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47話 愛の決着

決闘の取り決めがなされてから、詳細はあっという間に決定した。

舞台は、ロンドン郊外にあるブロウニング家の別邸。その広大な裏庭で行われることになった。個人の邸宅でドレスの模擬戦をすることが許されるのだから、ブロウニング家が英国で持つ影響力がどれほどのものか、うかがい知れる。


一週間後の週末。

シェリーからの強い希望で、エリやリリアは呼ばず、内密にことが運ばれることとなった。観客は立会人を務めるメアリ・ブロウニングただ一人。その閉ざされた空間が、彼女の本気度を物語っていた。


ブロウニング邸に搬入したクルセイダーを装着したナツメは、指定されたポイントへと向かった。そこは、なだらかな丘陵が続く、ただっ広い緑の原っぱだった。

風に揺れる草の海の中、ドレッドノートが待ち構えていた。


その姿を見た瞬間、ナツメは思わず目を凝らした。普段とは違う、見慣れぬ装備に目がいったからだ。

先日の「キングス・テスタメント」で活躍した盾「アヴァロン」はそのまま左腕に装備されているが、右腕にあるはずの愛用のランスとパイルバンカーが外されている。代わりに、その手には重厚な片手半剣バスタードソードが握られていた。


「剣?」


シェリーが槍を好んで扱うのをずっと間近で見ていたので、ナツメの口から思わず疑問が漏れた。


「当然扱えるさ。槍ほどではないがな」


シェリーが普段通りの調子で返す。扱えるから持ってきた。当然といえば当然のことだ。しかし、最も得意な武器を選ばなかったという部分に、シェリーの明確な対ナツメ戦略が見て取れた。


クルセイダーの防御力を支えるDPC装甲は、物理的に高い耐久性を誇り、刺突や斬撃、銃撃といった攻撃をエネルギーが続く限り寄せ付けない。それでも、質量攻撃の衝撃までは全て殺し切ることは不可能だ。


シェリーはアヴァロンを扱う経験を通して、クルセイダーへの的確な対策を掴んだのだ。その証拠が、今手に携えている、相手を叩き割り、衝撃を通すことを主眼に据えた重厚な剣鉈のような武器だ。


「我からも一つ聞いてみたいことがある。エリをエクリプスに勧誘した理由はよく知っているところだが、我を勧誘した理由については今まで聞いたことがなかったのでな」


シェリーが剣先を地面に向けたまま問う。


「別にもったいぶるほどのことでもない。エリとは真逆の理由だ。敵に回したくないから味方に抱きこんだ」


「ほう? それは意外だな。あの時点で彼我の間にはそれなりの技量差があったように思えるが」


「パシフィック全ての同期の装者アクトレスの中で、私が勝ちをこぼす相手がいるとしたら、それはシェリー・ブロウニングただひとりだったというだけのことだ」


傲慢ともとれる発言だが、ナツメの口ぶりは事実を淡々と伝えているような気負いのなさがうかがえる。想定を超えるほど己が警戒され、評価されていたことに、シェリーは思わず息を吞んだ。


それでも、動揺を悟られぬように反撃として事実を突きつけた。


「実際にはリリアもいたわけだが」


「私とイノベイター、どちらの行動指針から見ても、一番人気のリリアと組むうまみは少ないからな」


過去の敗北を突きつけられても、ナツメは特に動揺する様子もない。それだけ一貫した指針を持ってここまでの選択をしてきたことが感じられた。それはナツメにとって、シェリーもまた特別な存在であるという証左に思えた。


「そうか。疑問が氷解したところで、俄然やる気が出たな」


「シェリー、君は私に何を望む?」


「無粋だな。それはこれから交わす剣と、その結果からおのずと見えてこよう」


「それもそうだな」


鼻で笑うシェリーにつられ、ナツメも口の端を吊り上げた。


「前口上はもう十分でしょう? あとは存分に剣で語りなさいな」


少し離れたテラスでグラスを傾ける立会人、メアリ・ブロウニングの声が響く。

双方、無言で頷いた。


「それでは、いざ尋常に、はじめ!!」


数歩歩み寄れば触れられる、一足一刀の間合いから戦いが始まった。

ドレッドノートは迷いなく踏み込み、重厚な一刀を振るう。ナツメはそれをギリギリまで引き付けて紙一重で躱し、懐の拳の間合いに踏み込む。


だが、こちらが攻撃を繰り出す前に、ドレッドノートが盾ごと体当たりを仕掛けてきて、弾き返された。


(やはり近接戦の組み立てが抜群に上手いな。アヴァロンの強度はクルセイダーでは抜けないし、苦しい戦いになりそうだ)


ナツメがシェリーを警戒する最大の理由は、その防御の巧みさと持久戦の巧者である点だ。エネルギー消費の激しいクルセイダーにとって、堅牢な守りで粘られるのは最悪の展開だ。シェリー・ブロウニングというアクトレスは、まさに天敵と言える。


弾かれて距離ができたことを機に、ナツメは機動戦に切り替える。とはいえ、うかつに機体を浮かせるような真似はしない。回避を考えれば相手の手の届かない上空はセーフティゾーンだが、先にも述べたように状況が膠着する持久戦はこちらの不利だ。不用意に浮いて燃料を浪費するのは悪手だった。


ナツメは地を駆けて突貫し、すれ違いざまに攻撃を繰り出す。シェリーも騎乗突撃をするようにこちらに加速し、重剣を振るう。


戦いはさながら、中世の馬上試合のような激しい交差の連続となった。

幾合も機体が交錯し、その度に火花が散る。金属音が響き、お互いの機体に僅かずつダメージが蓄積している。


当然、不利となるのはナツメだ。重ドレスの中でもトップクラスの防御力を誇るドレッドノートと、高いコア共振率を持つシェリー相手では、ダメージレースで勝つことは不可能に近い。以前であれば一瞬の隙を突けた可能性はあるが、装備をアヴァロンと剣で固めたシェリーに死角はない。


さながら、拳一つで砦を落とそうとしているような錯覚に陥る。


シェリーの動きはよどみない。淡々と単純作業をするかのようにむらがなく、それでいて凄まじい闘気は絶えずこちらにプレッシャーを与え続ける。僅か一瞬でも判断を間違えば、その瞬間喉元を喰い千切られるだろう。

キングス・テスタメントの戦いを経て、シェリーが戦士として完成されたことを悟る。


(強い……)


精神を落ち着けながら剣をかいくぐり、拳をねじ込む。戦いは一進一退だが、このままでは淡々と終幕へ向かい、ナツメが敗北することは明らかだった。

冴えわたるシェリーと比べて、己はどうだろうかと自問する。


先日、パンドラの少女を殺めそうになったことで、どこか後ろめたさや戦いに対する恐れを抱いていたことに気づく。シェリーという真正面の強敵を通して、己の弱さを突き付けられた形だ。


果たして、己はこの戦いの勝ち負けにそこまでこだわっているのか?

迷いを抱えたままでも体はよどみなく動く。定められた演目をなぞるように、お互いの正確無比な動きが繰り返される。


ふと、これが答えなのだと妙な納得があった。

ずっと生き残るために戦ってきた。騎士だの兵士だのと違って、結局のところ己は獣のように生存競争をしてきたに過ぎないのだ。


勝ったら生き延びる、負けたら死ぬ。とてもシンプルな構造だ。

パシフィックに入学して、コンペに出て、死なない戦いを経験したが、その何百倍も経験してきた実戦を通して形成された価値観が、そう簡単に変わるはずもない。


しかし――。


目の前のシェリーは、そんな自分に真正面から向き合ってくれている。


獣のような自分を、戦士として認めてくれている。


(この人は……)


カオリは、自分の弱さを受け入れてくれた。リリアは、自分の孤独を癒してくれた。


では、シェリーは?


(自分の全力を、受け止めてくれる)


ならば、全力の自分で相手に応えるにはどうしたらいいか。


(死ぬ気で、今の自分を超えればいい)


難しい話じゃない。いつだってナツメ・コードウェルは、そうやって戦場を生き残ってきたのだ。


だから、勝とうが負けようが、この最高の相手には本当の自分を見せつけてやる必要がある。


そして――この戦いが終わったら。


(この人を、手放さない)


-----------


シェリーはこの決闘に確かな手ごたえを感じていた。お互いの読みはがっちりとかみ合い、機体特性の差でこちらに軍配が傾いていた。

それでも、決着が訪れるその瞬間まで集中の糸を張り詰めていた。そうであるからこそ、相手の変化を察知することができた。


ナツメの動きが急に荒々しくなり、こちらの防御をすり抜けて防御フィールドをごっそりと削る。気配が変わったことを察知して対応していなければ、その後に連撃を叩き込まれて形勢逆転を許しかねないほどだった。


(まだ奥の手が? それとも火事場の馬鹿力か?)


あまりの変容に何が起ったのか思考が追い付かなかったが、幾度も剣と拳を交えるうちに答えに辿り着く。


己がキングス・テスタメントの一線で戦士としての殻を破ったように、ナツメも今この戦いで、戦士としてさらに上の領域に至ったのだと。


(光栄なことだが……どうしても勝ちたい我としては堪ったものではないな)


己が相手を成長させるほどの戦士だったことを誇りに思いつつも、あと少しで勝てそうな局面での相手の成長に、冷たい汗が頬をつたう。


((負けられない))


お互いの想いが攻撃に乗り、言葉を交わすよりも雄弁に気持ちが伝わりあう。

生きてきた中で一番の充足を感じながらも、勝利をもぎ取るために鎬を削りあう。お互いが溶け合ってひとつのものになったかのような感覚と、一秒ごとに冴えわたっていくお互いの攻撃。


迷いを振り切ったナツメの動きはまさに天衣無縫で、シェリーの知っている精密機械のような正確性とは一線を画していた。獣のように猛々しく切り込んできたかと思えば、薄布が風に翻るかのようにこちらの攻撃を軽やかに躱す。


あと、数合乗り切ればあちらのエネルギーが切れてこちらの勝ちになる。それがわかるのは、エリが調整した相手ドレスのエネルギー残量を計算するアプリケーションによるものだった。


少し卑怯な方法だが、この戦いは絶対に勝ちたい。故にどんな手段でも使って勝つ。

クルセイダーはこちらに窮地を悟らせぬように変わらず最高の動きで対応している。それだけでもナツメという戦士の勝負強さが伺えた。


(だが、勝つのはこちらだ!)


心臓が強く脈打つ。シェリーは乾坤一擲の攻撃を仕掛ける。ただ、剣は囮であり、カウンターを仕掛けるナツメに対して盾でさらなるカウンターを仕掛けて決着をつける算段だった。


しかし。


次の瞬間、クルセイダーは消失し、代わりに凄まじい衝撃が後頭部を襲った。


「が、はッ……!」


視界が暗転する。シェリーはドレッドノートの中で地に伏せた。かろうじて失神はしなかったが、ドレッドノートが戦闘不能になるほどの損傷を負ったことが計器に表示されている。


(負けたのか……? まるで雷にでも打たれたみたいだ)


あまりのことに唖然としたシェリーだが、そこでふとナツメの字名アーバンネームとコードネームを思い出す。白雷、そしてケラウノス。

奇しくもともに雷を冠する二つ名であった。きっと今までナツメに倒された者たちも、今の己と同じ心境なのであろうと納得した。


-----------


なんとかドレッドノートを脱着すると、ナツメもクルセイダーを脱いでいた。お互いの髪からは汗が滴り落ち、戦いの激しさを物語っていた。


「最後、なにが起きた?」


「言葉で説明するのは少し難しいのだけれど。前方宙返りをしながら、かかと落としを決めた形になるわね」


答えは、見届け人である母メアリから返ってきた。

あの一刀を躱しながらこちらの視界から消えて、それと同時に体を回転させて攻撃へと転じたということか。ジェット噴射で加速しながらそれを成したのだろう。どんなボディコントロールをしているのだろうか。空戦を得手とするアクトレスの中には、まるで最初から空を飛べるよう生まれついたかのような体捌きをする者がいるが、ナツメはその極地ともいえるだろう。


「体は大丈夫か? ギリギリで手加減はしたつもりだが」


心配そうにこちらを伺うナツメに呆れる。あの不利な状況から神業で一発逆転したうえに、最後は手加減までしたというのか。


「ああ、おかげでなんとかな。それにしても完敗だな」


「いや、正直針の穴ほども勝機はなかった」


「そんな戦いをずっとしてきたのだろう?」


全力をぶつけ合ったことで奇妙な共感が生まれていた。ナツメの死にもの狂いの動きが、今までの生き方を雄弁に物語っていたのだ。


「だが、これほど困難な戦いはなかった。君は今まで戦った中で最強のアクトレスだ」


「そう、か」


あのパンドラの臨界者よりも? と尋ねようとして言葉を飲み込んだ。もはや徒に語る必要はない。彼が最強だと言ったのだから、どんな例外もなくそうなのだろう。


「さて、契約を果たさねばならんな。ナツメ、何を望む? 別に思いつくまで保留でも構わんが」


悔しさも落ち着いて、晴れやかな気分でシェリーは尋ねた。ナツメと通じ合った感覚はあったが、流石に決闘の報酬として何を望むのかまでは見当がつかなかった。


「それはもう決めた」


「む、そうか」


ナツメからの強い眼差しを受け少し気圧されたが、すぐに答えを知ることができるということにひとまず安心を覚えた。

次の瞬間、シェリーは手を引かれてナツメのもとに引き寄せられた。強く抱きしめられて頭が真っ白になる。


「シェリー。ずっと私のそばにいろ」


耳元で力強い声が響く。そして少しだけ体を放したナツメと間近で目が合った。少し遅れて何が起っているのか理解して顔が真っ赤になる。


「なっ……。自分が何を言っているのか理解しているのか?」


「当然だ。伊達や酔狂でこんなことは言わない」


「な、なぜそんな急に?」


「この英国での出来事を踏まえて出した結論だ。権利を勝ち取った以上、君を手放す気はない」


ナツメの熱量や行動から、チームメイトや友人としてそばにいろという意味ではないことは鈍いシェリーにも分かっていた。そうであるが故に気持ちが追い付かずパニックになっていた。


「では問うが、君は私に勝っていたらどんな要求をした?」


「そ、それを言う必要はあるまい」


「勝者の権利に含まれるだろう」


ナツメは攻め手を緩めずに追求する。そういう持って行き方をされるとシェリーとしては弱い。何より、ナツメからは一歩も退くつもりがないという意思が伺えた。


「な、……汝と契ろうと」


「そ、そこまでか」


「汝の求めることも大差ないだろう!?」


「そういうことだ」


恥ずかしくなってあれこれと誤魔化そうとしたが、最後にナツメが微笑みながらそう言ったことで、自分が語るに落ちていたことに気がつく。

過程はどうあれ、お互いの気持ちは一つになったのだ。その喜びがじんわりと広がるとともに、慣れぬ感覚にこそばゆくなる。

そして、ナツメは慣れた手つきでシェリーを抱きしめた。素肌を通してお互いの体温が重なり、胸がいっぱいになった。


「汝は悪い男だな」


「そうだな。だが、知っていただろう?」


せめてもの意趣返しをすると、ナツメは悪戯っぽくそう返した。

敵わないな、と内心ため息をつきながら、シェリーはこの戦いを通して得た宝物の感触を確かめた。

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