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44話 ケラウノス

標準的な中型ドレスである朱羅よりも、二回りほど大きな体躯を持つその敵を前に、カオリは内心圧倒されていた。


巨大な威容に反して無機質なアイスブルーの機体色がどこか超然とした雰囲気を醸し出していた。両腕には威圧的な長棍ちょうこんが携えられ、さらに背後からは、鋭利な刃を備えた四本のサブマニピュレータが、こちらに対して刃先を向ける。見るからに近接戦特化の、異様なプレッシャーを放つ機体であった。


(どう見積もっても、別格の強者だな)


カオリは楽観的な見通しを一切捨てて、慎重に様子を見ることにした。この敵の威圧感は、コンペに参加するアクトレスのそれと隔絶している。


敵ドレスは、カオリの戦意を察知したようだった。

長棍を両手に構え、一切の予備動作なく、地面を踏みしめて踏み込んでくる。その動作は、重装甲機にあるまじきよどみのない滑らかさを持ち、そこには闘志と呼べるほどの気負いや殺気はほとんど感じられなかった。まるで、羽虫でも潰すような気安さで攻撃が放たれる。


カオリの直感が警鐘を鳴らす。相手の六本の腕から繰り出される手数を考えれば、防御に回ったり、受け止めようとしたりすれば、機体の装甲や継戦能力の差で必敗だ。


カオリは瞬時に二刀のブレードを抜き放ち、カウンターを狙う。カオリは、敵の最初の長棍の掃討を紙一重の体捌きで躱すと、その巨大な胴体とのすれ違いざまに二刀を振るった。


「ッ!」


必殺の攻撃に思われたそれは、機体本体に到達する前に、背後から伸びたサブマニピュレータ二本に難なく受け止められた。「キン!」という甲高い金属音が響き、カオリのカタナの刃が止まる。その速度、その強度、全てが想定外だ。

そして、間髪入れずに、残る二本のサブマニピュレータが、正確無比な軌道でカオリの脇腹を掠めた。

装甲を削る、耳障りな金属音が響き渡る。衝撃で体勢を崩したカオリは、肌が粟立つのを感じた。


今、まさに死が間近にあったことを痛感し、思わず足が竦む。


(危ない……!)


しかし、カオリはすぐに気持ちを立て直した。恐怖を感じるのは当然だ。むしろ、それは正しい反応だ。己は他人が思うほどに戦闘狂ではない。生きて帰ることこそが大事なのだから。


当初の予想通り、近接戦では、この阿修羅のようなドレスの方が格段に上手だ。ならば、勝つために焦る必要はない。


カオリは、恐怖を押し殺し、勇気を振り絞って二刀を構え直した。


------------------


白いクルセイダーと、薄緑のドレスが、相対していた。

薄緑のドレス、ティアマトの装者であるティア・デルタは、機体越しに落ち着いた声でナツメに語りかける。


「はじめまして、ナツメ・コードウェル。できれば建設的な話がしたいので、殺気は抑えていただけませんか?」


「武装して、コンペティションに乗り込んでおいてよく言う」


「ご指摘はもっともですが、現場は上のオーダーに従う他ないのです」


「そうだろうな」


ティアは静かに続けた。


「我々の目的はシンプルです。あなたが大人しく同行してくれれば、不必要な戦いをせずに撤収することができます」


「その要求は、わざわざこの場を選んだ意図とはずれているように感じるが?」


「鋭いご指摘です。上は我々の力を誇示したいようですが、それよりも優先すべき事項があります」


「それが私の身柄の確保だと?」


「ええ。ご協力いただけませんか?」


「それがどんな結果を招くか、私が理解していないとでも思っているのか」


ナツメは珍しく怒りを露わにする。


「交渉決裂ですか」


ティアは残念そうに呟くと、鷲、獅子、蛇の形をした三機の無人機――子機を操作した。


「行け」


次の瞬間、三体の獣は淡々とした殺意を放ちながら、クルセイダーを取り囲む。獅子型子機が正面から突進し、鷲型子機が上空から吶喊する。蛇型子機は死角から必殺の機会を伺う。


また、ティアマト本体もライフルを構え、正確な援護射撃でナツメの逃げ場を潰す。

さしものナツメも、これほどの相手に四対一では分が悪かった。回避に専念しても、徐々に活動エリアを狭められていく。


「流石の貴方もこの状況は苦しいのでは?もう十分戦ったと思いますよ?」


なだめるようなティアの言葉に、ナツメは力強く答える。


「力だけが私の全てだと思うなら、とんだ見当違いだな」


次の瞬間、ティアマトの周囲の空間に、濃い黒の靄がかかった。黒い粒子が渦を巻くように結実し、漆黒のドレスが突如として顕現する。

黒いドレスは、ティアマトの側頭部へ一閃の剣撃を放つ。


「ッ!」


ティアマトはすんでのところで回避したが、黒いドレスは深追いをせず、クルセイダーに合流した。


「意外と勘が鋭いね。残念」


シオリの搭乗する、漆黒の特機。その名をヴァルプルギスという。臨界者専用に開発された、特別な機体だ。


------------------


ティアはバクバクと心臓が跳ねるのを感じながら、急速に頭を回転させた。目の前のこのドレスは、ただの介入者ではない。クルセイダーとは異なる、不気味な粒子を操る能力。ナツメと同時に相手どるには不確定要素が多く、内心では撤退したいのが本音であった。それでも、後には引けない。半ばやけになりながら獣を操作する。


「どう動くのがやりやすい?」


シオリは冷静にナツメに問いかける。


「こちらは獣に対しては分が悪いです。短期決戦で片を付けるので、本体をもらってもいいですか?」


「分かった。無理はしないで」


短い作戦会議が終わると、シオリが前に躍り出た。先ほどよりも大量の黒い靄を辺りにまき散らしており、その靄は獅子型子機の巨体を呑み込もうとする。

ナツメは、その横をすり抜けて本体に肉薄した。


途中で猛禽型の子機が突っ込んでくるが、ナツメはクルセイダーの右腕で正確に弾き飛ばす。本体の射撃を幾度も躱して一気に接近すると、全身が刃の蛇型子機がクルセイダーに襲い掛かった。


ナツメはそれを左手で正確に掴み取るが、蛇はしぶとくクルセイダーの腕に巻きつき、装甲に食い込もうとしてくる。ナツメは一瞬たりともひるむことなく、その腕ごと蛇を引きずりながら、ティアマト本体を徒手で殴りつけた。


凄まじい衝撃音が響き、ティアマトは回避するが、ナツメの拳が掠めた肩部の装甲が、放射状に深くひび割れていた。


ナツメが離脱しながら蛇を引きちぎろうとすると、コントロール圏外に出ることを恐れたティアが蛇を慌てて手元に戻した。

対峙するお互いが内心同じことを考える。


((そう簡単には片がつかないか))


ティアはドレスより大きな獅子型子機をナツメにけしかけようとしたが、その動きに僅かな違和感を覚えた。移動は問題ないが、各所の関節の挙動が鈍い。見れば、黒い靄が獅子の各所を覆っている。


(この靄……)


何が起っているか思案すると、直感的に一つの答えにたどり着いた。あの靄がドレス本体から離れて自由に動いているということは、相手も臨界者だ。そうと分かれば起こっていることは単純で、相手はあの粒子を動かしてこちらの子機に干渉しているということだ。


それがわかったところで、一層状況が厳しくなったことを理解した。臨界者とケラウノスを同時に相手取るなんて想定していなかった。頼みの綱のレアは別のドレスと交戦しているし、レアのアストライアはティアマトやヴァルキュリアほど空戦を得意とはしていないのも心許ない。


(このままでは、ジリ貧だ……)


子機の制御が奪われつつある。ティアマト単体では、クルセイダーとヴァルプルギスの二機を相手にできない。


(レアと合流して、数の優位を取り戻すしかない……!)


僅かな逡巡の後、ティアは味方と合流することに決めた。一時撤退して態勢を立て直す。それが、今できる最善の選択だ。


皮肉にも、その合理的な判断が結果を分けた。


シオリは敵機がナツメから離れるのを見て、一瞬安堵した。


(逃げた……?)


しかし、その安堵はすぐに不安に変わる。敵機の進路を見れば、会場に向かっているのは明らかだ。


(まずい……!)


シオリがナツメに声をかけようとした時、ナツメはすでに全速力で敵機を追いかけていた。


ナツメの胸中は激情が支配していた。


(あの機体が、シェリーやカオリの元へ向かっている……!)


ナツメは全速力で敵機を追いかけた。しかし、ティアマトの速度は速い。このままでは追いつけない。


その時、ナツメの脳裏に、カオリが阿修羅のような機体と交戦している光景が浮かんだ。リンクされた戦場情報が、仲間たちの危機を告げている。


(間に合わない……!)


押しつぶされそうな不安と、理不尽に大切な人を傷つけようとする敵への怒りが、ナツメの判断を狂わせた。


ナツメは、クルセイダーのアサルトライフルの弾倉を特殊なものに替える。


これは、人目があるところで使っていい武装ではない。しかし、仲間の命には替えられない。


「ちょっと、ナツメくん!?」


考えなしに飛び出したナツメを見てシオリは驚く。しかし、すぐに会場に向かった敵機がナツメのチームメイトにとってリスクとなることを理解して、シオリも追撃に移った。


------------------


ティアは鬼気迫る勢いで追ってくる相手に恐怖を覚えた。獣を三機とも差し向けるが、クルセイダーはパルクールでもするようにそれを躱し、こちらに肉薄してくる。全ての性能において一般のドレスを凌駕する、臨界者仕様機のティアマトに対して、速度で勝ることにティアは愕然とした。


しかし、あちらがアサルトライフルを構えたことで僅かに安堵する。一般的な携行火器ではティアマトの装甲を抜くことは不可能。あちらの狙いは足止めと牽制だ。

そして、その安堵は一瞬で裏切られた。


耳慣れぬ、甲高い発射音が耳に届いた後、腹に熱を感じた。


(え……?)


それは次第に激痛に置き換わっていき、ティアは己が撃たれたことを悟った。


(嘘……貫通した……? ティアマトの装甲が……?)


ありえない。臨界者仕様機のティアマトの装甲を、一般のアサルトライフルが貫通するなんて。


------------------


放たれた一撃は、対ドレス相転移徹甲弾「ケラウノス」。奇しくもナツメのコードネームと同じ名前を冠する兵装。クルセイダーの装甲技術を応用して作られた弾頭は、貴重な素材、莫大なエネルギーと引き換えに遍く物質を貫き通す。それはさながら神の振るう雷霆のように敵に終末をもたらす。


------------------


機体を地面に擦りながら不時着すると、目の前にクルセイダーが現れる。そのアサルトライフルから、硝煙が立ち昇っていた。その姿は白い死神のようであった。


「こ、う……ふく、し」


激痛に耐えながら降伏の意思を伝えるも、突き付けられた銃口は揺らぐことはなかった。


ティアは涙と鼻水を垂らしながら、ティアマトを停止させ脱着する。胴を撃たれた割に出血は少なかったが、このままでは助からないことは明白だった。


「お願い、します。助けて。なんでも、します。役に、たちます」


ティアは涙と鼻水を垂らしながら、無様に命乞いをした。


虫がいいことは自分でもわかっていた。それでも、このまま死にたくない。誰にも覚えられることなく、ただ消えていくなんて、嫌だ。


ナツメはティアが生身になると、動揺を見せた。


ドレスの中から現れたのは、幼い少女だった。震える手で腹部を押さえ、涙を流している。


(子供……?)


ナツメの脳裏に、自分の幼い頃の記憶が蘇る。戦場で、誰にも守られず、ただ生き延びることだけを考えていた日々。


しかし、ナツメはすぐに殺意を取り戻した。この少女は、仲間を殺そうとした敵だ。憐れみを感じる余裕はない。


「ナツメくん!やめて!」


追いついたシオリはクルセイダーのアサルトライフルを抑えながら説得する。


「止めないでください」


「その子に戦う力はもうない、降伏してるんだよ」


「それでも、これは存在そのものが凶器です」


ナツメの言葉は冷たかった。臨界者は、どれほど無力に見えても、その存在自体が脅威なのだ。


「やめて。そんなこと言い始めたら……みんな被害者だよ」


シオリの声は震えていた。


ナツメは、その言葉の意味を理解していた。臨界者であるシオリ。男性復権のために戦わされるナツメ。兵器として生み出されたティア。皆、この世界の犠牲者だ。


それでも、染みついた戦士としての生き方が、指を引き金から外させない。


「駄目だよ。こんな姿を見られたら、君の居場所がなくなっちゃう」


涙声のシオリの言葉を受けて、ナツメの瞳からようやく戦意が消えていく。


ナツメは、ティアを見下ろした。涙と鼻水を垂らして震える少女。兵器として生み出され、使い捨てにされる存在。


(これを殺して、何が変わる……?)


強迫観念に駆られてここまで動いてしまったが、冷静に考えてこれ以上は悪手だ。自分にとっても、仲間にとっても、イノベイターにとってさえ損をする形になる。


そして何より――シオリを悲しませたくない。


ならば、これ以上戦う必要はない。


「すみません。取り乱しました」


「大丈夫。君はがんばったよ」


ドレス越しにそっと頭を撫でられると、ナツメの目から涙が溢れた。


張り詰めていた糸が、切れた。


激情に駆られ、殺意に支配され、取り返しのつかない一線を越えそうになった。それでも、シオリは止めてくれた。


「たすけて」


震える少女の声をきいて我に返る。戦うことは容易いが、人を助けることは得意ではなかった。どうしていいかわからず戸惑う。


「止血はなんとかする。辛いと思うけどなるべく落ち着いて」


「首のこれ、爆弾で」


少女が泣きながらチョーカーを指さす。シオリの背中から怒気が伝わってくる。少女にそれをつけた者への怒りだろう。ナツメもその卑怯なやり方に怒りを覚え、歯を食いしばる。


「わかった、私を信じて」


シオリは黒い粒子を爆弾の周りに纏わせた。一瞬の後、チョーカーは細切れになってその役目を終えた。時を同じくして少女の銃創にも靄がかかり、目に見えて出血が減った。


「あぁ」


少女は安堵して目を瞑った。気を失ったようだ。


「その子をお願いします。もう1機のもとに行かないと」


「分かった。無理はしないで」


苦い後味を感じながら、ナツメはシェリーたちの元へと飛び立った。

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