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49話 報・連・相!

ナツメは、ティアと面会した翌日、ロンドン市内の高級レストランの個室にエクリプスをはじめとしたメンバーを集めていた。


集まったのは、シェリー、エリ、カオリ、リリア、アマネといった、キングス・テスタメントで優勝を果たした面々だ。


洗練されたフレンチのコース料理が終わり、ウェイターが退室して食後の紅茶が振る舞われると、ナツメは意を決したように口を開いた。


「今日集まってもらったのは、先日捕虜にした少女、ティアについてみんなに協力をお願いしたいからだ」


ナツメは全員の顔を見回し、続ける。


「端的に言えば、彼女が亡命できるように伝手を貸して欲しい」


言い終わった瞬間、重い沈黙がその場を支配した。ナツメは胃がきりきりと痛み出すのを感じた。


「お前さんの名誉のために聞くが、その女をものにしようって腹積もりじゃないんだよな?」


沈黙を破ったのはカオリだった。発言の前には短い嘆息があり、普段の軽妙な冗談ではないことがうかがえる。


「当然だ。むしろどうして私がそんな節操がないような認識になるんだ」


「そりゃあ、お前さん……」


カオリは言い淀んで、隣に座るシェリーに視線を向ける。

シェリーと交際が始まったことはまだみんなに伝えていなかったが、カオリにはすでに見透かされているようだった。ナツメは動揺を隠せず目を見開いたまま固まってしまうが、みんなの視線を受け止めるシェリーは、どこ吹く風といった様子で優雅に紅茶を飲んでいた。


「助けるのは人道的な理由だ。私の身の上と重ねて同情してしまったというのも否定はできない」


「そういうことであれば協力の余地はありますが……。ナツメさん、かなり無茶を言っている自覚はありますか?」


エリが呆れたように眼鏡の位置を直す。


「承知の上だ。だから……」


「ちょっと待った! 作戦タイム。カオリ、いいかな?」


エリの指摘を受けナツメが口を開こうとしたところで、リリアが鋭い口調で口をはさんだ。指名を受けたカオリは無言で頷き、席を立った。

ナツメは二人に引きずられるようにして、部屋を出た。


-----------------


無理を言って別室を手配すると、リリアが口を開いた。


「今回の件は正直少し怒ってる。なんでかわかる?」


「すまない。無茶を言い過ぎたか」


ナツメがそう言うと、カオリは深い溜め息をついた。


「時間がないから答えを言うけど、僕たちに事前の相談がなかったからだよ」


「ごめん。個別で話を通しておいた方がよかったか?」


「当たり前だろう。迂闊すぎるぞ旦那様。オレたちが必ずしも一枚岩じゃないってことをもっと自覚してくれ」


「そりゃあ、みんな所属が同じではないことは分かっているけど」


リリアは首を横に振った。


「違うよ、ナツメ。君を中心としたコミュニティーとして、それぞれ政治的な意図が微妙に異なるってことだ。みんな君のことが好きだけど、ゴールは微妙に違うんだよ」


リリアの瞳が真剣味を帯びる。


「だから、協力できることとできないことがある。そして、ナツメが想像する以上にあの場にいる少女たちは、一般人とは比較にならない力を持っているんだ」


ナツメは二人の言葉に圧倒され、素直に教えを乞うた。


「すまない。もう少し噛み砕いて教えてもらえるだろうか」


「慣れないことだし時間をかけて上手くなってくれりゃあいいとは思っているが……それぞれに政治的な力を行使させるときには対価を要求されかねないことは理解できるな?」


「それはもちろん。だからできる限り……」


「ストップ。それがよくねぇって言ってんだよ」


「ナツメ。君がみんなに対して誠実であることは好ましいことではあるけど……君がこのコミュニティーの主である以上、安請け合いは避けて欲しい」


「だが……」


「相手が旦那様を独占するような要求や負担を強いる要求をしてくることもある。数字の書いてない小切手を渡すようなマネはよしてくれ」


カオリの警告に、ナツメは反論した。


「みんなそんな騙し討ちみたいなことしないだろう」


「そうだと信じたいけど、相手の良心に任せるような隙は晒さないで欲しい。僕はナツメの幸せが最優先だし、カオリについてもその点は信用できるけど、みんながそうとは思えない」


「特にシェリーはな」


「シェリーは誰よりも公正な性格をしているだろう?」


ナツメが驚いて聞き返すが、返ってきたのは冷静な分析だった。


「友人やチームメイトとしてはそうだろうさ。でも彼女の本質は領主だよ。手に入れると心に決めたものはどんな手段でも手に入れる」


「オレもそう感じたな。あの眼差し、後から入っておいてこちらに先手を譲る気は一切ないように見えたな」


ナツメは考えすぎでは? と思ったが、互いの立場が違えば見えてくるものも違うということくらいは理解できた。


「そのことは肝に銘じておく」


「そうだな。ついでに新しい女を抱きこんだことについてオレたちに報告がなかったことも含めてな」


「うっ」


ナツメは言葉に詰まった。


「そうだね。コミュニティーの形成は僕がナツメに強いたことだけど、何も言ってくれないのは悲しいな。カオリの時もそうだったしね。次同じことがあったら僕にも考えがあるから」


「本当にすまない」


ゾッとするような視線を向けてくるリリアに対して、ナツメはひたすら頭を下げた。


「次はなさそうだ。行動で示してくれよな」


「はい」


ナツメは己が知らぬうちに彼女たちの地雷を踏んでいたことに戦々恐々とした。


「聞いてばかりで心苦しいが、この話し合いはどう持って行けばいい?」


「そうだね。事前に相談して欲しかったのはまさにそこだよ。だれも急に協力は確約できないし、僕に至っては本件に対して使える伝手がない。だからこそ、話し合いの流れをコントロールすることが困難だ」


「う、おっしゃる通りです」


「助けを求めるということに関しては間違っちゃいないが。まあ、今回は勉強だな」


二人はそれぞれ社長令嬢と名家の跡取りだ。交渉事や人心掌握に関しては、ナツメは二人に遠く及ばない。


「具体的な策としては、これはもう泣き落としでゴリ押すしかないな」


「え、そんな方法で?」


「事前の根回しがありゃ、やりようはあったさ。だが、あいにく今回は準備も手札もないからな」


「はい、誠に申し訳ございません」


ここまで来てようやくナツメは己の失態を自覚した。そしてこの失敗は、コミュニティ内のパワーバランスを変化させかねないという点において、ナツメ本人よりもリリアやカオリが迷惑を被る類のものであることも理解した。恥ずかしさと申し訳なさでどうにかなってしまいそうだった。


「まあ、こうなってしまったもんはしょうがねぇさ。それに、助けたいって気持ちから今回の件が起きたのなら、これはもう気持ちで押し通すのが一番だ。本来なら感情論が通じる相手じゃないが、オレがただで協力すれば他の連中も対価は求めづらいだろうさ」


「すまない。カオリにも無理を強いる」


「旦那様に尽くすのはオレの本懐だが、決して無用な面倒をしょい込みたいわけじゃないからな。そこだけわかってくれればいいさ」


「ほんとカオリにはよく感謝しなよ」


「ああ、埋め合わせはする」


「ほらまた!」


言われたそばから約束の小切手を渡してしまい、リリアから窘められる。カオリはとうとう噴き出してしまっていた。


「オレとしちゃありがたいがね。まあ、度量が大きいところも旦那様の美点だろうさ」


どうにも自分は身内に対して甘すぎるようだ。


-----------------


そして三人は元居た部屋に戻った。


「待たせたね」


「方針はまとまりましたか?」


エリは心配そうに尋ねる。ナツメは先ほどの二人の忠告を思い出して必要以上に身構えてしまったが、エリは不思議そうにナツメの顔を見返すだけだった。


「ナツメ」


リリアに声をかけられて我に返る。


「ああ、待たせてしまってすまない。もう大丈夫だ」


「まあ、土台無茶な話だし、サクサク進めていくか。日本の外務省にはこちらから話は通せる見込みだ」


初手から切札をぶち込むカオリに、ナツメは内心驚愕した。さっき何も言ってなかったじゃないかと思ったが、カオリがほのめかした内容について己が問い詰めなかっただけであったことを思い出す。そんなナツメの表情を見てカオリはおかしそうに笑った。


「そもそもの話なんだが、件の少女はどこかしらに突き出さなくて大丈夫なのか? 積極的に悪事を働かないという確証があるなら協力するが」


アマネは律儀に手を挙げて質問をする。ナツメはやや緊張しながら慎重に言葉を選んだ。


「確証と言えるほどのことはない。ただ、本人がこれ以上戦場に出ることを望んでいないのは私から見れば真実のように思える。何より、組織を裏切って寄る辺がないのは間違いないだろう」


「うーん、状況としては弱いけど、真実であるがゆえに証拠がないってことかな。偽装投降からの潜入工作ならもう少し仕掛けがあるだろうし」


かなり主観的な見解に偏ってしまった自覚はあったが、アマネは一周回って納得したようだった。


「だから、責任を持って監視するという意味合いも含めて、そばで見守っていければと思っている」


「わかった。必要かどうかはケースバイケースだろうけど、公安になら話を通せるよ。それで、見返りと言ってはなんなんだけど」


「そいつは助かるな。さて、アマネ。お前さんは以前ナツメにペアでコンペに出ることを要求したそうだな」


「ああ。キングス・テスタメントへの参加と引き換えにだね」


「なら今回の件はそれで手打ちにしてくれ」


「それは話が違うんじゃないかな?」


「もとはと言えばナツメに対価を求める方が筋違いだ。その件の請求ならシェリーにすることだな。まあ、Aクラスコンペのタイトルが手に入っただけでもお釣りがくるように思えるが」


「む……そうだね。欲はかかないでおこう。慌てなくても長期的には美味しい思いができそうだしね。ならシェリーには美味しいお茶を出してくれる店でも紹介してもらおうかな」


一見カオリが無茶な要求をしたかに思えたが、アマネはあっさりと笑顔で引き下がった。シェリーも「承知した」と短く返事をした。


「シェリー、英国への対応は君頼みになるのだが、どうだろうか」


「汝と我は一蓮托生だ。ナツメが我に乞うなら応えないわけにはいかないな」


シェリーは力強く答える。


「イノベイターへの報告も踏まえれば死を偽装するのが得策だと考える」


「そうだな。実行性という点に目を瞑れば全くもってその通りだ」


ナツメの提案にカオリはあくまで冷静な見解を述べた。


「身柄は英国が押さえている。英国から正式に死を公表すれば、イノベイターといえど軽々しく手は出せまい」


「いいのか? お前さんの好きじゃなさそうな手口だが。それに、お前さんにとっちゃ苦労してまであの小娘を助けてやる義理はあるまい?」


カオリの鋭い指摘に、シェリーは表情を変えずに答えた。


「なにか隔意があるように誤解されているようだが、ナツメの望みを叶えるためなら方法は重要ではない。そもそも人道的な救済が目的であるから騎士道にもとることもないしな。リスク・リターンに関して言えば……そうだな、我もチームに貢献する意思があると認めてもらえば十分だ」


エリはシェリーらしからぬ言動を聞いて、ただごとではないことを察知した。カオリも駆け引きに乗ってきたシェリーを見て目を細める。


ナツメから見てもシェリーは最大限の譲歩を示しているように見えるが、対価を「チームへの貢献を認めること」と明言したことについてカオリたちがどう捉えるのかまでは読めなかった。


(あれ? シェリーは何を求めているんだ?)


ナツメが首を傾げていると、リリアが口を開いた。


「僕たちの間に誤解はないよ、シェリー。君の献身はそれこそ英国に来る前から認めているとも」


リリアの声には、微かな棘が含まれている。


(認めている……?)


シェリーは満足そうに頷いた。


「それは重畳。今後は一層粉骨砕身して力を尽くそう」


ナツメから見ても、カオリとのやりとり以上にリリアとシェリーの間に火花が散っていることを感じた。


(なんだ、この空気……?)


シェリーの「対価」は、リリアに対して「ナツメの第一のパートナーとしての立場を強く狙っている」ことを暗示するものだったのだ。そして、リリアはそれを理解した上で、皮肉混じりに「想定していた」と返したのだ。


エリ(ナツメさん。シェリーがリリアさんに対して全力で行くから覚悟しておけって言ってるんですけど、あなた何をやらかしたんですか!?)


ナツメ(あれ、そういう意味だったのか。すまない、ちょっと今すぐ説明できる情報量ではない)


エリ(心当たりあるんですか!? そういうことがあるのなら、集合かける前に教えておいてくださいよ!)


ナツメ(すまん。さっき二人にもほぼ同じ内容で怒られた)


エリ(当たり前です! おバカ!!)


二人の小声でのやりとりが終わると、場は静まり返っていた。


「私も防衛省あたりにそれとなく話をしておくくらいはできますが。何か対応をさせるというよりは、誤解をされないようにする程度のものだと思っておいてください」


「上出来だ。まあ、ここまでやってだめなら件の少女にも諦めてもらう他あるめぇ。各々方、骨を折ることにはなるだろうがよろしく頼む。ああ、くれぐれも報告は密にな」


カオリがそう締めくくったことで話はまとまった。最後の一言は間違いなくナツメに対する当て擦りだったが、それで全員がクスリと笑ったので必要なことだったのだろう。


なんとかなったという安堵で息を吐く。ふと袖を引かれるとそばにエリがいた。袖を握る手には凄まじい力が込められており、彼女の怒りが伺える。

そういえばカオリと付き合い始めたとき、一番怒り狂っていたのはエリだったなとぼんやりと思い出し、これから己が辿る運命を悟った。


日が暮れるまでエリの小言は続き、その合間にカフェやショッピングに付き合うことになった。シェリーとの関係は祝福してもらえたが、理性と感情は別物だとのことでなかなか機嫌は直らなかった。


-----------------


あれから二日経つ頃には各自の調整は概ね終わっていた。

先日のメンバーでブロウニング邸を訪れると、そこにはティアとシオリがいた。


「このたびは私のわがままで多大なるご迷惑をおかけします」


緊張した面持ちで頭を下げるティアに、リリアが口を開いた。


「協力することに関してはあまり大事にとらえなくていいよ。皆、納得していることだ。ただ、君がナツメの信頼を裏切ったときはここにいる全員が君の命を確実に絶つものと思ってくれ」


「ひっ。ぜ、絶対にそんなことしません」


対面する全員が放つ圧にティアは一歩後ずさりながら声を絞り出す。ナツメはそれを見ていることしかできない。


「やましいことがないなら怖がる必要はない。みんな君に意地悪をしたいわけじゃない。さあ、これからの段取りを話そうか」


そして今回の作戦の説明が始まった。

ブロウニング邸に来た時点でティアの死亡工作はすでに始まっている。ここからは存在を気取られぬようにパシフィックまで移動すれば、日本での受け入れ態勢は整っている。


そして肝心の移動だが、ドレイク社がハイドラとイフリートを載せる輸送機に乗っておこなうことになった。


一番航空戦力が充実しており、関係が薄そうに見えるドレイク社の力を借りる運びとなった。今晩には移動が始まる。ナツメはティアにとっておきの変装を施し、送り出した。


車に乗る前、ナツメはリリアを呼び止める。


「無理を言うが、くれぐれもティアのことを頼む」


「大船に乗ったつもりでいてよ。なにせ今回は姉さんに協力を頼んでるから。こんなに安全なことはないよ」


「アリアに!? それは大袈裟過ぎやしないか?」


リリアの姉、アリア・ドレイクはアメリカのトップアクトレスでありドレイク社の重役でもある。味方についてくれるなら百人力ではあるが……。


「下手を打てば国際問題だからね。慎重になり過ぎるということもない」


「関係修復ができていたのか?」


「そう言えば言ってなかったか。ナツメに初めて会った後かな? よく話すようになったのは。ナツメにも感謝してるってさ」


それがリリアを立ち直らせたことを指しているのは分かったが、アリア・ドレイクという人物はなにせ表情や感情が読めない人物なので、他人に感謝している姿なんて想像もつかなかった。


「そうか。貸し借りなしで、大きな味方がついたのは心強い」


「ただ、今度挨拶しに来いってさ」


ナツメはその言葉を聞いて露骨に嫌そうな顔をした。リリアは冗談の延長で咎めるような視線を送る。


「深い意味はないが。ただ、骨が折れそうだなと思っただけだ」


「否定はしないけどね。仲良くしてくれると嬉しいな」


率直な気持ちを吐露するナツメに対し、リリアは苦笑しながら同意した。

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