45話 ナイツ・オブ・ナイツ
「なんだか状況が混沌としているけど、わざわざ周りに合わせて付き合ってやる義理もないよね。そんなわけで、ぼくと一曲踊ってもらえるかな?」
鳴神を駆るアマネは周りの喧騒をよそにマイペースに話しかけてくる。
「構わん。貴様の敗北ですぐに終わってしまってもよければな」
イゾルデはクロエの元に向かいたい気持ちを抑えて目の前の敵と対峙する。こんな状況だからこそ立ち回りはシンプルにする必要があることを歴戦の猛者は知っていた。つまり、目の前に立ちはだかる敵を片っ端から叩き潰せばいい。
「申し訳ないけど、その期待には添えなさそうだよ」
不適に笑う策士を前に闘士は雄たけびを上げる。綱渡りをするような一進一退の戦いが始まった。
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開戦からたった五分で、朱羅のブレードの片方は半ばから折れ、機体のエネルギー残量も残り僅かだった。それでも、近接戦においての五分間というのは、永遠に近い時間だ。カオリは追い詰められていたが、時間が経てば経つほど、この阿修羅のようなドレスの動きに適応し、回避の精度は驚くほど上がっていた。
それでも相手のダメージはほぼ無に等しく、実力の差は歴然だった。そんな極限の状況でも、カオリの心は凪いでいた。どれほど強かろうが、相手が人間の域を出ていないことを確信できたためだ。相手の反応速度も技量も申し分なく最高峰だ。だが実際に戦ってみると、彼我の間に力の差はあるものの、こちらを一方的に倒しきれるほどの実力の開きがあるわけではなかった。相手が臨界者であるが故に、機体出力と防御力、継戦能力が優れているというだけのことだ。勝てはしないが、それだけで負けるわけじゃない。
(――対応できる。ただ、一瞬の隙さえあれば)
相手からの攻撃は相変わらずよどみない。カオリが動きに適応し、回避し始めたことにも動揺することもなく、淡々と剣戟が交わされる。まるで機械と戦っているような気分だった。それでも、カオリは乾坤一擲のチャンスを待っていた。
その時だった。
ほぼ真上から、空気を切り裂くような閃光が奔り、敵機のすぐそばの地面に着弾して、凄まじい轟音と爆発が起きた。敵性ドレスは、その超然とした動きを崩すことなく、すんでのところで直撃を免れたようだ。
だが、その隙をみすみす見逃すカオリではない。
カオリは砂埃の向こう側へ一気に接近しながら、手元に残った折れたブレードを敵頭部に投擲して目くらましとする。次の瞬間、必殺の一撃を放った。
大上段から繰り出された剣閃は、確かに相手のサブマニピュレータ二本を半ばから断ち割った。機体のダメージは浅いものの、機能は確実に削がれた。相手は長棍で反撃しようとするも、再び上空からレールガンの唸りとともに砲弾が襲う。
リリアの駆るハイドラの援護だ。その連携すら、敵性ドレスは驚くべき反応速度で難なく回避した。
しかし、その機体が急に動きを止めた。
「承知いたしました」
敵は通信をするために、非常に僅かながら声を発した。その瞬間、戦闘の意思は霧散し、アイスブルーの巨体は、まるで重力を感じさせないかのように垂直に飛んで逃げ去っていった。
カオリは安堵し、通信を入れる。
「助太刀ありがとな」
「気にすることはないよ。僕たちは『チーム』だからね」
リリアは上空から、フィールドの状況を眺めながら答える。
「へへっ。さて、命がけで守ったコンペの結果はどう転ぶかね?」
「僕には答えが出ているように思えるけど。まあ、シェリーがヘマしたら君が尻拭いしてあげなよ」
「勘弁してくれよ」
カオリは折れたブレードを掲げた後に肩をすくめた。
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一方、メインフィールド中央。聖騎士クロエ・リシャールの駆るデュランダルと、シェリー・ブロウニングのドレッドノートの決戦は、既に白熱の極みに達していた。
両機は幾度もぶつかり合いながら、しのぎを削り合う。
状況はどちらに転ぶこともなく、千日手が続いていた。
彼我の実力に隔たりがあると認識していたクロエは、その認識と、互角の戦いが続く現状との齟齬に戸惑っていた。
それに加えて、相手の持っている盾にも納得がいかない。己の持つ攻性エネルギーフィールド割断剣「デュランダル」は近接武器に限れば間違いなく世界最高の破壊力を誇る。それを何度も受け止めてびくともしないどころか、エネルギー切れにならない装備というのは寡聞にして聞いたことがない。
苛立ちと焦りが雪のように堆積していくのを感じる。増援が期待できない以上、独力で勝利をもぎ取るしかないのだ。
(こんなにも苦しい戦いは、いつぶりだろうか……)
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シェリーの覚悟は、昨晩ナツメと話をした時から固まっていた。
この戦いは、粘り勝ちをする。
シェリー自身の最大の長所は、他者と我慢比べをする時に最も発揮されるという確信があった。それは体力であり、根性であり、正確性だ。
そしてそれを可能にするのが、今手にしている盾「アヴァロン」だ。この装備はクサナギ重工の開発したデュアルコアとディバイン社の技術であり、クルセイダーに採用されているデュアルフェーズコンポジット(DPC)装甲を使って作られたものだ。
その性能は、大仰な名前に決して負けておらず、世界最高の防御力を誇る。DPC装甲の破格の防御力を盾に転用し、エネルギー問題をサブジェネレーターであるデュアルコアで補うという野心的な装備だ。その成果は、デュランダルの猛攻を凌ぎきっている現状を見れば一目瞭然だろう。
とはいえ、試作段階であるため武装重量が極端に重く、重ドレスにしか装備できないという欠点はある。当然のことながら、シェリーほどの身体能力と技量がなければまともに運用することなど不可能だ。裏を返せば、シェリーとドレッドノートにとって、これほど頼りになる外付け武装はないとも言える。
デュランダルは裂帛の気合を発しながら斬りかかってくる。シェリーは冷徹なまでにその攻撃を受けきる。ドレッドノートの利点である機動力は最大限に活かす。常に動き続け、隙あらば相手を押し潰す勢いで盾ごとチャージングをかます。
実戦さながらの緊張感がその場を支配していた。剣と盾が火花を散らし、こちらが槍を振るえばあちらは身を翻す。幾合も続く剣戟の中で、シェリーはクロエの気勢に僅かな陰りを見た。
まだ、粘って消耗戦を続けることはできたが、己の直感を信じて攻勢に転じる。
ドレッドノートは、アンカーを放ちながらランスチャージを仕掛けた。消耗しているとは言え、欧州最強のアクトレスだ。これくらいでやられるような玉ではない。
「なめるなぁ!!」
クロエは叫びながらアンカーを躱すと、繰り出されたランスを半ばから断ち割った。しかし、ドレッドノートの勢いは死んでおらず、デュランダルは剣を振り切った形となる。
シェリーはその体当たりを完璧なタイミングで敢行し、両腕でデュランダルの両腕を掴んだ。衝撃が逃げきらず、クロエの体は大きく揺さぶられた。
シェリーは相手が剣を保持する手はそのまま抑え、反対の手を放すと、腕部のパイルバンカーを相手の胸部に向ける。
圧倒的な体格差で押し切りながら、パイルバンカーを何度も打ち付ける。けたたましい金属音を響かせながらデュランダルの防護フィールドは削れていき、エネルギーが0になるとともに撃墜判定がくだされた。
試合終了のブザーが鳴り響く。
シェリーはようやくドレッドノートの脚を止めると、空を仰ぐ。息も絶え絶えで滝のように汗が流れ落ちているが、長年の悲願を達成した実感がじわじわと湧いてくる。
「やったぞ、みんな」
シェリーはチームに通信を入れると、彼女にしては珍しく小さな声でそう呟いた。




