43話 災厄の匣
書き溜め終了しました。カクヨムでは先行公開して完結しております。
クロエは自身が自他共に認める傲岸不遜な性格をしているが、同時に自身が愚者ではないことを自認していた。
今回の相手――エクリプスとアストラルの合同チームには、空戦で圧倒的な強さを持つ蒼穹竜姫がいる。彼女の空戦技能は、Aクラスのタイトルホルダーに匹敵する。
通常、二つ名を持つアクトレスは複数のAクラスタイトルを保持している。しかし、リリアの所持タイトルはBクラスのみ。それでも二つ名を持つということは、彼女の実力が規格外だという証明だった。加えてミラージュという機体の基礎スペックも侮り難い。残る1機はこちらの部隊と同じイフリートではあるものの、戦力差を考えれば時間稼ぎができれば御の字といったところだろう。
つまり、制空権を握ることは困難だ。
悔しいが、レ・サンクがこの決勝戦でとることができる戦法はただ一つ――地上戦で混戦に持ち込み、主導権を握ることだった。
故に、主戦場である地上では混戦に持ち込んで主導権を握る必要がある。百華猟乱にはかなりセンスを感じたが、どのみちお互い悠長に射撃戦をするタイプではない。空の戦いに決着がつく前に地上戦の趨勢を決めてしまえば、空戦での不利は清算できる目論みだ。
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【決勝戦・開始】
角笛の音が鳴り響く。
王家所有の狩猟地である草原に12機のドレスが解き放たれた。
レ・サンクの航空部隊は飛翔こそしたが、地上にいるこちらに合わせた巡航速度を維持している。なるべく空中戦を引き延ばしたいこちらとしては接敵そのものを遅らせてしまいたいからだ。
「想定通りあちらは航空戦力をやや先行させてきたな」
エルザは狙撃機であるホークアイの優秀なカメラによって既に敵影を補足していた。
「ふっ。ならこちらは歩調を速めるとするか」
「大仕事になりそうですネェ」
クロエがデュランダルに速度を乗せるとクラン・クランが駆るロシナンテもそれに追随する。エルザは僚機の速度とマップデータから分析し、接敵地点をフィールド中央の平原と予測した。上空から援護射撃ができるように準備を始める。
平野の上空では両チームの航空戦力が会敵して戦闘が始まる。
それから1分と経たず地上のドレスも相手と対面することとなった。
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【決勝戦・地上戦】
エクリプスというチームの地上戦力は三機。
まず、「百華猟乱」カオリ・タチバナの朱羅。武装はカタナのみというシンプルな機体であり、まさにサムライといった佇まい。クロエとしては胸の高鳴りを感じずにはいられない。
次に、「陰雷」アマネ・コウサカの鳴神。空戦にも対応している奇襲型のドレスだ。中長距離の兵装を持たぬものの、その威力は特筆するものがある。百華猟乱の好敵手と呼ばれる実力者であり、警戒が必要だ。
そして最後に、シェリー・ブロウニングのドレッドノート。鉄灰色の巨体を誇る重ドレスであり、現代の重装騎兵ともいえる防御力と突撃力はあらゆるドレスの中でも最高峰だろう。一つ気がかりなのは、予選までで装備していなかった盾を装備していることだ。あれが秘密兵器とでも言うのだろうか。なんにせよこちらを退屈させるつもりはないということは十分にわかった。
先頭はドレッドノートだ。ランスを構えて突っ込んできた。槍に当たらずともあの巨体が掠ればそれだけでひとたまりもない。もっとも、そんなものに当たるレ・サンクではないが。
クロエが最小限の動きで躱すと、クラン・クランも側転をして躱す。
間髪入れず切りかかってくる朱羅と切り結んだ。
いくつもの斬撃が閃く。剣と剣が打ち合わされ、あるいはお互い身を翻して躱す。
未だ相手の底は見えぬが、早々に決着がつくということはなさそうだ。
「あまり、そちらにかかりきりになられても困るのですガ」
クラン・クランが悲鳴をあげる。
クラン・クランが纏うのはロシナンテと名づけられた陸上高機動ドレス。ロードランナーをベースとして、火力と防御力を強化したものだ。元の装備であるヒートブレードはオミットして、代わりに高周波スピアとラウンドシールドを装備しており、中世の騎士のような様相だ。
「助けはイゾルデに求めることだな」
クロエは口では突き放すようなことを言ったが、実際にはチームメイトのイゾルデ・ヴァイスが援護に向かっていた。
イゾルデが駆るタイタンは、シェリーのドレッドノートをも凌駕する巨体を誇る重ドレス。徒手格闘にて相手を圧倒するという異端のコンセプトで運用される。イゾルデは格闘家としてもトップクラスの実力者であり、シェリーの突撃を弾き返すことでそのコンセプトが破綻していないことを証明する。
クロエは口では突き放すようなことを言ったものの、状況を立て直すため、相手が回避運動をした僅かな隙にクラン・クランと合流する。
相方が息を整える隙を作るために鳴神に斬りかかるが、難なく相手の剣に切り降ろされる。思った以上にできる。
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草原は既にドレスの突撃と斬撃によって大きく荒れていた。エルザの狙撃は、何度もエクリプスの3機に放たれたが、その度に朱羅と鳴神は紙一重で躱し、ドレッドノートの構えた盾が城壁のように弾丸を阻む。
「人間業じゃない」
普段冷静なエルザの絶望を滲ませた独白が、無線を通じてクラン・クランの耳に届く。
地上部隊の戦力は拮抗しており、そこに上空からエルザの援護があるにも関わらず状況は膠着している。その事実にクラン・クラン自身も焦りを覚えた。ドレッドノートは目まぐるしく戦場を駆け回って次々とターゲットを変えて攻撃を仕掛けており、朱羅と鳴神はそれに合わせて遊撃、かく乱を繰り広げる。とても即席チームとは思えない連携に舌を巻く。
不意に、鳴神が胸部の砲門の向きを調整して短射程プラズマ砲を撃つ構えを見せた。光が収束し、高熱の塊となって放たれようとしている。
クラン・クランは機体を跳ねさせ回避運動に移ろうとしたが、射線上にクロエのデュランダルがいることに気づき、動きを止めた。
(待て……この射線には……!)
射線上には、デュランダルと斬り結んでいる朱羅もいる。
「味方ごと巻き込むつもりですカ!?」
このまま発射すれば、ロシナンテとデュランダル、そして朱羅までもが巻き込まれる。しかし、それでも大将であるクロエを討ち取ることができるなら、この戦いに決着はつくだろう。
(なんという捨て身の戦法……!)
迷っている時間はない。クラン・クランは回避を諦め、左腕のシールドを正面に突き出した。
その時、クラン・クランは射線のわずかに横で、シェリーの鉄灰色の巨体が盾を持って構えているのを見た。
(最悪ダ。あの盾で朱羅をカバーされれば、こちらに勝ち筋は残らなイ)
直後、凄まじい轟音と衝撃が全身を襲う。
雷のような轟音が鳴り響き、シールドは吹き飛んでいく。ロシナンテの左腕は被弾判定を受け機能停止した。なんとか撃墜を免れて安堵したのも束の間、シェリーのドレッドノートがその巨体を揺らして突っ込んできた。
「これでチェックメイトだ!」
衝角のごとき巨大なランスがロシナンテの胴体に撃ち込まれる。まともに受けたロシナンテは凄まじい勢いで草原を跳ね、撃墜となった。
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【決勝戦・空戦】
地上から目を逸らせば、青空でも戦況は次の段階へと移行していた。
レ・サンクの航空部隊は、持ち前の機動力で時間を稼ごうと広範囲に散開したが、その意図はリリアとエリに見透かされていた。リリアの神業的な機動と、チームメイトであるアンの熟練のコンビネーションにより、2機のイフリートは猛禽に襲われた小鳥のように宙空で絡め取られる。
そして、動きが縮こまったところに襲い掛かるのはエリのミラージュ:ライトニングパッケージ。従来の常識を覆す大型空戦ドレスが撃ちだすレールガンとミサイルの雨を前に脚を奪われた軽ドレスなどひとたまりもない。
「逃げ場があるなんて思わないでください」
エリの声と共に、全ての火力が動けないイフリート目掛けて叩き込まれる。轟音と閃光が空を切り裂き、2機のイフリートは装甲から煙を吐きながら墜落する。
エルザも必死になって応戦したが、ライトニングパッケージを超える速度のドレスなど存在しない。同じスナイパーであるエリからカウンタースナイプを受け、エルザは奮戦むなしく撃墜した。
デュランダルの中で、クロエは眉根を寄せた。
「こうも手札に差があるとはな」
予想以上に空戦の決着が早すぎた。このままでは航空戦力がこちらに攻撃を向けて、エクリプスの勝利となる。悔しいが、自分の計算の甘さが招いた結果だった。
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【決勝戦・フィールド上空】
その時、青空の遥か高高度、雲を突き破って何かが地上へ向かって急降下してきた。
カオリは朱羅のセンサーでそれを捉え、凍り付いた。彼女の脳裏に、「揺籃」でのパンドラの乱入がフラッシュバックする。
「まさか、あの時と同じか……?」
落ちてきたのは、阿修羅像を彷彿とさせる、重苦しいオーラを纏った重ドレスだった。そのただならぬ雰囲気に、カオリの戦士としての直感が濃密な死の気配を察知する。
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【同時刻・運営本部】
立会人として運営本部で決勝戦を見守っていたナツメの目の前にも、異変が起きていた。
上空から、獅子、鷲、蛇をかたどった機体を引き連れて、大きな二本角を生やした禍々しいドレスが舞い降りてくる。
(パンドラ……!)
ナツメは即座に状況を理解した。これは襲撃だ。
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【決勝戦・フィールド】
カオリは、デュランダルと向かい合っているシェリーへ声をかけた。
「行ってこいよ。こっちはなんとかするからさ」
シェリーはためらうことなく、その言葉に深く頷いた。
「恩に着る」
カオリは直感に従い、所属不明機に向かって朱羅を走らせる。
(こいつを野放しにはできない)
以前戦ったパンドラの天使型ドレス以上の脅威が目の前のドレスにはある。
その背中を見送ったシェリーは、再びデュランダルに対して踏み出した。
クロエは、遥か上空から降下してきた未知の脅威を視界に入れながら、シェリーの行動に驚きを隠せなかった。
「この状況で続けるなんて正気か?」
シェリーはランスを構え直した。
「中止の通知はされていないだろう? 貴殿は知らぬかもしれんが、昨今のアクトレスの世界はこれくらいのアクシデントは踏み越えていかねばならないくらいにはタフなのだ」
クロエはシェリーのその「タフさ」を認め、口元に傲岸不遜な笑みを浮かべた。
「そういうことなら私にとっては好都合だ。よもや負けた後に言い訳はすまいな?」
シェリーは静かに答えた。
「相変わらず口が達者なようだ」
そして、両機の間に緊張の糸が張り詰め、決闘の火蓋が切って落とされた。
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【回想・前夜】
シェリーの脳裏に、昨晩の出来事が鮮明に蘇る。
試合を前にして、なかなか寝付けなかったシェリーは、散歩をしようと部屋を出た。ロビーで、偶然ナツメと鉢合わせ、そのまま二人でホテルの敷地を歩いた。
「明日、私は長年のライバルと再戦することになる。『聖騎士』と呼ばれているクロエ・リシャールを知っているか?」
ナツメは、夜空を見上げながら静かに答えた。
「ああ、スイス校でのカオリのような存在だろう。なかなかの手練れだ」
シェリーは真剣な顔で問いかけた。
「正直に答えて欲しいのだが、やつと我が一騎打ちをしたらどちらが勝つと思う?」
ナツメは歩みを止め、まっすぐにシェリーの瞳を見つめた。
「シェリー、君は負けない」
それは迷いのない、確信を持った声だった。
「励ましてくれているのか?」
シェリーが少し笑いながらそう尋ねると、ナツメはすぐに否定した。
「違うよ、シェリー。純然たる事実として、近接戦で君の守りをぶち抜けるアクトレスなんて存在しない。カオリでさえだ」
シェリーは驚きと喜びを覚えた。ナツメの評価からは絶大なる信頼を感じる。しかし、負けないという控えめな評価に少し意地悪な気持ちが湧き上がる。
「それはナツメも含めてか?」
ナツメは一瞬ばつが悪くなって目を逸らした。
「私は厳密に言うとアクトレスではない」
シェリーは満足そうに微笑んだ。
「では、その結果についてはいずれ確かめるとしよう」
会話を終えると、シェリーのざわついていた心は、凪いだ海のように静かになっていた。明日は、きっと最高のパフォーマンスができる。静かな自信と共に、夜の闇を後にした。




