く。アマネは汗を垂らしながら息を整えようと必死であるのに対して、ナツメは運動をしている最中には見えぬほど涼しい顔をしていた。
「正直感動した。これがニンジュツというものか」
ナツメがニコニコと笑みを浮かべる。その純粋な興味に、アマネは少し歯切れの悪い様子で答えた。
「厳密にはどう定義したものかややこしいものだけど、まあ、外野から見れば忍者の業か」
お互いの実力差に改めて衝撃を受けたのと、自分の流派に対しての守秘義務であまり余計なことを言えなかったためだ。
「やはり、鳴神の大振りな武装と貴女の軽妙な戦闘スタイルを統合するには徒手格闘を織り交ぜるのが一番だな。なぜ、今まで使わなかったんだ?」
「いや、君という実例を見るまではその戦術に有用性があるとは想像もしなかったというか……あの特殊装甲がなくても格闘が通用するものなのか?」
「致命打にはならないが、体勢を崩せるし、手数も増やせる。近距離での威圧感は確実に増すな。何より相手は読み筋を増やさないといけなくなる。まあ、高いレベルで格闘術が完成している前提ではあるが」
「使い手である僕の読み筋が増えることは考慮しているかな?」
「得意分野だろう? それに、大型ブレードでの攻撃を相手に対応させた後に格闘は決まりやすいだろうし、格闘からの短射程プラズマ砲は決まれば強力な手筋だ」
「それを言われると返す言葉もないのだが……」
アマネは苦笑しながら、内心で呟く。
(薄々気づいてはいたが、ナツメ君はうちのお師匠達と『同じ側』の人間だね。戦いの中を生き抜いていく存在だ。その才能も、精神も)
アマネはこれからも続くであろうスパルタ訓練を想像して口をへの字に曲げながらも、久々に己が強くなっていっていることを実感し、ナツメに悟られぬよう内心喜んだ。
(アマネには成長してもらわないとな。これから、もっと厳しい戦いが待っている)
ナツメは窓の外に流れる雲を見ながら、心の中で呟いた。 そして、その数日後、シオリから連絡が入った。
-----------------
場面は変わり、エリはティア救出の作戦会議での一幕を思い出していた。
いよいよ作戦が始まろうかというとき、ナツメの母であるシオリから突然話しかけられた。エリは想い人の親と話すことに緊張したものの、待ち受けていたのは想像を超える展開だった。
「ねぇ、君ちょっといいかな? いきなり変なこと聞くんだけど、サキコ・カンザキという人物が知り合いにいないかな?」
シオリの声は、どこか遠慮がちだった。
「カンザキ? ああ、母の旧姓です。母とお知り合いなんですか?」
「ああ、やっぱり……うん、一緒に働いていたことがあったんだ。もし良かったら伝言を預かってもらえないかな?」
シオリは懐かしさと僅かな胸の痛みに耐えるように少しだけ目を細めた。
「もちろん、承りますよ」
「ありがとう。シオリが会いたがっていると伝えて、これが連絡先ね。その、サキコさんが嫌なら無理にとは言わないから」
「わかりました。必ず伝えます」
エリは相手の態度に深い事情があることを察しながら、伝言役を引き受けることを伝えた。そして、自身とナツメに奇妙な縁があったことになんとも言えない感情を抱いた。
そして、その伝言を母に伝えたのがまさについ先ほどだ。
エリが自宅のリビングで母に伝言を伝えると、母の変化は凄まじかった。顔色は一気に青ざめ、唇は細かく震えていた。
「シオリ、そう……生きていたのね」
その口調は心配していたかのようにも思えるし、一方で死んだはずの人間が生きていたことに驚きを隠せないような、どちらともとれる微妙な塩梅だった。
普段なら深入りは避けたが、ナツメの親に関わることなので、不退転の決意をして母に質問をする。
「お母さんとシオリさんはどんな関係だったの?」
サキコは娘から質問を受けてピクリと小さく跳ねたが、娘の覚悟が尋常なものではないことを眼差しと声音から察して重い口を開く。
「シオリはかつてクサナギ重工所属の装者だったの。私は当時、彼女のチームとしてバックアップを担当していたわ。歳が近いこともあって妹のように可愛がっていた存在だったの」
「わたしと同じ、クサナギ重工の装者?」
母から返ってきた意外な答えにエリは目を丸くした。
「彼女は優秀な装者だった。それこそ、早々にAクラスコンペのタイトルを獲ることが確実視されるほどに」
「なにがあったの?」
クサナギ重工所属でAクラスコンペのタイトルホルダーであれば自分が知らないわけがない。つまり、そうならなかった原因や事件があったことは想像に難くない。
「彼女は日本で初めて確認された臨界者だったの。そして、その再現性のなさと絶対的な実力が仇となって、表舞台から追われたの。軍需産業の極めて政治的な働きによってね」
「!?」
母の言っていることはすぐに理解できた。臨界者の実力を間近で見たことのあるエリは、その存在が競技そのものを破綻させかねないものだと知っていた。であるならば、その利権を取り巻く者たちが何をしたのかも容易に想像できる。
「あの子には私たち以外の後ろ盾はなかった。今であれば実戦向けの研究分野に転属させることもできたのでしょうけど、当時はあまりに突然の出来事で、私はあの子が全ての可能性を奪われるのを見ているしかできなかった」
母はポロポロと涙を流しながら語る。それだけでどれほどの後悔を胸に抱いているのかが窺えた。
「そう、だったんだ。お母さんはどうするつもりなの?」
「会わないわけにはいかないわ。私はあの子になんの償いもできていないもの」
エリは母の悲愴な覚悟を見ながら母とシオリのわずかなすれ違いを感じた。
(シオリさん、すごい遠慮がちに会いたがってたけど、お母さんがこうなるってわかってたんだね)
お互いの立場を鑑みればこのすれ違いは無理もないことだが、なんとか穏やかな再会になることを祈るばかりだった。
-----------------
さらに場面は切り替わる。
「きちゃった」
羽田空港の到着ロビーで、シオリは少しおどけた様子でナツメに声をかけた。
「ええ、お待ちしてましたよ」
ナツメは落ち着いた様子でシオリを出迎えた。所用で訪日するということで、折り入って頼みたいことがあるということだった。内容自体は想像がついており、それはエリからシオリとエリの母の因縁を聞いていたためだ。
ナツメは内心、こういう根回しが大事なんだなと感心した。
シオリの荷物を預かりタクシー乗り場まで歩き、無人タクシーでホテルまで移動する。話はホテルに着いてからするということで、二人とも他愛ない会話をしながら部屋に移った。
荷物を片付け、窓の外を見ながらシオリが景色を眺めていると、ナツメは用意した紅茶を静かにテーブルに置いた。
「ありがとう。なんだかこういうやり取り、家族みたいでくすぐったいね」
「『みたい』じゃなくて本当に家族ですから」
「えへへ、嬉しいな。でもナツメくん、こういうやり口で他の女の子に悪いことしてないよね?」
「いや、私が彼女達を手玉に取るなんて百年早いですよ」
ティアの救出作戦の際にナツメ周辺の人間関係はシオリに筒抜けになった。はじめは開いた口が塞がらないようだったが、元締めであるリリアが事情を丁寧に説明すると苦々しい表情で納得していた。
シオリとしては純朴な少年が実は悪い男だったのかと混乱したが、ナツメが狙われるのを守りたいという彼女たちの事情を理解すると、この事態もまた己の行動が引き起こした顛末だと飲み込む他なかった。
今もこうしてジャブを入れてみたが、ナツメが白旗を上げたことからも、肉欲を優先してのことではないという確信が持てた。
「ごめん、少し意地悪なことを言った」
「いえ、そのくらいの軽口を言ってもらわないと、私もなんだか後ろめたいので」
少し改まってシオリが謝ると、ナツメは苦笑した。シオリもつられて笑う。
「えっと、折り入ってお願いしたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「ある人に会うために日本に来たんだけど、良かったら同席してもらえないかな?」
「それがあなたの助けになるなら、喜んで」
「誰と会うか聞かないんだ」
「知っているので。しらばっくれるのも白々しいでしょう?」
開き直ってそう答えると、シオリはほっとしたように微笑む。
「それなら心強いね」
「どのような因縁があるかうかがっても?」
「私がクサナギ重工の装者だったときに、よく面倒を見てもらったんだ。臨界者だという理由で業界を追われてからはそれっきりだけど」
「まさかエリの母君とご縁をお持ちだとは……」
「ほんと奇妙な縁だよね。正直当時は恨んでたよ。なんで助けてくれないのって。でも、君と出会えたおかげで向き合える気がしたんだ」
「なら、私も最善を尽くさないといけませんね」
ナツメが微笑みかけると、シオリは照れくさそうに視線を逸らしてお茶を飲んだ。
--------------------
そしていよいよ翌日、エリの家を訪ねる。シオリはお土産を手にしたまま少し緊張した様子だ。
「お待ちしていましたよ」
玄関を開けたのはエリで、それを見たシオリは少しホッとした様子だった。リビングに通されると、エリの母親らしき人が硬い表情で立っていた。
「サキコさん……ご無沙汰ですね」
「シオリ……」
シオリは微笑みながら無難な挨拶をしたが、サキコの方には取り繕う余裕もないようだ。
「お母さん、お茶を用意するから、客さんを椅子に案内して」
「エリ、ケーキを買ってきた。お皿の用意を頼めるだろうか」
「お任せください」
エリとナツメは連携して場の空気を持たせることに集中した。恐らく和解は叶うだろうが、それはサキコの誤解と緊張が溶けた場合だ、というのがエリとナツメの出した見解だった。
ナツメはサキコへ挨拶しながら場の空気を温める。幸いなことにシオリはこの事態を想定していたようで、動揺することなく話を切り出す機会を待っていた。
エリがお茶を配り終え、各々がケーキを選んで食べ終わった後、エリが小声で母を促した。
「お母さん、シオリさんは恨み言を言いに来たわけじゃないと思うよ。わたしたちもついているから大丈夫」
娘の頼もしい姿を見て、サキコもこのままではいけないと、ようやく覚悟を決めた。
「シオリ。ごめんなさい。私たちはあなたのことを守れなかった。なにをしても許せないだろうけど、娘は無関係よ。私はどうなってもいいから、それで矛を納めて欲しいの」
あまりの発言に場が凍る。
(お母さん、わたしの話聞いてた!? シオリさんに失礼だよ!!)
エリは母を見つめて小声でまくし立てた。シオリも目を丸くしていた。そして、エリとのやり取りを聞いて堪らず笑い出した。
「サキコさん、思い込みが激しいところも、人の話を聞かないところも、昔のままなんですね。ほんと、私が貴女やエリさんに危害を加えようとすることなんてナツメくんが許すはずないのに」
そんな風に見られていたことはショックではあったが、サキコがあまりに昔のままなのでショックを通り越しておかしく思えてきた。真面目に考えすぎるとすれ違ってしまうことをナツメとの交流で学んだシオリは肩の力を抜くことにした。
「え?」
「ショックですよ。サキコさんの中のシオリは周りの人を傷つけるような危険人物なんですね」
「ち、違うの。ただ、エリの安全や私があなたを助けられなかったことが頭の中でずっとぐるぐる回って、もうどうしたらいいか分からなくなって」
「守ってもらえなかったのを恨んだ時期はありました。でも、私ももう大人ですから、どうしようもないことの区別くらいできます。それに、私の夢を奪ったのはサキコさん自身じゃない。そうでしょう?」
「それは、そうなのだけど」
「あと、私にも子どもができたので、サキコさんがエリさんのことを心配し過ぎる気持ちも少しわかる気がします」
「え、あなたにも子どもがいるの?」
「ええ。ずっと目の前にいるじゃないですか」
その言葉を受けてサキコはまじまじとナツメを見る。髪の色こそ違うものの、シオリの面影を強く感じた。どうして今まで気がつかなかったのだろう。
そこでようやくサキコは息を吐き出し、椅子の背もたれに身を預ける。
「すみません。母が大変な失礼を……」
「いや、もう本当に、狙ってやってないところが本当にサキコさんらしいというか」
エリはため息をつきながら頭を下げ、それを見たシオリは苦笑する。サキコの性格を知る二人ならではの気安い雰囲気がそこにあった。
それからは打ち解けた雰囲気になり、和やかな時間が流れた。サキコとシオリの表情も穏やかで、かつての親しさがうかがい知れるようだった。
ただ、帰る間際にサキコの口から想像もしてないような内容が飛び出してきた。
「シオリ。私は貴女に対するケジメをずっと考えて生きてきたの。そして、その結晶があと少しで完成するわ」
「えっと、どういうことですか?」
流石のシオリもいきなり始まった話についていくことができず、頭の上にはいくつもの疑問符が浮かんでいた。
「臨界者を超える兵器を生み出すことをずっと考えていたの。それがこの世に生まれれば、もうあなたは超常の兵器として扱われなくて済むようになる」
「理屈の上ではそうなのですが、発想が物騒すぎませんか?」
「お母さん!?」
シオリはサキコの変に真面目な部分がまた思わぬ方向に働いたことを察知して少し呆れた。一方でエリは、機密に関わることを母がほのめかしたので気が気ではない。
「その、誠意として確かに受け取りましたから。あまり思いつめないでください」
「ごめんなさい。少し押しつけがましかったわね」
「もう、本当に気を付けてくださいよ。エリさんの心労を少しでも減らしてあげてください」
サキコは己がまた暴走しかけていたことに気がつき、俯く。シオリが言う通り、これではどちらが保護者かわかったものではなかった。
それから家の前にチャーターした無人タクシーに乗ってホテルへと戻るナツメとシオリ。
二人はサキコが口走った物騒な話は聞かなかったことにした。
臨界者を超える兵器。
それはさらなる戦いの訪れを告げるようで、あまりに不吉な響きをしていた。
ナツメは窓の外に流れる夜景を見ながら、静かに呟いた。
「嵐が来ますね」
「ええ。でも、今度は一人じゃない」
シオリの言葉に、ナツメは小さく頷いた。




