46話 ブロウニング家
波乱に満ちたコンペティションであったが、参加者たち、そしてナツメが乱入者を迅速に撃退したこともあり、「キングス・テスタメント」の決勝戦は熱狂の渦の中で幕を閉じた。観客席の興奮が冷めやらない最大の要因は、連覇を確実視されていた聖騎士クロエ・リシャールを、地元英国のアクトレスであるシェリー・ブロウニングが破ったという劇的な結末にあった。
地元出身の英雄の誕生に、ロンドンの夜はかつてないほどの祝祭ムードに包まれていた。
煌びやかな照明の下、表彰台の最も高い場所にシェリーが立っていた。彼女は少し緊張した面持ちで、しかし誇らしげに胸を張っている。
ナツメは立会人として、聖杯をかたどった輝く金のトロフィーを彼女に手渡した。
「……おめでとう」
万雷の拍手にかき消されるほどの小さな声で、ナツメはシェリーにだけ聞こえるように囁いた。
シェリーは一瞬目を見開き、すぐに頬を薄紅色に染めながら、小さく頷いた。
「ありがとう」
その短いやり取りに、戦い抜いた者同士の深い信頼が通い合っていた。
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その夜、開催された祝勝パーティ。
会場はシャンデリアの輝きと、着飾った紳士淑女たちの談笑で満ちていた。
ナツメは慣れない黒のタキシードに身を包み、ブラウンの髪をポニーテールにまとめていた。男性の正装で公式の場に出るのはこれが初めてだ。首元のボウタイが少し窮屈で、落ち着かずそわそわと視線を彷徨わせてしまう。
ふと視線を向けると、そこには純白の騎士服に身を包んだシェリーがいた。彼女の方が余程堂々としており、その凛とした姿は会場の誰よりも目を引いた。他の女性メンバー、カオリやアマネたちは煌びやかなイブニングドレスで着飾っており、華やかな花園のようだ。
ナツメの元には、ひっきりなしに人が訪れた。
「コードウェル様、我が社の新型パーツのテストをぜひ……」
「ぜひ我が軍のアクトレスの指導を……」
「CM出演のオファーなのですが……」
スポンサー契約の打診、模擬戦の申し入れ、芸能活動への勧誘。内容は様々だったが、誰もがナツメという「話題の人物」と繋がりを持ち、甘い汁を吸おうという下心は共通していた。
ナツメは社交辞令の笑顔を絶やさず、挨拶は丁寧に受け入れつつも、具体的な契約に関しては全て「保留」とした。
(イノベイターとの関係が続く限り、個別の契約は難しい。だが……)
その関係からの脱却を目指す今、その後の進路やコネクションは開拓しておく必要がある。ナツメは自身の未来を見据え、したたかに名刺を集め続けた。
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パーティが終わり、各々が疲労困憊で宿泊先のホテルへと戻る中、シェリーだけはロンドン郊外にある実家へと戻っていた。
重厚な造りの屋敷。その居間で、シェリーは両親と向き合っていた。
「じゃじゃ馬だったあなたが、まさかナイツ・オブ・ナイツになるとはね」
現役の英国軍人であり、トップアクトレスでもある母、メアリ・ブロウニングが、ウイスキーのグラスを傾けながら微笑んだ。その言葉に、シェリーは珍しく肩の力を抜き、年相応の無邪気な笑顔を浮かべた。
「親元を離れて、心強い仲間を得たな。我々としてもこれほど嬉しいことはない」
父、トーマス・ブロウニングが穏やかなバリトンボイスで娘を労う。陸軍参謀総長という重職に就いているものの、今はあくまで娘を愛する一人の父の顔をしている。
「ありがとうございます」
シェリーは深く頭を下げた。厳格な両親に認められた喜びが、胸の奥からこみ上げてくる。
「そしてこれが、大切な仲間についての貴重な情報だ」
父トーマスは、懐から小さな記憶媒体を取り出し、シェリーに手渡した。それは、ナツメとパンドラのアクトレスの戦闘記録だった。軍の極秘情報だ。
「……ありがとうございます」
「ナツメくんだっけ? 非凡な装者ね。この世界に新しい風を吹かせる存在と言われても納得だわ」
メアリが興味深そうに口を挟む。
「正直、あなたの力量がイギリスにいた時のままだったら、付き合いを考え直すように説得したわね」
「!?」
シェリーは驚きに目を見開いた。厳しい母から、ナツメと自分を同時に賞賛するようなセリフが出るとは思わなかったのだ。
「何を驚いているの? 貴女はナイツ・オブ・ナイツよ。これから先は、その称号に恥じない生き方をする必要があるわ。それとも、自信がないかしら?」
母の挑発的な視線に、シェリーは即座に背筋を伸ばした。
「そのようなことはありません!」
「それは重畳。でも……私たちに相談なく危ないことに首を突っ込んだのはいただけないわ」
母の目が鋭く細められる。それはナツメという存在と関わったこと、その素性や背後にある闇を秘密にしていたことを指しているのだろう。
それでも、シェリーの心に迷いはなかった。エクリプスの仲間から手を引くなど、考えられない。
「軽率と思われても仕方ないと思っています。それでも、譲れぬことなのです」
「彼に惚れているの?」
娘をからかうように、メアリが唐突に言葉を投げた。慌てふためく姿を想像していたが、帰ってきた言葉は想像を超えるものだった。
「今回の一件を経て、心が決まりました」
シェリーは顔を赤らめることもなく、静かな決意を込めて母を見据えた。その瞳には、騎士としての揺るぎない意志が宿っていた。
メアリは娘の成長を感じ、嬉しそうに頬を緩める。
「その映像を見ても同じことが言えるかしら? 貴女は彼の全てを知っているわけではなくてよ?」
「ならば全て暴くまで」
間髪入れずに返って来た娘の言葉には、一切の気負いは感じられなかった。もう腹は据わっているようだ。
「そう。貴女も番を見つけたのね、私にとってのトーマスのように」
「なので、見届け人をお願いしたく存じます」
「ふふっ、どこまでいっても貴女らしいわね。そんなところも受け入れてくれる彼なのでしょうけど」
メアリは娘の考えていることを察して微笑んだ。見届け人とは、すなわち決闘の見届け人を指す。告白にまで力のぶつかり合いを用いる娘に少し呆れてしまうが、それこそがシェリーらしさであり、それを受け止めることができる相手であるからこそ、信頼できるのだろうとシェリーの母としてメアリは納得した。
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自室に戻ったシェリーは、父から渡された戦闘映像を再生した。
モニターに映し出されたのは、ナツメのクルセイダーと、パンドラの臨界者、ティアマトが対峙する光景だった。さらに、ナツメの味方として、イノベイター所属と思われる黒いドレス、ヴァルプルギスも乱入している。
パンドラの臨界者のドレスは、本体より大きな子機を自在に操っていた。それは兵器というよりは、もはや超能力の領域に見えた。しかしナツメは、4対1という絶望的な状況でも、互角以上に渡り合っている。
そして、黒いドレスに身を包んだ乱入者もまた、黒い粒子を用いて超常的な戦いを展開していた。黒い靄は本体を隠したり、敵を拘束したりと自由自在だ。
そんな怪物のような二機が対峙する中に、当たり前のようについていくことができるナツメに、シェリーは改めて戦慄した。
(これが……本来の実力か)
ずっと全容を把握できなかった仲間の実力を、ようやく正しく認識することができた。
しかし、驚きも束の間。ナツメは逃げる敵機を猛然と追い、未知の一撃があっけなくその戦いに幕を降ろした。
最初は何が起きたのか全く理解できなかったが、スロー再生してようやく分かった。
ナツメの放った一発の弾丸が、敵を貫いて勝負を決めたのだ。
父が添付してくれた参考資料には、パンドラのドレスの大まかなスペックが記されていた。
機動力はハイドラに迫り、防御力はドレッドノートをも凌ぐ。旧式の兵器で例えるなら、重戦車が戦闘機の機動力で戦うようなものだろう。改めて、臨界者専用ドレスの異常性を認識する。
そしてなにより、それを一撃で屠るナツメのあの一射だ。
ドレッドノートの装甲を一撃で抜くことができる携行火器など、見たことも聞いたこともない。臨界者が展開する出力の高いバリアフィールドと固い装甲を一発で抜けてしまうなら、ドレスなんて兵器はそもそも成り立たない。
あの射撃は、臨界者以上に常軌を逸した存在だ。
そして最後の資料。それは「ケラウノス」というコードネームがつけられたドレスに関する資料だった。
対峙した相手は全滅しているため断片的な情報しかなく、画像も望遠で撮られた荒いものしかない。
しかし、それをずっと傍で一緒に戦っていたシェリーが見紛うはずもなかった。
「ケラウノス」と呼ばれる死神めいたドレス。それは、完全にナツメの駆るクルセイダーと一致していた。
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翌朝。
ナツメがホテルの朝食をとり終えてロビーに行くと、そこには珍しく純白の私服を着たシェリーが待っていた。その姿は清廉で、どこか神聖な雰囲気すら漂わせていた。
改めて勝利の祝福を口にしようとするナツメだが、先にシェリーが口を開く。
「ナツメ。貴殿に決闘を申し込む」
「……どういう風の吹き回しだ?」
ナツメは目を丸くした。
「キングス・テスタメントに参加できなかった埋め合わせをする約束だったはずだ」
「あのお願いの埋め合わせが決闘?」
「そうだ。よもや否とは言うまい?」
シェリーは不敵に微笑む。それは奇しくも、二人の初対面でのやり取りが反転しているようだった。
「理由次第では応じるが、なにが目的だ?」
「本気の貴殿と相まみえたい。それが騎士としての本懐だ」
しばし、二人の視線が交差する。シェリーの瞳には、迷いのない真っ直ぐな光が宿っていた。
「……それが君にとって誉れとなるなら、その決闘を受けよう」
ナツメが静かに承諾した瞬間、背後から優雅な声が響いた。
「なら、このメアリ・ブロウニングが立会いを務めましょう」
ナツメは近くの椅子に座っていた貴婦人が急に会話に入ってきたことに面食らったが、その名と、シェリーそっくりなプラチナブロンドの容姿から、彼女の母であることを瞬時に察した。
メアリは優雅に立ち上がり、ナツメの前に立つ。
「では、ナツメ・コードウェル。貴方はこの決闘に何を賭けますか?」
「え? あ、……せ、戦士としての誇りを」
想定外の問いかけに戸惑ったナツメは、咄嗟にその場の雰囲気にあったセリフを選んだ。
メアリは満足そうに頷き、娘に向き直る。
「シェリー。では貴女は?」
シェリーはナツメを真っ直ぐに見つめ、言い放った。
「我は、勝者が敗者に一度だけ命令できる権利を所望する」
「はぁ!?」
ナツメが素っ頓狂な声を上げる。
「よろしい。これで決闘は成立しました」
困惑するナツメをよそに、メアリは高らかに宣言した。ブロウニング親子の有無を言わせぬ力技によって、二人の決闘の約束がここに交わされたのだった。




