48話 Bloody Fate
ナツメは、先日戦闘で投降したパンドラの少女、ティア・デルタが治療を受け、隔離されている施設に足を運んだ。殺し合いをした相手と面会することは気が進まなかったが、相手からのたっての願いとあれば無碍にもできなかった。
英国陸軍の管轄下にある施設は、冷たく、機能的な雰囲気を漂わせていた。ナツメを施設の入り口で出迎えてくれたのは、シオリだった。
「生身に限れば君に護衛なんていらないとは思うんだけど、形式的にね」
シオリは苦笑まじりにそう語る。彼女は既にティアと何度か面談しており、少女は調査に協力的な態度であるということだった。
シオリも親交を深めてからナツメの記録を見る機会があったようで、ナツメの常人離れした身体能力についてはよく理解していた。もっとも、一般的な装者から見ればナツメは隔絶した強さを持つ存在なので、ドレスを着ていれば庇護対象であると言外に語るシオリの価値観は、かなり特殊なものだった。
案内された部屋は、殺風景で、白い壁と金属製の医療機器しか置かれていない。その殺風景な部屋のベッドから身を起こす、栗色の髪の少女がいた。身長は少し高めではあるものの、まだ幼さが残っており、女学生然とした可憐さが漂っていた。
視線が合うと、少女はもの言いたげな表情をしたが、緊張からか口をきゅっと結んで手を強く握り締めていた。
ナツメは一歩踏み出し、淡々と口を開いた。
「ナツメ・コードウェルだ。君の名は?」
「はい。よく知っています。ティア・デルタといいます」
ぎこちない自己紹介が終わると、重苦しい沈黙が訪れる。
ナツメは耐えかねて、要件を促した。
「おしゃべりはあまり得意じゃなくてな。要件を聞いてもいいだろうか?」
「ナツメくん」
ナツメのとってつけたような態度を、シオリが横から軽く窘める。
「いえ、すみません。来てもらったのは純粋な好奇心なんです。ティアたちと対になる存在はいったいどんな人物なんだろうって。わがままに付き合ってもらって申し訳ないです」
申し訳なさそうに謝る少女は、とても生物兵器には見えなかった。知り合いでいうなら、出会ったばかりのころのエリに近いだろうか。つまりは、戦うことができるようには見えぬほどに平凡な少女に見えた。ナツメ自身が己を戦士や兵器として最適化された存在だと自認しているが故に、少女の身の上に起きた悲劇が一層残酷なものに感じられた。
「そういうことであるならかまわない。私も呼び出された理由が分からず警戒し過ぎていたようだ」
ナツメは警戒を解き、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
「ありがとうございます。その、パンドラの実態についてはすでにお聞きになられましたか?」
「ああ、報告書には目を通した。君は今日までよく耐えた」
ナツメの労いの言葉にティアは涙をこぼすが、すぐに真剣な眼差しで尋ねた。
「ありがとうございます。でも、貴方の歩んできた道も容易いものではなかったのですよね?」
ナツメは気まずそうにシオリを一瞥した後に、重い口を開いた。
「ここでは、あまり、な? イノベイターとしては最悪一人いればいいし、全ての素養を満たすものが現れるまで延々と使い潰していたようだが……」
シオリはそれを聞いて、息を飲み身を固くする。
「ただ一人の生き残り、ということですか。一定の基準を満たせば製品価値が生まれるパンドラの方がマシな部分もあるかもしれませんね」
ティアが渇いた声でそう言うと、再び沈黙が訪れた。
「君にはすまないことをした。投降していたにも関わらず、それを受け入れることができなかった」
ナツメが率直に謝罪する。
「いえ、逆の立場であればティアも同じことをしました。正直言って、何の呵責もなく受け入れられたら、自身の狭量さと比較して惨めさで泣いていたかもしれません」
ティアの思わぬ返答に、ナツメもシオリも何とも言えない表情をする。
「ああ、でも、シオリさんに助けていただいたことには本当に感謝してます」
ティアはナツメをフォローしたつもりが、若干シオリを刺すことになり、慌てて視線を泳がせた。
ティアは一度深呼吸をし、意を決したように静かに口を開いた。
「それで、お伝えすべきか悩んだのですが、お二人にパンドラにいるある臨界者についてお話しておこうと思います」
「君が知る範囲での情報は既に提供されているが、まだ明かしていない情報があるということか」
「ええ。お二人にしか関係も意味もない情報ですので。公にするのもかえって混乱を招くかと思いまして。それに、本当は知らない方が幸せかもしれませんし」
シオリは椅子に体重をかけ、顔色を失いながら問う。
「なにかな? 少し聞くのが怖いんだけど」
「端的に言いますと、お二人にとって遺伝子上の血縁者がパンドラにいます。名前はヴィー・ガンマ。ヴァルキュリアと呼ばれるドレスのアクトレスです。ナツメさんにはパシフィックを襲撃した銀色の天使と言えばピンとくるでしょうか」
あまりの爆弾発言に、ナツメとシオリは息を飲み、咄嗟に言葉が出ない。
特にシオリは椅子から崩れ落ち、力なくその場にへたり込んでしまった。ナツメは交戦した記憶があったので、内心複雑な想いだった。
「お伝えするか悩んだのは、彼女があなた達とは似ても似つかない粗暴で好戦的な性格をしているためです。彼女が私のように投降するということはありえません。生きて捕らえたところで和解できるかどうかも怪しいです」
「あ、あぁ……なん、で?」
茫然自失の表情をしながら、シオリはとりとめもなく疑問を口にする。
「ティアたちは意図的に異なる性格調整を受けています。レア・ベータはとにかく従順に、ティアは可能な限り思考能力が残るように、ヴィー・ガンマは命令が理解できるギリギリまで凶暴に、どの性格が生体パーツとして有用か検証するために調整されています」
ナツメは冷静さを欠くことなく、核心を突いた。
「違う。なんでシオリさんの遺伝子がパンドラに流出しているか聞いているんだ」
「すみません。それは実験体であるティアにはわかりかねます。ヴィーがナツメさんの遺伝上の兄妹だというのも、パンドラがヴィーを焚きつけるために伝えたものですし」
「それが真実かも疑わしい」
「証拠はありません。ただ、意味もなく誤った情報を流す理由もないように思えます。それに、臨界者を生み出すことができる遺伝子を持つ人物は限られています」
シオリの混乱をおさめようと真偽を疑ったナツメだったが、ティアはそれを理解した上で、最悪のケースを想定することを突き付けてきた。それは、血縁関係があるという情報を、戦場で二人の動揺を誘うカードとして使わせぬためだということはナツメにも理解できた。
だが、シオリはそれを受け止めるには時間が足りていないようだった。
「あ、あぁ。私、なんてことを……」
床に座り込んだまま、シオリは両手で頭を抱えて深く嘆いた。
それを見たナツメは、迷うことなく膝をつき、彼女を抱きしめる。大事な人が目の前で苦しむ姿を見て、ナツメの胸は締め付けられた。そんな二人を見るティアも、唇を噛みしめて苦悶の表情を浮かべていた。
「事実は分かりませんが、もしティアの言うことが事実であったとしても、悪いのはシオリさんではなく、あなたのことを悪用した人物です」
ナツメ自身が人工授精によって誕生したことを知っている。そして、シオリがイノベイターに卵子を提供したのが政治的な取引によるものだったことも。ティアの言う通り、ヴィーと呼ばれる臨界者がシオリの卵子から誕生していた場合、イノベイターの中に裏切り者がいるということになる。これは可能性があるというだけでも大変な爆弾だった。
「私、君だけじゃなくて他の子にも残酷な運命を背負わせて……。最低の人間だ」
「それは違う!! あなたを利用して搾取した人物が裁かれずに生きているのに、あなたが自分を責めるなんて間違ってる!」
泣きそうな声でナツメが叫ぶ。今まで経験したことのない怒りと悲しみが胸中に渦巻いていた。一年前の自分であれば、気持ちが追い付かずにきっと戸惑うばかりだっただろう。今は、支えてくれる人たちに与えられた親愛が、自分に人間らしい心を芽吹かせたことがはっきりとわかる。そうであるが故に、家族のようなシオリを悲しませる者たちを許すことができなかった。
「ありがとう、ナツメくん。ごめんね、こんな頼りない護衛で」
シオリが嗚咽を漏らしながらナツメに縋りついた。
「違います。あなたは私にとって、家族です」
ナツメにとっても遺伝上の母とはいえ軽々しく家族と言うのは勇気がいることだった。初めて会ったときは血縁者であるという実感が湧かなかったが、今は自然とシオリの力になりたいと思う。だからこそ、一歩踏み込んだ発言をした。
「うぅ、ナツメぐん~~~」
シオリは子どものように声をあげながら泣きじゃくり、ナツメを強く抱き返した。その様子は、はぐれていた親とようやく再会できた迷子のようで、シオリの心の傷の深さが伺えるようだった。
「もうひとりじゃないんです。私たちは」
ナツメは優しく、諭すようにシオリに語りかける。
「うん。ありがとう」
「いいな。ティアにも家族がいれば……」
ポツリとティアが呟く。その声音があまりに絶望に満ちたものだったので、抱きしめあっていたナツメとシオリは、自分たちがいかに残酷なことをしたのか今になって思い知った。シオリはその言葉を聞いて口を開いたり手を伸ばしたりしようとしたが、最後の一歩が踏み出せない様子だった。
ナツメは抱擁を解き、立ち上がるとティアへ向き直った。
「ティア。君はこれからの人生に何を望む?」
「ティアは戦いのない平穏な暮らしがしたいです。家族や友達に囲まれて、平穏で温かい人生を送りたい。誰かの心の中にティアもいるような、そんな人生がいい!」
ポツリポツリと言葉が溢れだし、最後には血を吐くような慟哭が部屋に響いた。
「素敵な望みだ。君は正しく人のあるべき心の形を持っている存在だ。だから、私は君が望みを叶える手助けをするよ」
「ティアにはあなたに返せるものが体くらいしかありません」
少女の見た目からは想像できないような過激な発言に、ナツメはギョッとする。
「見返りを求めての行動じゃない。というか、それを望むような人物に思われているのなら少し傷つくぞ」
ナツメは内心、自身の複雑な人間関係を棚に上げて取り繕った。この少女にそんな色目を使う気はなかったから、そこだけは信用して欲しかった。
「す、すみません。でも、なにも返せないのが心苦しくて」
ティアは顔を伏せる。
「それなら、いつか私が困ったらその時は君が助けてくれ」
「わかりました。約束します」
ティアははにかみながら、すぐにそう答えた。
「ティアはこれからどうなりますか?」
「英国に留まれば、刑務所行きになればマシな方かな? 牢の中なら最低限の安全は保障される」
シオリが現実的な予測を立てる。
「それはないでしょう。パンドラがティアを放置するはずがない。再利用するにしろ粛清するにしろ、ケジメをつけるくらいのことは平気でするでしょう」
「ティアもそう思います」
「イノベイターに交渉を持ち掛ければ庇護してもらえそうだけど……」
シオリは腕を組み、考えを巡らせる。
「シオリさんがそばにいるのは安心ですが。少なくともシオリさんと同じくらいの見返りをイノベイターに提供する必要があるということですよね?」
「そうだね。それはティアちゃんにとっての幸せではないと思うな」
「今まで罪を重ねてきたんです。選べる立場ではありません」
ティアは俯きながら、力なくそう自分に言い聞かせた。ナツメはそれを見て歯を食いしばる。
「少しだけ私に時間をください。一握りの希望でも、最後まで諦めたくはない」
「ナツメくん、なにか策があるの?」
「私にできないことでも、代わりに力になってくれる人たちがいます。それが私にとっての宝物です。……人任せで恰好はつかないですが」
照れ隠しにナツメが笑うと、「いいね、それ」とシオリもつられて笑った。施設内の重い空気が、ようやく少しだけ軽くなったのだった。




